2010年に神戸市北区で堤将太さん(当時16歳)が殺害された事件で、殺人の罪に問われた当時17歳の元少年(32)の控訴審の判決があす=20日午前11時から言い渡される。

元少年は事件からおよそ11年後に逮捕され、裁判を経て現在32歳になっているが、17歳当時の事件であるため、少年法によって氏名や顔などが公表されることはない。

その元少年に神戸地方裁判所は「懲役18年」という判決を言い渡したが、元少年はこの判決を不服として控訴。

控訴審で元少年側は「当時の少年法の規定などから懲役15年を超える刑を言い渡すことはふさわしくない」などと主張している。

裁判員裁判で導き出された「懲役18年」という判決は、ふさわしくないものなのだろうか。

■逮捕まで10年10カ月 成人を迎えていても少年法適用「どのような判決が」注目された裁判

この裁判では17歳当時の行為で罪に問われている元少年に、どのような刑罰が科されるのか注目されていた。

元少年は裁判時ですでに30歳になっていたが、事件当時の少年法が適用され、「死刑を科す場合は無期懲役、無期懲役を科す場合は最長で懲役15年」となる。

逮捕まで10年10カ月の間、犯行を名乗り出ず「逃亡していた」中で成人しているが、「逃亡していた」こと自体は罪に問えない。

筆者は、この中でどのような刑の重さになるだろうか、罪に問えないと言っても、「10年10カ月の逃亡」を加味した判決にならないだろうか、と考え取材に臨んでいた。

殺人の罪に問われた元少年は、裁判で「複数回刺したことは間違いない」と認めたものの、「殺意がなかった」と主張し、弁護側は「精神障害があり、責任能力が十分ではなかった」と刑を軽くするよう主張した。

これに対し、検察側は堤さんの体に残った傷などから「何度もナイフで体の重要な部分を狙って深い刺し傷が複数あり殺意があった」と主張し、精神鑑定を実施した医師は証人尋問で、「精神障害は詐病だ」という意見を述べた。

■「無期懲役が相当の場合 最長で懲役15年」のはずが 検察の求刑は「懲役20年」

そして検察側がどの程度の刑罰とすべきか意見を述べる「論告求刑」の裁判が開かれた日、検察側の「懲役20年」の求刑に、法廷はざわついた。

元少年の弁護人が裁判官に何か意見を述べようと、立ち上がる様子も見られた。

事件当時の少年法には、「無期懲役とする場合でも最長で懲役15年」という規定がある。なぜ「懲役20年」が求刑できるのか。

検察側は、犯行の状況などから、刑は「無期懲役」ではなく、「有期刑の上限とするのが相当」と指摘した。

有期刑であれば、すでに成人している元少年に、「刑を軽くする規定」は適用されない。そこで刑法に定められた殺人罪の有期懲役刑の上限「懲役20年を科すべき」と求刑したのだ。

そして神戸地裁は判決で、「同じような事件の刑の重さの傾向に照らし合わせると、殺人罪の法定刑のうち、有期懲役刑の上限(20年)ないし、それに近い領域で処罰されるべき部類に属すると考えられる」と指摘。

さらに「逮捕されるまでに10年以上経過しているが、その間の被告の言動から犯行を悔いていた様子は見受けられない上、公判廷でも不合理な弁解をしている」など言及したうえで、当時17歳の少年であったことなどを考慮して、「懲役18年」を言い渡した。

■控訴審で元少年側「15年超える刑はふさわしくない」法令適用が誤っていると主張

元少年は4月に開かれた控訴審には出廷せず、弁護側は改めて「当時は精神障害があった」と主張したほか、懲役18年という判決について、次のように法律の適用が誤っていると主張した。

【弁護側の主張より】「より重い無期懲役が相当とされる場合、刑の上限が15年になるのに、有期刑に相当する場合には上限が20年になるという逆転現象が生じ、不均衡で、15年を超える刑はふさわしくない」

そして検察側は「15年に限る明確な規定はない」と反論している。

■「懲役18年」遺族は「納得できない。許されるものではない」も「評価する」 元少年が「逃亡していた10年10カ月」の重みは…

この「懲役18年」について、堤さんの父・敏さんは1審の判決後、「納得できるものではない。18年で許されるものではない」と述べつつも、想定していた「最も重くて懲役15年」という刑よりも重い判決が言い渡されたことは「評価する」と述べた。

司法関係者は、「犯行の態様から検察は懲役20年という殺人罪の有期刑の上限とすべきと判断したと考えられるが、10年10カ月逃亡した結果、成人となっていることが『懲役20年』という刑を求める際、一部考慮されたのではないか」と指摘する。

逮捕されるまでの10年10カ月、父・敏さんを始め、堤さんの家族は街頭に立ってビラを配り、犯人逮捕につながる情報を求め続けてきた。

事件直後から、犯人は少年かもしれないと、少年事件の遺族が損害賠償を求めた裁判に足を運び、話を聞くこともあった。

そしてようやく元少年が逮捕・起訴され、「なぜ将太が殺されなければならなかったのか」という問いに答えを得られるかもしれないと思っていたが、元少年からは納得のいく説明も、謝罪もなかった。

控訴審で、元少年側の主張に対し、父・敏さんはこう述べた。

【堤将太さんの父・敏さん(法廷での意見陳述より)】「(少年法の規定から)被告は懲役15年が上限となるべきと主張しています。少年法は、犯行から裁判までに長期間が経過することを、そもそも想定していないはずです。

被告人は、本件犯行当時、17歳8カ月であり、もう少しで刑の緩和が認められない18歳を迎えるところでした。本件犯行翌日、何事もなかったかのように通塾して周囲の目を欺き、 急に転居して捕まらないように逃亡しています。 巧妙に犯行発覚を隠しており、成人と遜色ない程度に成熟していたとしか考えられません。 この点からも、被告人に科刑制限(刑を緩和すること)を認める必要はありません」

「10年10カ月逃亡したこと」が考慮された刑罰が科されるべきではないだろうか。

■遺族にとっては「今も事件の中」 当時17歳も…現在32歳の元少年にふさわしい刑とは

控訴審の判決を1週間後に控えた6月13日、父・敏さんは大阪市内のホテルで、講演に臨んだ。敏さんは講演について、「将太のためにしてやれることだから」と余程のことがない限り、引き受けている。

講演では「ずっと事件に縛られて、事件の中にいる。苦しみ抜いた逮捕までの約11年間でした」「1人が殺害されたら、周りの人がどれだけ苦しむか考えてほしい」と訴えた。

終了後に話を聞くと、敏さんは控訴審判決で「懲役18年が見直されるのではないかと不安がある」と明かした。

刑罰の重さは、犯した罪の重さではないか。当時17歳、「逃亡」を経て現在32歳になった元少年にふさわしい刑罰は、どのようなものなのだろうか。

控訴審判決はあす言い渡される。

関西テレビ
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