被災地で犯罪被害の報告、警察が注意喚起

2024年1月1日に発生した能登半島地震に際し、被災地では火事場泥棒などの犯罪の報告や注意喚起が相次いだ。

最大震度6強を観測した輪島市は大きな被害を受けている ※記事と写真は無関係です
最大震度6強を観測した輪島市は大きな被害を受けている ※記事と写真は無関係です
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1月5日には、石川・輪島市で被災した民家に侵入してミカンを盗んだ自称大学生の男が現行犯逮捕された。また富山・高岡市では、「国から被害調査を依頼された業者」を名乗る不審な20代くらいの男2人が住宅を訪問し、被災者に対しブルーシートを高額で売りつけようとする事案もあった。

被災地では、義援金や屋根修繕工事をかたる詐欺など、地震に乗じた犯罪の通報が相次いでおり、警察が注意を呼び掛けるとともに、避難所などで注意喚起・パトロールを行っている。

SNSで蔓延した義援金詐欺

地震発生直後、Xに住所の記載とともに「助けてください」など投稿し、救助された報告とともに今後の資金支援の名目で電子マネーを通じて寄付金を募るような投稿が相次いだ。

Xで出回った詐欺メッセージ 珠洲市には「大谷町」はあるが「大谷」という地名はない
Xで出回った詐欺メッセージ 珠洲市には「大谷町」はあるが「大谷」という地名はない

これらは同様の文面が使いまわされていることが多かったが、中には数百万回にも及ぶ閲覧数が確認され、X上で驚異的に拡散された。中には、「寄付しました」とリプライするユーザーも確認された。

災害時に犯罪は発生するのか

まず、被災地では火事場泥棒など被災に乗じた犯罪は間違いなく発生する。

東日本大震災では、空き巣や店舗荒らし、車上荒らしなどの窃盗、便乗詐欺、闇金業者による違法金利による貸し付けなど、多くの犯罪が報告されている。

例えば、警察庁によれば、東日本大震災の発生から僅か3か月の間で、岩手、宮城、福島3県でATMを狙った窃盗事件が56件(未遂7件)発生、被害総額は約7億円に迫った。

犯罪が発生する理由

公益財団法人・日工組社会安全研究財団の研究報告「災害後の効果的な防犯対策について」によれば、「大規模な災害のあとは、盗みをしようとして外部から入り込む者や、被災者の中でも財産を失うなどして大きなストレスを抱えた者が出てくる。建物が壊れて貴重品などへの接近が容易になる。そして避難して誰もいなくなった家や店舗が多くなることで、日常活動理論(Cohen & Felson, 1979)のいう犯罪を引き越しやすい3つの要因(「潜在的な犯罪者がいる」「格好の標的がある」そして「有能な監視者がいない」)が揃いやすいことになる」と指摘する。

警察庁は震災便乗の犯罪について注意喚起している
警察庁は震災便乗の犯罪について注意喚起している

犯罪機会論においても、被災地では領域性(犯罪者が及べない範囲)・監視性(犯罪者の行動の把握)・抵抗性(犯罪への抵抗力)が失われ、犯罪が発生しやすいのは言うまでもない。

災害時の性被害

警察庁の「東日本大震災に関連した女性に対する暴力に関する取組について」によれば、「2011年3月11日から4月26日までの間、岩手、宮城及び福島の3県において、強姦及び強制わいせつの認知件数は、前年同期よりも大幅に減少。また、被災した避難所等に避難している女性を被害者とした強姦及び強制わいせつの発生は把握されていない。」と示されている。被災三県(岩手、宮城、福島)の性犯罪の認知件数についても、2011年と2012年を比較すると、全て減少していた。

しかし、これはあくまで警察が把握したという意の“認知”の実数のみであって、そもそも震災後の特に混乱した状態の中で、被害申告する余裕はほぼないと推察される。また、性犯罪の性質上、震災時に関わらず積極的に被害申告がなされない傾向が強い。

一方で、無料電話相談「よりそいホットライン」では、2013年からの5年間に36万件の相談が寄せられたという。そして、被災3県(岩手、宮城、福島)からの相談の5割以上が、性暴力被害に関する内容であったという。

また、東日本大震災女性支援ネットワーク調査チームによる『東日本大震災「災害・復興時における女性と子どもへの暴力」調査報告書』においても性暴力による被害が多数報告されている。

これらの状況を踏まえれば、その具体的実数は不明であるが、被災地において性犯罪は“ある”と推察され、警察庁なども性被害に関する注意喚起を行っている。

被災地においては、時間の経過とともに犯罪の性質が変わってくる。今後は、震災に伴う口座凍結解除と称した、特殊詐欺のような手口が見られるようになるだろう。また、被災地に限らず全国的には募金詐欺や復興支援制度を悪用した犯罪も発生する。

