6月21日は「父の日」、ということで19日は父子の絆を特集します。いま水泳の飛込界を代表するダイバーの一人が、静岡県浜松市出身の伊熊扇李 選手(22)です。強さの原点には父の存在がありました。

伊熊扇李 選手(2015年・当時小学5年):
オリンピックで金メダルをとる

伊熊扇李 選手(2018年・当時中学2年):
オリンピックで金メダルをとる!

永井俊樹アナウンサー:
昔のインタビューで「五輪で金メダルをとりたい」っていう言葉、
何度聞いてもその言葉が目標として返ってきたんですが、今はどうですか?

浜松市出身・伊熊扇李 選手:
目指すところは変わらない!!

取材を始めてから約11年、声も体つきも変わりましたが、目標だけは決して変わらない。

いまや飛込界のエースと呼ばれる伊熊扇李(22)は故郷・浜松を離れ、日本体育大学で力を磨いています。

飛込競技は2種目あり、彼が主戦場するのが「飛板飛込」です。

弾力性のある板を使い、助走、踏み切り、そして着水までのテクニックと美しさが評価されます。

フォームは国内随一!それを成し遂げているのが、バランス感覚です。

空中でひねり技を入れても体の軸がぶれない。鍛え上げた体幹が安定感を生み出すことで、垂直に入水することができます。

浜松市出身・伊熊扇李 選手:
高校生あたりからウエイトトレーニングを取り入れて、飛び板の沈み上がりに耐える力、押し込む力が伸びたと思う

飛板をより操ることができるようになったことで回転数が上がり、国内でも彼にしか飛べない高難度の技が可能になりました。

小学校、中学校、高校と、常に年代別のチャンピオンとして頂点に立ち、大学3年だった2025年にはついに日本代表に選ばれ、2026年春の国内大会でも圧勝し、いまや飛込界の“エース”に!

そんな彼の原動力は家族の存在です。

永井俊樹アナウンサー:
家族のためにいい姿を見せたいという思いは強いですか?

浜松市出身・伊熊扇李 選手:
そうですね!

父・豊和さん。

高校時代にはインターハイ2位の実績を持つダイバーで、自宅に飾られた数々の賞状を見て、伊熊扇李 選手は「同じ道を志したい」と父が監督を務める飛込クラブの門を叩きました。

伊熊扇李 選手の父・豊和さん(当時):
扇李。自分で見てごらん。どこが悪かったか。悪いところを言って!真っ直ぐ(体を)入れて板を押し込んで、ちゃんと前に!

伊熊扇李 選手(2015年・当時小学5年):
(父の言い方が)強い時もあるので、引いちゃう感じもある。ガクンっときちゃいます

幼い心に、父の熱が少しだけ強く届く時もありました。

それでも積み重ねた努力が形になった時は誰よりも喜び、厳しさと優しさで成長を促してきました。

伊熊扇李 選手の父・豊和さん(当時):
一緒に進んでいこうと!映像を見て2人で話し合ってから、競技に取り組んでいる。五輪に出て活躍してくれれば!それだけです

やがて父と同じ日本体育大学へ進学。

新しい指導者のもとで力を磨くようになりましたが、今でも悩みは父に相談し、その言葉が支えとなっています。

浜松市出身・伊熊扇李 選手:
昔は指導者として毎日見てもらい、今はそういう機会はなくなったが、自分にとって一番家族が応援してくれている存在なので、競技で結果を出して少しでも恩を返したい

父に成長を見せたい。その一心で、彼はただひとつの目標を追い続けています。

伊熊扇李 選手(2015年・当時小学5年):
オリンピックで金メダルを取って歴史に名を残したい

伊熊扇李 選手(2018年・当時中学2年):
オリンピックで金メダルをとること

浜松市出身・伊熊扇李 選手:
昔と違っているのは「五輪!五輪!」ではなくて、ひとつひとつ目の前の目標を!っていう考え方になってきている

日本代表として世界との差を感じたからこそ「金メダルをとりたい」と簡単には口にできなくなりました。

それでも幼い頃から胸に灯した夢は、消えることなく静かに彼を導き続けています。

ロサンゼルス五輪まで、あと2年。親子の物語は、未来へと続いていきます。

テレビ静岡
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