“粛清”が不幸にも的中
「だからそう言ったじゃないか」というのは趣味ではないが、この問題ではあえて言わせてもらう。
北朝鮮でハノイの対米交渉に当たった幹部らが会談決裂の責任を取って「処分」されたらしいというニュースのことで、3月4日掲載の本コラムで「(米朝)会談勧めた北幹部はどうなる…?」と「粛清」を案じたことが不幸にも的中したようだからだ。

もともとは韓国の有力紙「朝鮮日報」が5月31日に伝えたもので、金革哲特別代表が銃殺、金英哲労働党副委員長は強制労働、金聖恵統一戦略室長は政治収容所に、金正恩委員長の実妹の金与正さんも謹慎中という。その後金英哲副委員長は、存在が確認されたというので処分は一時的なものだったのかもしれない。
この処分については、ハノイでの会談が失敗に終わったことをめぐって金正恩委員長の身代りに交渉幹部が責任を取らされたものという見方が大方だが、私は幹部たちがトランプ政権の出方を読み違え金正恩委員長へ誤った助言をした責任を取らされたものだと考える。
3月前の本コラムで私は李容浩外相や崔善姫外務次官が処分されることを案じたのだったが、責任を取らされたのは朝鮮労働党の幹部らで外務省幹部は難を免れたようだ。そのことは、ハノイ会談に当たって北朝鮮側が「トランプに直接談判すれば秘密核施設の存在も誤魔化せるだろう」という甘い見通しを立てたのは党の対米交渉担当幹部らで、その読みをめぐって外務省の対米担当者との間で対立があったのかもしれない。
というのも、会談が決裂した2月28日の夜に崔前姫次官が米宿舎を訪れて譲歩案を打診したと伝えられたことがある、この時点で金正恩委員長は党幹部の作戦が誤っていたことを悟り、外務省の崔次官に失地挽回をはからせたとも考えられるからだ。
いずれにせよハノイ後は今回処分されたと伝えられる3人は、北朝鮮のメディアからほとんど姿を消した一方で、外務省の崔次官は第一外務次官に昇進しただけでなく国務委員にも選ばれた。また李容浩外相も健全で4月末に金正恩委員長がウラジオを訪問した時にもしっかり付き添っていた。
今後は“タカ派”VS“タカ派”で混乱?

今後北朝鮮の対米交渉は李外相と崔第一次官の二人が仕切ることになりそうだが、それはどんな交渉になるのだろうか?
特に崔次官は崔永林元首相の養女と言われ、欧州などに留学して語学や国際感覚にも長じているようで、処分された労働党の国際派よりもトランプ政権について適切な判断ができると考えられる。
しかし、それは米国の脅威を実感して却って警戒心を強めることになるのか、崔第一次官はかねて米国の指導者を攻撃しシンガポールでの米朝首脳会談直前の昨年5月に「ペンス米副大統領は愚か者」と発言したり、最近もポンペオ国務長官やボルトン補佐官を名指しで非難し、対米交渉の「タカ派」的存在になっている。
その「タカ派」が仕切ることになる米朝交渉はこれまでよりも波乱を予想させるが、はたして?
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【イラスト:さいとうひさし】
