ネット上で著名人やタレントへの誹謗中傷が、エスカレートしている。

検察庁法改正案に抗議したきゃりーぱみゅぱみゅさんへの攻撃、ジャーナリスト伊藤詩織さんへの誹謗中傷、そして「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラー木村花さんは誹謗中傷を受けながら22歳の若さで亡くなった。

総務省によるとツイッターの匿名利用率は、アメリカやイギリス、韓国は3割台なのに比べ、日本は7割を超えている。ネット上の匿名性は、誹謗中傷や攻撃を加速させるのか?そして被害者をどうやって救済するのか?取材・検証した。

著名人に対する誹謗中傷にある2つの感情

「多くの方がネットに『匿名性』があると考えていますが、それは誤解です。問題投稿で注目を集めれば、身元はたいてい特定されます」

こう語るのは「ネットで勝つ情報リテラシー」著者でネットリテラシー専門家の小木曽健氏だ。

小木曽健氏は年間300以上の講演を行いネットリテラシーの普及に努めている
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小木曽氏は、著名人に対する誹謗中傷には、2つの感情が混在しているという。

「バッシング対象が有名人やタレントの場合、矛盾する2つの感情があって、1つは『相手は強くて守られた立場なので、何を言ってもいい』という思い込み、もう1つは『自分は消費者、お客なのだから、殺傷与奪の権限は自分が持っている』という驕りです。

むかしは芸能界やマスメディアと言えば『手出しできない遠い場所』でしたが、いまはネットがその垣根を全て取り払い、過度なバッシングが本人に直接届く状況を作っています」

悪質な投稿に狙いを定めて速やかに情報開示請求を

小木曽氏は、犯罪性のある誹謗中傷、実害を伴うバッシングには、決して手を緩める必要はないと語る。

「誤解を恐れずに言えば、度を超えた誹謗中傷であっても、表現の自由の一つです。ただしその自由には『責任』が伴うのです。犯罪に当たる投稿なら、その責任をとって逮捕され、相手に実害を与える投稿なら訴えられる。それが表現の自由を行使する『責任』です。

たとえば、新型コロナ自粛警察の方々が、飲食店に『営業スルナ!』という張り紙をしてまわるのは、表現の自由以前の問題です。他人の家に勝手に張り紙をするのは、たいてい違法ですからね。正義感だろうが、やっていることが違法じゃ話になりません」

では、誹謗中傷の被害者となった場合、どうやって発信者にたどり着けるのか。小木曽氏は、いくつかのコツがあるという。

「なるべく速やかに、SNS事業者(以下事業者)やインターネットサービスプロバイダ(以下プロバイダ)に情報開示請求を行うことで、発信者にたどり着ける可能性が上がります。お金と手間がかかるので、コツはターゲットを絞り込むこと。

一番悪質で目立つ投稿に狙いを定め、追い詰め、それを世間に知らしめるのです。投稿時の発信者記録はおおむね3ヶ月程度で消えてしまうので、とにかく素早く動くことが重要です。」

情報開示ノウハウを持つ弁護士が増えている

手続きに慣れた弁護士に依頼することで、開示される可能性も上がるという。

「事業者側も対応するのは法務担当。情報を開示させるためには専門的なコツも必要ですが、一般の人には難しい。私は昨年『あおり運転のガラケー女』というデマのせいで、SNSでバッシングされた方に話を聞きましたが、たまたま良い弁護士さんに巡り会えたと。

アドバイスに沿ってターゲットを絞り、速やかに手続きを行い、記者会見もやった結果、慌てて反省の意を示す発信者も多かったそうです。こうしたノウハウを持つ弁護士が増えています」

ではなぜ事業者やプロバイダは、発信者の情報開示を躊躇するのか。

「ユーザーの個人情報であり、表現の自由にも関わる手続きですから、そもそもパカパカ開示できないものという背景があります。そこに国が判断基準や免責のお墨付きを与えてあげれば、もう少しスムーズに行くはずです」

自民党が被害者救済のため法改正を視野に

こうした「国のお墨付き」を検討しているのが、政府与党だ。ネット上での誹謗中傷を止め、被害者を救済するため、自民党ではプロジェクトチーム(以下PT)をつくり、法改正も視野に入れた提言案をまとめている。

