奥多摩の山を登る2人の男。
緑青色のキャップの横に「Ranger」の文字が見える。
彼らは、東京都内の自然公園の保護や利用指導、環境管理を行う正式名称は東京都の自然保護指導員だ。
総勢25人ほどのレンジャーたちが、高尾、奥多摩、小笠原などに配置され平日はほぼ毎日、山の中で活動している。
FNNが同行取材したのは、檜原のレンジャーで来年、70歳を迎える滝澤憲久さん(69)と大野真さん(37)の2人。
年齢を感じさせない軽いステップで急峻な道を登っていく滝澤さん。
平日はほぼすべて奥多摩の山の中で作業をしているほか、休みの日も1日1万歩は歩いている。
大野さんは、右手に剪定ばさみを持ちながら登り、登山道の脇に生える、利用者の目に当たるなど危険と思われる枝を次々と切っていく。
大野真さん:
いま危ないと思われる枝もそうですし、次来るまでの期間にどのくらい伸びるかを計算予測して、必要なものは早めに短くすることもしています。

利用者の安全と、登山道の整備はレンジャーの大事な仕事の1つ。
しばらく進んでいくと、太いつるが絡んだ大きな樹木が登山道の上を横切る形で垂れ下がっていた。
頭をかすめそうな高さだが、通れないこともない。
すると、レンジャーは、この太いつるをそのまま残して前に進み始めた。
滝澤憲久さん:
我々は、ただ道を整備するだけではないんです。できるかぎり自然のままの状態を残して、利用者に楽しんでいただきたい。
動物の痕跡を見抜く アナグマやシカの生態も把握
素人にはわかりにくいが、山には動物の痕跡がたくさんある。
登山道のすぐ横にある何気ない穴。
「これはアナグマが掘った穴ですよ」
「あそこは、ぬた場と呼ばれるイノシシが泥浴びをした跡ですね。けものみちも見えます。おそらく、斜面の上から降りてきて、あそこで泥浴びをして、この道を通っていったのかもしれません」
「これはシカのぬた場です」
そう言って大野さんが指さした先には、ぬるぬる泥状になった座布団2つほどの大きさの、ぬかるみ。
「自分のおしっこで土を泥にして、身体にこすりつけるんです。メスへの求愛の準備だとされています」
「11月ごろになると『ピー』というシカのオスの求愛の鳴き声が山の中でよく聞かれるようになります」
素人目では、単なる森や山の光景にしか見えない景色も、レンジャーには、多くの情報が読み取れるようだ。
この日のレンジャーの仕事は、山頂付近の休憩所の草刈り。
現場に着くと「サポートレンジャー」と書かれた帽子をかぶる10人程度のパーティーが待っていた。
「サポートレンジャー」とは、レンジャーを支援するボランティアで登山道の整備を手伝うほか、危険な箇所をレンジャーに伝えるなどを行っている。
現在、登録者数は230人ほどだという。
登山道にクマの痕跡
草刈りも終わり、順調に業務をこなしていく滝澤さんと大野さん。
山の中腹まで差し掛かったとき、滝澤さんが指をさし、「あそこに、クマの痕跡があります」と声を上げた。

見ると、登山道の道しるべ=指導標がぐちゃぐちゃに破壊されていた。
厚さ3センチはある、硬い木材や金属で作られた指導標が紙のようにむしりとられ、ところどころ穴があけられていた。
滝澤さん:
おそらく、下からがぶっと噛んだんでしょうね。クマの毛も残っているので間違いなくクマの仕業ですね。
ここの指導標が、クマの被害に遭うのは少なくとも3度目。同じクマによる仕業の可能性もあるという。
登山道のど真ん中で見つかったクマの痕跡。危険はないのだろうか?
滝澤さん:
クマの痕跡があったからといって、今近くにいるとは限りません。ですが、痕跡を見つけた場合、いるかもしれない、と注意をしてほしいです。そもそも、登山道にはクマの生息域にあたるエリアもありますので、なるべく、1人では登らず、複数人でクマ鈴をつけながら登ることをお勧めします。
クマは昔から山に生息している。
ここ最近、全国でクマによる被害が急増しているほか、東京・多摩地域でも市街地に現れている。
奥多摩の山で進む“変化”
こうしたクマの行動範囲の変化に、山そのものの変容が関係している可能性があるという。
レンジャーによると、奥多摩の山がこの数年で大きく変容しているという。
その1つが、シカによる食害。
草を食べつくしてしまうので、表土が露出し、雨がふると土砂が流されてしまいはげ山になりつつあるという。
シカから草を守るため、植生保護柵が張られている場所もある。
植生保護柵の中は草が生い茂っているが、外は土がむき出しになっている。
大野さん:
植生保護柵を設置しないと土壌や草を守れない。今の森の状態は、土が流されやすい状況です。
土砂が流されてしまうと、森が破壊されていくことにつながる。
もう1つがナラ枯れ。
体長5ミリほどのカシノナガキクイムシという虫が樹木に穴をあけ、菌を媒介することで樹木を枯らしてしまうというもの。
どんぐりの成るミズナラやコナラの木の被害が深刻で、クマの食べ物にも影響を与えるおそれがある。
こうした山の変容が、クマの行動パターンの変化に影響をもたらしているのか。
1年365日、たえず山に入ってパトロールを続けているレンジャーだからこそ、微妙な変化も気づくことができる。
大野さん:
レンジャーは、山の変化を具体的に見ることができます。
年間通して奥多摩や高尾などの山にこれだけ多く入れる仕事は一般的には少ないです。レンジャーができることは、それぞれの技術能力にもよりますが、僕は植物に知識があるので継続的に記録して、後世に残していく。また、山がこれ以上悪くならないように山や道を保全していきたい。
現状、奥多摩は、クマの問題が取り沙汰されていますが、今目立っているだけでいろんなことがらが関わってクマの問題が浮上しているんだと思う。
シカの食害、登山者の踏歩圧によって道が悪くなっていることや、気象変化など様々な要因で東京の自然が悪くなっている、ということを利用者に伝えていきたい。
滝澤さん:
山が変わってきています。高い木が減っています。
ナラ枯れや松枯れで自然の木が少なくなっています。シカの食害が主な原因で、低木とか草本がほとんどない状態。このままだと、雨で表土が流れ出すことになります。
いまが植生回復が期待できるギリギリのラインで、以前のように草が生えるようにならないかな、ということを思っています。
来年70歳になる滝澤さんは、「自然が良くなったな、という老後を送りたい。現役はそれほどできないかもわからないですけど。」と、笑いながら語った。

