出村レース株式会社は、1962年に福井県福井市で創業した機屋(はたや)である。従業員13名。オーダーカーテンの専門店「カーテンズ」を運営している。扱う生地の多くは国内メーカーのものだが、フィンランドやスウェーデンを中心とした北欧の生地が、品揃えのおよそ4分の1を占める。
この会社は、自社でレースを編むことをやめた。工場も編機もまだある。ただ、いまは別の会社が動かしている。作るのをやめた代わりに、選び抜くことを仕事にした。四十数年、レースを編んできた人間が選んでいる。
今回は、現在の代表である出村敬が1985年にドイツの見本市で本場のレースを見てから、北欧の生地を扱うようになるまでの話をする。
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ドイツの機械で編んでいた男が、ドイツで見たもの
創業のころから編んでいたのは、カーテン用のレースだった。
使っていたのは、ドイツから輸入した編機である。レースの機械は、ドイツ製が優れていた。「レースの本場はドイツだ」というのは、当時の同業者のあいだでは共通の認識だったという。だから見に行った。自分たちの機械の故郷に行けば、その機械で編まれたレースが集まっている。
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1985年、出村敬はドイツ・フランクフルトの見本市「ハイムテキスタイル」に足を運ぶ。ホームテキスタイルの専門見本市として1971年に始まり、第1回の出展は679社だった。いまは66か国から3,000社が集まる。会場の広さを、出村は「東京ビッグサイトの数倍」と表現する。
そこで受けたのは、柄の衝撃でも、色の衝撃でもなかった。
「厚みとか、そういうことじゃない。日本人の感覚では想像もしないような、本物のレースの上質さ、感性の高さ、美的な感覚に衝撃を受けた」
いちばん足が止まったのは、ボイル生地に刺繍をほどこしたレースだった。日本で見てきたレースとは、明らかに違った。
「日本のレースは、まだレースのほんの一端にすぎない。本場のレースとは全然レベルが違う。もっと上質なものだということを、思い知らされた」
出村がドイツで受けたのは、買い手としての驚きではない。つくる側にいた人間としての衝撃だった。
本場との差が分かったのは、自分もレースを編んでいたからである。
欧米で見た窓まわりの豊かさを、もっと日本にも広めたい。
その思いは、このときから出村の中にある。
いいものを、広く集めるために
帰国した出村は、また機械の前に戻った。当時は縫製まで手がけ、百貨店やホームセンターに既製品のカーテンを納めていた。決められた仕様で、決められた量を編む。仕事はあった。ただ、出村はそこに先がないと考えるようになる。
「量販店向けの既製品のレベルのレースでは、将来性も成長性もないだろうと。本当のオーダーカーテンと言えるものに対応するには、もっと上質なレースをやらないと先がない」
上質なものを扱うには、選択肢が要る。ところが自分で編もうとすると、編めるものは自分の機械が決めてしまう。
「ものづくりというのは、自分が持っている資源に縛られる。自分の機械とか、自分の工場とか。上質なもの、デザインを注いだものを、自分のところで生産するには限りがある。レースも厚地も、全部つくるわけにはいかない」
自分で編み続ける限り、商品の中心は自分の機械で編めるものになる。
出村が出した答えは、編むことよりも、選ぶことに軸を移すことだった。
「いいものをより広く集めて、それを消費者に届けるほうが、事業の将来性を考えたらそっちだと」
求められるものも、変わりはじめていた。
カーテンが家に行き渡ると、次は自分の部屋に合うものが欲しくなる。
既製品より、オーダーがいい。そういう声が増えていった。
編むのをやめる前に、まず売り方を変えた。2004年、オーダーカーテンのネット販売を始めた。店に行かなくても、欲しいものが手に入る。その便利さに感動し、出村は「オーダーカーテンこそ、ネット販売の時代だ」と確信したという。まだ自社で編んでいたころである。
そして2011年、自社での生産をやめる。販売を仕事にする会社に切り替え、店の名前を「カーテンズ」にした。
ただし工場も編機もまだある。いまは貸していて、建物のなかでは別の会社の生地が編まれている。川上から川下へ。出村はこの転換を「まったく正反対のところへ移った」と言う。
販売に回ってから、扱うものが変わっていった。最初に手を伸ばしたのは、北欧ではない。トルコレースだった。
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ボイル地に繊細な刺繍が美しいトルコレース
「生産者をやめて、販売する方に回ろうとした時に、ドイツで衝撃を受けたあのボイル生地に刺繍をほどこしたレースをどうしても入れたいと。それが一つのきっかけです」