ネットの誹謗中傷対策を検討するプロジェクトチームの座長を務める三原じゅん子議員

「今回PTを立ち上げたのは、亡くなった木村花さんのこともありますが、こうした被害者を、いかにスピード感を持って救済していくかが重要だからです」

こう語るのは、PTに参加している衆議院議員の中曽根康隆氏だ。

三原じゅん子議員を座長とするPTでは、木村花さんの事件を受け6月に矢継ぎ早に会合を行い、次の臨時国会での法改正に向けた議論を急ピッチで進めている。

「被害者をスピード感もって救済していくのが重要」と語る中曽根康隆議員

情報開示の法律はスマホが無い時代に施行

PTはプロバイダ責任制限法(以下プロ責法)、民法、刑法の改正を視野に入れている。

プロ責法は、被害者がプロバイダなどに対して、発信者情報を開示請求できる規定を設けている。しかしこの法律はスマホが無い2002年に施行されており、これだけSNSが普及した社会に対応できているとはとてもいえない。

中曽根氏は語る。
「誹謗中傷を受けた被害者が、まず出来ることは事業者に削除を依頼することです。削除は事業者が各社の判断でいまも行っていますが、たとえばヤフーの場合、1日約2万件のコメントを削除しているということです。難しいのは、事業者に発信者の情報開示を求める場合です」

「権利侵害が明らか」を証明するのはほぼ不可能

法的手段に出る前に、被害者は事業者に『発信者を教えてほしい』と直接求める。しかしほとんどの場合、事業者は開示しない。なぜならプロ責法の4条に、開示請求できるのは『権利侵害が明らかであるとき』と定められているからだ。

中曽根氏は「それを被害者が証明するのはほぼ不可能だ」という。
「『権利侵害が明らか』というのは定義が無く非常に曖昧です。ですから事業者は開示しなくても免責されますし、逆に開示したことで発信者側から責任を追及されることもあるので、事業者はリスクの低い、開示しない道を選ぶのです」

被害者は裁判所に3つのステップが必要

事業者に門前払いされた被害者は、次は裁判所に対して3つのステップを踏むことになる。

・事業者に発信者の情報開示を請求する
・事業者から得られた発信者情報(IPアドレス)をもとに、プロバイダに個人情報の開示を請求する。
・特定された発信者を告訴する。

被害者が事業者に情報開示を請求しても、手続きに最大4カ月程度かかるといわれている。事業者は発信者の氏名や住所を把握しているのは稀で、開示されるのはIPアドレスなどだ。次に被害者はそのIPアドレスをもとに、通信キャリアなどのプロバイダに発信者の個人情報の開示を訴訟で求める。そして発信者が特定できて、やっと告訴できるのだ。

時間と費用で多くの被害者が泣き寝入り

しかし裁判を起こせば、時間も費用もかかる。結局泣き寝入りする被害者がほとんどとなり、「被害者の救済が全然進まないのが現状」(中曽根氏)なのだ。

「プロ責法が制定された際の委員会でも、この規定について質問が出ています。その議事録を見ると『明らかな権利侵害といっていると結局被害者は救済されないのでは』という質問に対して、『今後判例がある程度集約されれば、どういうものが権利侵害か明確になり、裁判外で迅速に開示がなされるだろうと想定している』というのが政府の答えだったんです」(中曽根氏)

しかし20年近くたったいまでも、被害者の救済は進まないままだ。

プロ責法の改正によって政府が目指すのは、「開示情報の拡大」だ。

開示情報については、高市総務相が言及したように、IPアドレスのほか、新たに電話番号を加えようとしている。電話番号がわかれば、プロバイダへの開示請求の必要が無くなり、裁判手続きが迅速になるほか、発信者の特定が容易になって、抑止力につながることも期待される。

また「開示する事業者への免責」も検討中で、発信者から訴訟を起こされるリスクを軽減することで、情報を開示しやすくすることを狙う。

発信者が不当解雇やハラスメント被害者の場合も

しかし政府の有識者会議では、「開示情報の拡大」については概ね賛成なものの、「開示する事業者への免責」については慎重な意見が多い。それはなぜか?

