突然の病で左手が動かなくなり右手のピアニストとして歩む宮崎市出身の押川憧子さんです。
宮崎の神楽をテーマに作った右手のためのピアノ曲を、8月25日に初めて披露しました。
(押川憧子さん)
「片手だと一対一で語りかけているみたいな音楽になる」
東京音楽大学大学院に通う宮崎市出身の押川憧子さん25歳。プロのピアニストを目指し練習に励む中、3年前に左手が思い通りに動かなくなる脳の病気「局所性ジストニア」を発症しました。
普段の生活に支障はありません。しかし…。
(押川憧子さん)「こういうのが弾けない。これが難しい。こういう連打みたいなのが」
(早瀬純哉記者)
「同じ動き?」
(押川憧子さん)
「そうです。ちょっと間が空いてるため時間があって処理できるが、早いと結構難しくてコントロールができなくて。『弾かないことが治療としかいまは言えません』と言われて、ピアノやめようと思った。その時は」
失意の中、押川さんが出会ったのが同じ病気を患う左手のピアニスト・智内威雄先生でした。
(智内威雄先生)
「片手の曲を弾く人たちの集まりとか仲間ができて初めて楽しくなってくる。ワンハンドピアノフェスタに参加してもらってそこから変わっていった」
(押川憧子さん)
「片手の音楽に出会って、その曲と向き合う時間によって自然と前を向けるようになった」
片手だけでもピアノ演奏ができるとわかった押川さん。しかし右手のために作られたピアノ曲がほとんどないことを知ります。
(智内威雄先生)
「編曲を抜きにしてオリジナルの右手のピアノ曲と考えると数十、十何個とかそれくらいだと思う」
押川さんは、右手のピアノ曲の開拓に乗り出します。
押川さんが目を付けたのは先祖が舞っていたという「神楽」。その中でも宮崎を代表する画家・弥勒祐徳さんが描く「夜神楽」をテーマに選びました。
作曲を手がけたのは大学院の先輩・我妻英さんです。
(我妻英さん)
「両手ではできないような大きなスケールのうねりがでる。右手のピアノの動きと弥勒先生の筆の動きとをかさね合わせながら曲を書くことができた」
こうして生まれた曲が「神と舞ふ−天に歌ひて」です。
(見に来た人)
「どこからか笛の音や、躍動感で踊っている舞が感じられてとてもよかった」
(見に来た人)
「とても片手で弾いているとは思えないくらい、音の幅が広くて本当に素敵な演奏を聞かせていただいて貴重な体験ができた」
(押川憧子さん)
「右手のピアニストとしてやっていきはじめた中で、作品を生み出していくスタートだなという感じ。右手のピアニストとして誰かの希望になれるような、そんな風に前に進んでいけたら。同じ境遇の人に希望を届けたい」
神楽の祈りと重なり合う押川さんの思いが、ふるさと宮崎から、力強く響き始めました。