トルコは生産の現場で、デザインを描くのはヨーロッパである。言われたとおりにつくる側と、何をつくるか決める側。出村レースが越えたのも、その境目だった。
両腕いっぱいのマリメッコ
北欧が入ってくるのは、そのあとである。ドイツであのレースを見てから、32年が経っていた。始まりは2017年の、ある朝だった。
フィンランド帰りの出村が、マリメッコの生地を両腕いっぱいに抱えて会社にやってきた。それが「ピエニウニッコ」だった。
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カーテンズの北欧カーテンの原点「ピエニウニッコ」
それまで扱ってきた生地とは、柄も色も違う。
「本当にこれを取り扱って、販売してもいいんですか」
スタッフが聞くと、出村はこう答えた。
「本社に確認したから、大丈夫」
じゃあ、やろう。
商品ページをつくる側にも、変化があった。それまで撮影できるのは、いつも同じメーカーの生地だった。北欧風のものもあるにはあったが、本物とは違った。
EC事業部マネージャーの山岸里江は、はじめてマリメッコの現物を手にしたときのことをこう話す。
「マリメッコはやっぱり可愛い!と思ったのと同時に日本にはない美しい発色に感動し、撮影する時も今までにないわくわく感がありました」
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はじめは仲介を通して、少しずつしか買えなかった。もっと扱いたい。取扱い店舗や展示会などに足を運んで情報を集め、自分たちで仕入先を探して、生地を反単位で輸入できるようにした。
両腕に抱えられるだけの量から始まった北欧の生地は、いま約220シリーズになっている。
サンプルが届く。まず確かめるのは、性能ではない。素敵だと思えるかどうかである。
思えたなら、次はこれを買うのはどんな人かを考える。その人がカーテンズのお客様と重なるか。同じ要望を聞いたことがあるか。子ども部屋の生地なら、選ぶのは30代40代のママだという前提で見る。その先にある「嬉しい」「素敵」「毎日が楽しい」まで考える。そこまで確かめて、はじめて仕入れの相談に進む。
遮熱、UVカット、遮光。機能は選ぶ理由になる。ただ、それだけでは足りない。山岸はこう言う。
「カーテンはお部屋の大部分を占めるインテリアです。機能も大事だけど、毎日過ごす生活空間だからこそ素敵な空間にしてほしいと思っています。だから機能プラスおしゃれなデザインや織模様があるようなちょっと『ときめき』を感じる生地を選んでいます」
最後は、相談で決まる。
「商品を採用したいときは、必ず専務にその理由を伝えるようにしています。採用していただけることも多く、私たちスタッフの意見を尊重してもらえていると感じています。採用するか迷ったときには、専務からアドバイスをいただき、それを参考に判断することもあります。専務が長年培ってこられた経験と確かな目利きがあるからこそ、良いものを見極めながら、素敵な商品を取り扱うことができているのだと思います」
選ぶというのは、置かないものを決めることでもある。理由のない一枚を置けば、その生地を自分たちで語れなくなる。だから置かない。
並んでいる一枚には、それを選んだ理由がある。
いまカーテンズが扱う北欧の生地は約220シリーズ。フィンランドとスウェーデンを中心に12ブランドが並ぶ。それでも品揃え全体の4分の1ほどで、残りは国内メーカーの生地である。(2026年9月時点)
自社で企画した生地も11シリーズある。福井の機屋に発注して編んでもらい、福井カーテンレース産業協同組合で染める。仕上がる前に、見本が出村のところに届く。そこで確認してから、商品になる。編機は手放したが、つくる場所も、確かめる目も、福井にある。
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オリジナルの北欧風デザインカーテン
日本で編まれるレース生地の40.9%は、福井県でつくられている。レースを染めて仕上げる工程では、全国の80.6%が福井にある(令和3年経済センサス/2020年実績)。
福井で編み、福井で染めた生地。海を渡ってきた北欧の生地。カーテンズでは、どちらも同じ目で選ばれ、窓に合わせて仕立てられる。つくる現場を知る店が選び、全国の家へ届ける。
福井の機屋は、いまそういう店になっている。
■会社概要
出村レース株式会社
所在地: 福井県福井市光陽2丁目1-15
創 業: 1962年(昭和37年)12月25日
代表取締役社長: 出村 敬
企業サイト: https://demuralace.curtains.jp/
カーテンズ公式サイト: https://www.curtains.jp/
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