偽情報・誤報にも注意を

また注意すべきは犯罪だけではない。

東日本大震災後、宮城県内では「外国人窃盗団が入り込んできている」といったデマが流れていた。このデマは、避難所を中心に口コミで広がったケースや、ネット上で拡散されたものもあったという。

今回の能登半島地震でも、東日本大震災の津波の映像を今回のものと偽って投稿する事例も確認されている。

災害時では、センセーショナルな情報に触れた際には、一呼吸置いて発信元の属性や複数の情報ソースを確認することが必要である。(筆者自身にも心当たりがあり、反省するばかりである)

被災地における防犯対策と今後の課題

現在大変な生活を余儀なくされている被災地の方々の中には、現場の警察から防犯パトロールを通じて防犯上の注意点がアドバイスされていると思われる。だが、未だ救助や支援の手が届いていない地域の方々には届かないかもしれないのは承知の上で、被災地における防犯策を例示していく。

避難所では防犯対策が重要 ※写真と本文は無関係です
避難所では防犯対策が重要 ※写真と本文は無関係です

また、今後想定される南海トラフ地震や首都直下地震などを踏まえ、我々が被災した際の防犯上の留意点として、どうか心に留めてほしい。

<避難所において>
・一人で行動しない・させない
・避難所で生活する人を覚え貴重品は必ず持ち歩く
・見知らぬ顔に敏感に反応できるようにする
・相互に声掛けをする
・見知らぬ顔にも声掛けをする、身元を確かめる
・女性と子供だけの行動になる場合、例えば授乳時やトイレ時には見張りを立てる
・可能であれば、防犯ブザーなどを持ち歩く

以上の内容は、多くの避難所で主体的に実施されていると思われるが、一人一人が意識することで避難所自体の防犯力が向上するため、敢えて記載した。

また、加藤男女共同参画担当相は、避難生活における“安全安心の確保”のために「男女別更衣室」や「授乳室の設置」など、避難所を運営する際の留意点を示しているため、避難所運営の視点でも参考にしてほしい。

また避難所ではなく被災した自宅周辺で生活する際にも注意点がある。

被災住宅で暮らす際にも注意点が ※記事と写真は無関係です
被災住宅で暮らす際にも注意点が ※記事と写真は無関係です

<被災した自宅周辺での注意点>
・自治体・公的機関の発信する情報を素早く収集
・積極的な地域内の情報交換
・施錠の徹底(補助錠も使用)
・貴重品を身につけておく
・一人で行動しない・させない
・顔見知り以外は必ず身元を確認
・金のかかる話に応じない
・近所の人との会話、情報交換の徹底
・見かけた人への声掛け
・在宅のアピール(玄関にセンサーライト、洗濯物を干す、単身女性は男性用を干すなど)

海外に比べて日本の避難所は秩序立っているなどの見方もあるが、実際問題として犯罪が起きやすい状況にあるため、災害時の防犯意識は必須である。

また、これら防犯対策を、目の前の生活で精一杯の被災者皆様に求めるのは酷であるが、そもそも災害に乗じて犯罪を行うような愚か者がいるのが現実であり、そのような愚か者に「災害時に犯罪なんて卑怯だ」「人の心がないのか」などと言ったところで一切心に響かないだろう。(闇バイトのように、一度参加した後に犯罪から抜けられなくなるようなケースも想定されるが…)

よって、防犯意識は必要なのだ。

最後に、この度の令和6年能登地震によりお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみを申し上げるとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。被災地の一日も早い復興と、被災された皆様が平穏な日々を取り戻せるよう心よりお祈り申し上げます。

【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】

稲村 悠
稲村 悠

日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
リスク・セキュリティ研究所所長
国際政治、外交・安全保障オンラインアカデミーOASISフェロー
官民で多くの諜報事件を捜査・調査した経験を持つスパイ実務の専門家。
警視庁公安部外事課の元公安部捜査官として、カウンターインテリジェンス(スパイ対策)の最前線で諜報活動の取り締まり及び情報収集に従事、警視総監賞など多数を受賞。
退職後は大手金融機関における社内調査や、大規模会計不正、品質不正などの不正調査業界で活躍し、民間で情報漏洩事案を端緒に多くの諜報事案を調査。
その後、大手コンサルティングファーム(Big4)において経済安全保障・地政学リスク対応支援コンサルティングに従事。
現在は、リスク・セキュリティ研究所にて、国内治安・テロ情勢や防犯、産業スパイの実態や企業の技術流出対策などの各種リスクやセキュリティの研究を行いながら、スパイ対策のコンサルティング、講演や執筆活動・メディア出演などの警鐘活動を行っている。
著書に『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』