ムエタイ試合から客が消えた
鋭いキックやパンチが炸裂するたびにリング上に飛び散る汗。両手両足を使って様々な技を繰り出す選手たち。立ち技の世界最強格闘技といわれるタイ式のキックボクシング「ムエタイ」のワンシーンだ。しかし記者が3月10日、試合会場の一つを訪れると、普段、試合を盛り上げている観客の地響きのような声援はなかった。
タイの国技である格闘技「ムエタイ」の二大殿堂の一つ、ルンピニースタジアムでは3月10日の試合から、観客を入れないで試合を行う無観客試合に踏み切った。スタジアムでの新型コロナウイルスの集団感染を防ぐための措置だ。
タイ政府から感染防止策として競技延期を打診されたことを受けて、スタジアム独自の対応として無観客試合を導入し、競技を継続することを決めたという。 会場にいるのはムエタイ選手とその関係者、それにテレビ生中継のためのスタッフだけで、いつもは客席を埋め尽くす観光客や地元客の姿はなかった。
試合を盛り上げる声援とギャンブル
ムエタイに来る地元客は、時に絶叫しながら、熱心に選手を応援することで有名だ。その理由は、多くの人がムエタイ会場で行われている「賭け事」に参加しているからである。客席では選手の勝敗を賭けるギャンブルが行われており、賭けに参加した観客は必死になって応援し、声援を送る。
このルンピニースタジアムでは賭け事が認められており、選手たちも、こうした観客たちの思いをエネルギーにして試合に臨む。しかし無観客試合では、会場での賭け事は成立しない。主催者によると今回のような無観客での試合は過去に例がないという。
ムエタイ運営関係者ソムサクンさん
「普段は楽しい雰囲気で、エキサイティングなのだけど、今は静かですね…」
「3月末まで様子を見ます。悪化したら閉鎖、改善したら通常に戻します。」
またムエタイは、タイを訪問する旅行客にも人気の観光スポットだが、最近は外国人旅行客が減り、試合会場を訪れる人の数も落ち込んでいたという。これも無観客試合に踏み切った理由の一つだという。
タイの観光はコロナで打撃
新型コロナウイルスの感染拡大は、ムエタイだけでなく、観光地やショッピングモールなどの光景も一変させた。週末のモールは客が少なく閑散としていて、観光客の数もごくわずかしか見かけない。観光スポットのすぐ近くには、客待ちの観光用三輪車トゥクトゥクが長蛇の列をなして待機している。
タイ政府観光庁によると新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、旅行の予約状況が急速に悪化したという。2月にタイを訪問した外国人観光客の数は、前年比44.5%にまで落ち込んだ。また、2020年のタイへの外国人旅行者の数は、最悪のシナリオだと約1000万人減少し、観光収入も約1兆5000億バーツ(日本円で約4兆9500億円)減る可能性があるとの予測もある。観光産業は国内総生産(GDP)の2割近くを占める主要産業だけに、タイ経済全体への悪影響は避けられない見通しだ。