市川海老蔵さんの妻・小林麻央さんが乳がんで亡くなってから、6月22日で1年が経つ。
乳がん検診の必要性など乳がんに対する意識は高まってきているが、皆さんは女性特有の病気と思ってはいないだろうか。『男性の乳がん』もあるということはそこまで知られていない。
そこで、男性患者同士の交流会「メンズBC」でアドバイザーを務める、国立がん研究センター中央病院乳腺・腫瘍内科の下村昭彦医師に男性の乳がんについて聞いた。
男性の乳がんは60~70代が多い
乳がんは、乳房にある乳腺にできる悪性腫瘍で、乳管から発生する「乳管がん」が90%、5%が小葉から発生する「小葉がん」で、特殊型といわれるタイプの乳がんが5%ある。
女性だけでなく、男性の胸にも乳腺が存在するため、乳がんになる可能性があり、男性は60~70代で発症することが多いという。
「がん、そのものは加齢による病気。女性は女性ホルモンの分泌によって乳がんのリスクが上がります。男性にも女性ホルモンがありますので、長時間女性ホルモンにさらされれば、乳がんのリスクが上がってきます。女性ホルモンは肝臓で分解されるため、肝臓の病気の方で男性乳がんが増えることが知られています。発病の年齢は60~70代が多いですが、30代でり患された方もいます」
日本乳がん学会の年次乳がん登録集計より、下村医師が作成したデータによると、2015年には約8万7千人いる乳がん患者のうち、男性は0.6%の560人と1%未満と少ない。ちなみに、女性は約8万6千人いる。
日本乳がん学会の乳がん登録のデータからは、女性の乳がんは一貫して増えている。下村医師は「乳がん全体に占める男性乳がんの割合は0.5%前後で変わりがないため、男性乳がんも増えていると考えられます」という。
遺伝の可能性が高い男性の乳がん
男性の乳がんも女性の乳がんも根本的は変わらないため、女性の乳がんと基本的には同じ治療が行われる。
「乳がんの疑いのある男性は、マンモグラフィーも行います。痩せている人は少し痛いかもしれないですが、女性と同様に胸を挟みます。
また、治療に関しては、女性の乳がんと原則変わりません。男性の場合、全摘出していることが多いですが、乳房の大きさによっては女性と同様、温存術が行われることがあり、欧米の論文では温存術が4%行われていると報告されています。手術方法は乳房の大きさやがんの場所によって選択されます」
手術や放射線治療など乳がんに対する治療の流れがあるが、下村医師は「乳がんの治療法は確立されています。しっかりとした治療を受けられるという面では、不安に思う必要はないと思います」とした。
一方で、「乳がん」と聞くと、「遺伝」という言葉を思い浮かべる人もいるだろう。
実は、男性の乳がんは遺伝が関係している可能性を下村医師は指摘する。
「男性の乳がんは、女性と比較して遺伝性の可能性が高くなります。海外の統計ですが、男性乳がんのうち遺伝性のものは20%程度であるのに対し、女性では5%程度です。
また、すべての男性乳がんが遺伝というわけではないが、遺伝性乳がんの患者の方に子どもがいる場合は、2分の1の確率で遺伝する可能性があります。遺伝性のものだと判明したら、ご家族も遺伝の専門家の医師に話を聞くことが大事です」
男性患者の悩み「病気を共有できないことや情報不足」
乳がんと診断された男性患者たちは「自分が乳がんになるとは…」と一様に驚くという。
さまざまなケースがあるが、「胸にしこりがある」や「鏡で見た時の胸の形の左右差」などから病院を訪れて、詳しい検査の結果から乳がんの発見につながっているようだ。
「女性に比べるとふくらみがないため、男性の胸のしこりはわかりやすいです。私の患者の中には、脇のリンパ節が腫れているということで調べたところ、乳がんと診断された方がいます。
また、乳がんと大腸がんをたまたま合併していて、大腸がんの検査をしている過程で見つかった方もいます。夫婦で病院に来た方も、旦那さんが乳がんと診断されて、奥様は『なるんだったら私だと思っていた』と話されていました」
女性は、乳がんなど女性に多い病気の知識はある程度あり、どういった病院に行けばいいのかも知っているが、男性患者の多くは初めに内科を受診しているという。
では、自分の胸などに違和感を抱いたら、どのような病院へ行けばいいのか。
「もし、胸にしこりを見つけたら乳腺外科。乳腺外科のクリニックは女性向けの内装になっているなど、男性は行きにくいかもしれません。ただ、男性も乳がんになるという知識は医師であれば知っています。
行きにくい…など不安のある方は、近くの内科などでご相談いただいても良いと思います。総合病院の乳腺外科は、クリニックに比べると女性向けの雰囲気でないことが多いので、男性も行きやすいと思います」
また、男性患者の多くは、同じ病気を共有できる人が周囲にいない、という悩みを抱えているという。
「入院中に、男性の乳がん患者さん同士が同室になることはほとんどありません。乳腺外科の外来でも、男性患者は自分だけということもあると思います」
認定NPO法人「キャンサーネットジャパン」では、2018年1月から男性乳がんの方が気軽に集まれる交流会『メンズBC』を開催し、悩みや日ごろ感じている不安を共有している。
下村医師もアドバイザーとして参加し、直接男性の乳がん患者の声を聞いているという。
そして、もう一つ、男性の乳がんに関する情報も少ないことも悩みとしてあげられる。
下村医師は「治療法など男性患者のデータは、多くは海外のものです。研究者も女性だけでなく、男性も含めて調査し、日本で男性の乳がん患者はどれくらいいるのか調べていかないといけない」とし、今後調べていくことで、男性の乳がん患者の実数が明らかになったり、治療の特徴がわかる可能性もあると話した。
基本的には、日本乳がん学会などに登録されている医師や医療機関が、患者数などを報告している。しかし、学会に登録していないところで男性の乳がん患者がいた場合に、報告などがされず、数に入っていない患者がいるかもしれないという。
体に不調を感じた場合は病院へ
女性は乳がんの早期発見のために、普段から自分の胸をさわる触診でセルフチェックすることを勧められているが、男性が普段からできることはあるのだろうか。
「お風呂上りなど、自分の体を鏡で見ることはあると思います。その時に、胸やその周囲など『何か変だ』と思ったら病院に行ってください。
もちろん、乳がんだけでなく、体調の変化があった場合は『おかしいな』と思ってください。同じような不調が半月や1カ月と続くのであれば、その背景に病気が隠れている可能性もあります。
特に若い人で、乳がんに限らず病気が進行して見つかるのは、『忙しい、忙しい』と病院に行かずに病気を放置することが多いからです」
男性が乳がんになる、という認知度はまだまだ低い方だ。
だからこそ、胸に異常を感じても、多くの男性は別の病気を疑い、「乳がん」を疑う男性は少ないという。
「男性も乳がんになる」このことだけでも頭に入れておけば、もしかしたら早期発見につながることもあるかもしれない。
そして女性も、男性が「乳がん」になるということ知っておかなければならない。