中曽根氏は「今回は不特定多数による個人への攻撃を前提としていて、発信者=加害者ですが、必ずしもそうでは無いケースもあるからだ」という。

「不当な理由で解雇された従業員や、ハラスメントを受けて匿名で告発した発信者は被害者です。何でも発信者の情報を開示されるようになると、結局被害者の権利が守られなくなることもあるのです」

実は発信者情報の開示請求は、個人が個人に対して行うより、企業など組織からの開示請求のほうが多いという。開示が自由に行われると、匿名の告発が出来なくなるおそれもあるのだ。

侮辱罪の厳罰化、アクセス記録の保存期間延長も

ほか自民党では、プロ責法だけでなく、民法と刑法の改正も視野に入れている。民事裁判手続きの特例として裁判所による訴訟では無い司法手続き(「決定手続き」)の導入や、刑法では侮辱罪、名誉毀損の厳罰化を検討中だ。また事業者のアクセス記録の保存期間を、現行の3ヶ月程度から延ばすことも求めている。

しかし「行きつくところは表現の自由と被害者の人権のバランス」と中曽根氏はいう。
「誹謗中傷と批判の線引きや、表現の自由と人権のバランスをどうとるのかは難しい議論です。ただ、木村花さんの件もあり、被害者を守るためにはスピードが大切です。自民党は秋の臨時国会を念頭に法改正などで早急に対応するよう政府に求める予定です」

オンライン会見を行ったジャーナリストの伊藤詩織さんは「ネットの誹謗中傷は、時として人を死に追い込む」と訴えた

ネットのせいで始まるいじめはない

法による規制と同様に、誹謗中傷を防ぐ対策として重要なのが、子どものころからネットリテラシーを身につけるための教育だ。小木曽氏はネットリテラシー専門家として、新型コロナ前は全国の学校などで年間300回以上の講演を行ってきた。

「『ネットいじめ』という言葉がありますが、ネットのせいで始まるいじめはありません。いじめをする子がネットを手に入れ、いじめ『にも』使い始めるだけ。だからネットいじめは、たいてい日常の生活に置き換えられます。誰かの悪口をSNSに書く行為は、校門で中傷ビラを撒くのと一緒。『LINEはずし』は、お弁当を食べるグループから追い出すのと一緒。最終的に求められるのは、ネットではない、人としてのリテラシーなんです」

被害者に「敵じゃ無いよ」とメッセージを送ろう

ネット上の誹謗中傷やいじめを止めるために、いま注目されている「リシンク(考え直す)」というアプリがある。送信する前に「本当にいいのですか」と尋ねてくるアプリだ。

「これは、対処療法という意味で使うのなら有効ですが、根本的な解決法ではありません。たとえば酔っていたらエンジンがかからないという車があれば、事故の抑止力にはなるでしょうが、そもそも酔っ払っているのにキーを持ち車に乗り込んでいる時点で、人として問題です。リシンクもこれと同じだと思います」(小木曽氏)

ネット上の誹謗中傷やいじめで死を選ぶ子どもや若者がいる。共通しているのは孤立化し、追い詰められることだ。

小木曽氏は講演の際、こんなことを子どもや大人にお願いするという。
「いじめが起きている時、被害者には自分のまわり全員が敵に見えています。『あなたは味方か?』なんていちいち聞けないですから。だから私は、いじめに加担していない、でも何をしたら良いのか分からない子どもに、こうお願いをします。『名乗らなくてもいいから、SNSを使って「俺は敵じゃないよ」「私は嫌いじゃないよ」というメッセージを送ってあげて』と。それだけでも、そのいじめ被害者は少し安心できる、ちょっと落ち着けるんです。ネットは人を傷つけ、殺す道具ではありません。使い方次第なのです」

言論の自由には責任が伴い、誹謗中傷の多くは犯罪

最後に、大人は子どもに対してどんなリテラシー教育をするべきか小木曽氏に聞いた。
「そもそも大人は完璧ですか?ネットへの書き込みで訴えられているのは大人ばかり。大人が子どもに何か言えるとしたら『一緒に考えよう』でしょう。ぜひ親子でこの記事について、話し合って欲しいですね」

言論の自由は制限されるべきではない。そのかわり言論には責任が伴う。
ネットでの誹謗中傷の多くは犯罪であり、その代償は各自が支払う。
言論の自由を振りかざしたところで、犯罪にあたるものなら罰せられる。
ネットの言論空間は、我々一人一人が守らなければならないのだ。

【表紙画像:Natsuki Yasuda/Dialogue for People 】

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】