夏の甲子園開幕を控えた高知大会終了直後の明徳義塾のグラウンド。そこには汗まみれで白球を追う選手たちを見つめる馬淵史郎監督(70)の姿があった。
監督の甲子園出場は春夏通算で「40回」の大台に達したが、この金字塔を前にしても、名将の口調は淡々としている。
「記録の更新とか、僕が行ったわけじゃない。選手たちが行ったなかで、私が監督をやらせてもらってね、本当にありがたいことなんですけれども」
「40回も行ったかなという気はしますよね。あっという間でしたけど、回数じゃないですよ」
その言葉には、目の前の一戦にすべてを懸ける勝負師の誇りが感じられた。
サッカーW杯から学んだ“プレッシャー野球”
「例年より小粒でパワーもない」。監督自身がそう評する今年の明徳義塾には、試合を決定づけるような大型ホームランバッターはいない。
そんな選手たちに監督が語ったというのが、ユニークな“サッカーのシュート論”だ。
「今年のサッカーのワールドカップで勉強になりましたよ。やっぱりね、シュートは打たないかんね。こぼれ球でも蹴ったら入る時あるから」
「シュートを打つ」とは、すなわち「スコアリングポジション(得点圏)にランナーを送ること」。
2アウトからでも走者を3塁に進めておけば、相手にプレッシャーがかかり、「オウンゴール」、すなわち相手のエラーによる得点が生まれる確率が跳ね上がると言うのだ。
その好例が高知大会準決勝の土佐高校戦だった。
3点を追いかける8回裏。2アウトになりながらも、エラーで出塁した先頭打者を3塁まで進め、タイムリーで1点を獲得。
さらに同点に追いつくと、ダブルスチールで2アウト2塁・3塁として、最後は5番で主将の続木の打球が相手のエラーを誘い、逆転に成功したのだ。
「バントを絡めながら1アウト3塁を作ったり、とにかく攻撃では1アウト3塁、あるいは1アウト1・3塁、1アウト満塁を作りたい。そのために盗塁し、バントし、エンドランをかける。2アウトでもランナーをサードにおいておけば、相手に対するプレッシャーが全く違う」
遠くへ飛ばすパワーがなくとも、枠の中へシュートを打ち続けるようにプレッシャーをかけ続ける。それこそが、明徳義塾が誇る“プレッシャー野球”だ。
2年生左腕へ受け継がれる「エースの覚悟」
甲子園に向けて監督が期待をかけるのが、2年生サウスポー・藤本優善投手だ。
名将の頭には、現在プロ野球・読売ジャイアンツで活躍するOB・代木大和投手の姿がある。
夏の高知大会決勝、9回裏のピンチ。ブルペンから後輩の吉村投手がマウンドへ向かおうとした瞬間、満身創痍の代木がこう叫んだという。
「来るな!お前はベンチへ帰れ。俺が最後まで投げる」
その一言に馬淵監督は交代を翻し、代木はそのまま抑えきって甲子園の切符をつかんだ。
そして今年。高知大会の準決勝で打たれていた藤本投手に対し、決勝前、監督は代木の名前を出して奮起を促した。
「『どうや、お前』って言ったら『いきます!』って言うから『じゃあ代木になれ』と言った」
決勝で先発した藤本投手は期待に応えて好投した。監督はこう語る。
「まだまだ伸びる素材だと思います。まだ2年生ですからね。(先発を任せて勝ったことは)チームとしてすごい財産になった」
「マスコミは知らんかったでしょうが…」
大会前、マスコミや周囲の下馬評において、今年の明徳義塾の評価は決して高いものではなかった。
しかし、馬淵監督の胸中にあった確信は、全く異なるものだった。
「『うちは行ける』と思ってました。県内ではうちが一番強いだろうと。マスコミ関係はそう見ていなかったかもしれないけれど、私らは一番強いと思っていました」
その自信を裏付けていたのが、「春の大会で敗れてから3カ月近く、練習試合も含めて1敗もしていない」ことだという。
関東や関西など全国の強豪校と拳を交えても、明徳義塾の投手陣には誰一人として「負け投手」がいなかったというのである。
「『まだ負けてない、まだ負けてない』が『やることやってたら勝てるんだな』という気に、子供たちもなったんでしょうね」
勝ち続けることで染みついた「勝ち癖」と、「どんな展開になっても最後はひっくり返せる」というメンタル。監督自身が「不思議なチーム」と評する明徳ナインが甲子園への切符をつかみ取った背景には、これがある。
160キロを打ち崩す明徳の打撃論
近年は高校野球でも「球速150キロ超え」や「大型スラッガー」といった個人のフィジカルやスピードに注目が集まりがちである。
しかし、馬淵監督が挙げる「良い投手の条件」はシンプルだ。
「ピッチャーは、コントロール、球の切れ、配球。この3つです。高校野球は、それで勝てます。しっかり守ればね」
個の力ではなく、チームの戦略で勝つ。その馬淵イズムを象徴する過去の試合がある。
かつて甲子園で、大会屈指の150キロ超の右腕として注目を集めていた明桜高校の風間投手と対戦した際のことを、馬淵監督はこう振り返る。
借りてきた建設現場のパレットの上にピッチングマシンを乗せて高さをかさ上げし、「球速160キロ」に設定して打撃練習を繰り返した。
誰もかすりもしなかったが、いざ本番で風間投手と対峙した選手はこう言ったという。「練習のマシンより遅く見えます」。
「『三振でもええから、とにかくファウルを打っとけ』と指示しました。2ストライクに追い込まれてから10何球もファウルを打った。もう向こうのピッチャーは嫌になる。そうやってノックアウトした」
野球は、遠くへ飛ばす距離やスピードを競う個人競技ではない。「いかに相手より多くホームベースを踏むか」というチームプレイであり、それを極めることが、70歳の名将が誇る「ザ・高校野球」だ。
いざ、40回目の聖地へ
「甲子園で対戦したい高校ですか?ありません。弱いところとやりたいです。強いところとはやりたくありません」
記者団をドッと沸かせるおなじみのユーモアを交えながら、馬淵監督はこう語った。
「高校野球の監督の仕事は大会が始まる1週間前に終わっとるんよ。あとは調整ですよ。2日前、3日前ぐらいでバタバタしたって疲れるだけじゃ」
「甲子園行ったからって変わった野球、できないもん。不安もあるんだけど『俺たちがやってることはどれだけ通用するかやってみようじゃないか』という気持ち。選手もそう思っています」
35年以上、高校野球界の最前線を走り続けてきた名将の、"40回目の甲子園”が始まる。
取材: 高知さんさんテレビ
*明徳義塾の初戦は大会6日目。相手は宮崎代表・日南学園に決まった。
