若い女性のがん罹患は治療によって生殖機能に影響が及ぶことがあります。近年は医療技術の進歩により、治療前に卵子や受精卵を凍結保存するなど、将来の妊娠を可能にする選択肢が増えている。

また、がん治療中あるいは治療後の妊娠についても、安全性が研究されています。患者と医療者が十分に話し合い、適切な情報提供やサポートを受けることが、希望する妊娠・出産の実現に重要だ。

思春期・若年成人のいわゆるAYA世代の女性のがん治療と将来の妊娠についての取り組みについて医療取材を長年担当する加藤さゆり・関西テレビ解説デスクのリポート。

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■仕事中に咳が止まらない 咳止め薬をもらいに行ったつもりが医師からの告知は「腫瘍」

美容師のハルカさん(仮名・32)は、26歳の時、突然、仕事中に咳が止まらない症状に見舞われた。夜になると、足にかゆみも出て眠れなくなった。

近所にある内科と皮膚科を兼ねたクリニックを受診し、レントゲン検査をうけることに。
咳止めとかゆみ止めの薬をもらえたらいいな。それくらいの軽い気持ちでいたハルカさんだったが、医師からは思わぬ結果を告げられた。

「肺のあたりに腫瘍がある」

その日のうちに大きな病院へうつり、緊急入院。
精密検査の結果、肺と心臓の近くに10センチほどの腫瘍があることがわかった
診断名は「悪性リンパ腫」。

いままで大きな病気をしたことがなく、健康には人一倍自信があったのに… 

驚きと絶望感で押しつぶされそうになった。仕事に夢中で多忙な日々を送り、多少の体の不調にも目をつぶってきた自分を反省した。

■抗がん剤治療で頭をよぎった「将来の妊娠」

医師から、今後の抗がん剤治療の説明を受けた時、ふと頭をよぎったことがあった。

「妊娠・・・」

当時、まだ結婚は考えていなかったが、抗がん剤治療による影響で、妊娠できなくなるかもしれないと聞いたことがあったのを思い出した。

医師には、「確かに治療薬によって卵巣に影響はあるかもしれないが、あなたの命を守ることが先決」と言われた。ハルカさんの腫瘍は気管を圧迫していて、突然息ができなくなれば、最悪の場合、脳死に至るリスクがあった。非常に危険な状態で一刻も早い治療が必要だったが、将来子どもができなくなるのは辛い…

そう強く思ったハルカさんは、両親の後押しもあり、抗がん剤治療を始める前に「卵子凍結」することを決めた。

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■4年間の闘病で腫瘍は無くなる「凍結卵子を使って不妊治療を始めたい」

卵子の凍結後、半年にわたる抗がん剤治療を開始。造血幹細胞移植なども行って、4年前に腫瘍はなくなった。ただ、治療によっておそらく卵巣は機能していないだろうと医師に言われている。いまは薬で強制的に生理をおこしている。

ことし3月に結婚したというハルカさん。生活が落ち着いたら、凍結した自分の卵子を使って、不妊治療を始めようと考えている。

「あの時、凍結しておいてよかった」いまハルカさんは心からそう思っています。

ハルカさんのように、思春期から30代にかかる患者を「AYA世代」とよぶ。

AYA(アヤ)とはAdolescent&Young Adult(思春期・若年成人)の略で、15歳から39歳までを指す。就職や結婚、出産など大きなライフイベントと重なる世代だが、毎年約2万人のAYA世代の人が、新たにがんの診断を受けるとされている。

男女で比較すると、女性のほうが多く、乳がんや子宮頸がん、白血病などが多くを占める。

治療には、抗がん剤や放射線が使われることが一般的だが、その時に卵巣などの生殖機能がダメージを受けることがわかっている。

抗がん剤治療を行う病院(提供:大阪急性期総合医療センター)
抗がん剤治療を行う病院(提供:大阪急性期総合医療センター)

■「妊娠するための力」とがん治療

妊娠するための力のことを「妊よう性」という。この妊よう性を保つためには、ハルカさんのようにがんの治療を始める前に、卵子や精子を凍結することが必要になるが、費用も時間もかかるため、若い世代には大きな負担となる。

一方で、治療の前に医師はガイドラインに沿って、患者に生殖機能への影響があることを説明することが求められるが、ガイドラインにも反映されていない新しい薬もどんどん開発されていて、どの薬がどの程度の影響を及ぼすのか、はっきりとわかっていないのが現状だ。

また女性の妊よう性については、血液中のホルモン(抗ミュラー菅ホルモン:AMHなど) を測ることで卵巣機能への影響がわかるが、そのような報告は少なくガイドラインに反映されていない。

抗がん剤などの調剤(提供:大阪急性期総合医療センター)
抗がん剤などの調剤(提供:大阪急性期総合医療センター)

■若い人はがんが治ってからも、そのあとの人生が長い

そこで、これからのAYA世代のがん患者が、妊娠を諦めないための正しいガイドラインづくりに向けた研究プロジェクトが大阪で立ち上がった。

研究は、「大阪急性期・総合医療センター」の森重健一郎医師が主導で行い、全国のAYA世代の女性患者を対象に、それぞれの治療内容とその後の卵巣機能の関係を調査する。

集めたデータをもとに、AIを使って治療後の予測モデルも作成し、患者ごとに異なる妊よう性への影響を最小限に抑える治療法を考える。

去年3月に始まった研究には、現在39の医療施設が協力している。
大阪急性期・医療センターでは、2028年に研究結果をまとめる予定で、この研究費用の一部を「がん治療で妊娠を諦めない選択を 患者さんの未来に寄り添いたい」として、クラウドファンディングでも呼びかけている。

研究チーム(提供:大阪急性期総合医療センター)
研究チーム(提供:大阪急性期総合医療センター)

森重医師は、「がん治療は、もちろん治すことが大前提で、治療の成績はよくなっているけれど、若い人はがんが治ってからも、そのあとの人生が長い。がんにかかっても、家族を持ちたいという希望を叶えられる社会であってほしい。そのために、研究の重要性を一般の人にもわかっていただきたい」と話している。

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(関西テレビ解説デスク 加藤さゆり)

関西テレビ解説デスク 加藤さゆり
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