「ウイルスとともに生きていく」

「我々はウイルスとともに生きていくことを学ばなければならない。経済がもたない」

フランスのエドゥアール・フィリップ首相は4月、議会での演説でこう述べ、5月11日から原則的な外出禁止の段階的な解除を始めるという方針を示した。

そして待ちに待った解除が始まり、シャンゼリゼ通りなどの繁華街にも市民の姿が戻ってきた。しかし、以前のような賑わいは戻っていないという印象を受ける。感染への恐れもあるだろうし、何より観光客がいない。そして、飲食店の再開が見送られたことも人々の外出に影響を与えているのだろう。

フランス・パリの商店街

フランスの飲食店はそれぞれのテーブルが近く、密度が高い。みんな食事とともに、会話にも熱中する。それがにぎわいを生んでいる。しかし、それだけに感染リスクも高く、解除の対象から除外された。飲食店やそれに関連する仕事をする人たちはさらに苦境が続くこととなった。

補償は簡便かつ迅速だったフランス

飲食店の閉鎖は、スーパーや薬局といった生活必需品を扱う店舗以外の閉鎖と同時に3月15日から始まった。フランスでは3月の上旬から新型コロナウイルスの感染者が急激に増え始めたこともあり、この対策も突然に、かつ強制的に始まったものだった。

しかし、補償などの対策も素早かった。営業禁止によって従業員を休ませる必要がある企業には、「一時帰休」と呼ばれる従来からある制度を利用してもらうことで対応した。この制度では、企業側は休業させる従業員の給与の額面の7割までを支払うことになっているが、今回の新型コロナウイルスの営業休止に伴って、国がこれを全額負担することになった。

この制度をフランスで利用している「WAKAZE」の社長・稲川琢磨さんは、2019年11月にパリ近郊では初めての日本酒の酒蔵を設立し、日本では4年前からどぶろくなどの醸造所とそれを味わってもらうレストランを経営している。

「WAKAZE」の社長・稲川琢磨さん

日本とフランスで飲食関係の企業を営む稲川さんが指摘するのは、「日本にも同じような制度があるが、手続きが圧倒的に複雑で利用しにくい」ということだ。

日本では雇用調整助成金という制度がフランスの「一時帰休」に近い。今回の新型コロナウイルスによって売り上げの低下がみられた企業のうち、雇用を維持する中小企業であれば4月以降の休業手当の全額を国が負担するという拡充も行われている。しかし、この制度を利用するためには、経営の計画書を作成するなど、様々な書面を用意する必要がある。今回は計画書の提出が事後でも認められるなど、簡略化が進んではいる。

その点、フランスの場合は政府が用意したウェブサイトを利用して必要事項を記入するだけで済む。また、水道、電気代は政府が延滞を認めるようにと指示したことから、各会社に連絡するだけで認められたという。家賃についても同様で、決められた形式の書面を用意することで、3ヵ月間の支払いの猶予が認められた。

フランスの酒蔵WAKAZE

稲川さんは「飲食業界は資金に余裕がある企業は少ない。こうして簡便に一時帰休の申請が済み、家賃や水道・電気代を猶予してもらえたことで、資金に余裕ができ、雇用守ることができた」と直後に速やかに手続きが終わったことの利点を語る。

飲食店を救済へ レストラン予約ウェブサイトの「先払い」システム

「La Fourchette」ウェブサイト

また民間から飲食店を救済しようという動きも始まっている。フランスなどのレストランの予約ができる「La Fourchette」というウェブサイトが始めた「先払い」システムだ。

支援したいレストランに対して、専用のウェブサイトを通じて、事前に10~250ユーロまでの任意の金額を支払っておけば、営業を再開した後、利用料金からその先払いした金額分を差し引いてもらうことができる。1度で先払いした金額に達しなかった場合は、複数回にわたって利用することも可能だ。

フランス・パリのレストランSAKE LOVERを経営する田淵寛子さん

このシステムを導入している田淵寛子さんは、パリ市内でお好み焼き店と日本酒と和食を提供するレストランバーの2店舗を経営している。

特にレストランバーの方は、2019年11月にオープンしたばかりで、年明けごろからようやく経営が軌道に乗り始めたと感じていたばかりだった。そんな中で売り上げがなくなってしまったところ、このシステムを知り、導入を決めた。

フランス・パリSAKE LOVERレストラン

田淵さんの店への先払いの金額は、50~100ユーロまでが多いが、中には限度額の250ユーロを支払ってくれる人もいた。支払いがあること自体もありがたいが、それ以上に心強く感じているのが、この支払いと同時に寄せられるお店へのメッセージだという。「日本語やフランス語で『頑張って』という声があることで、とても励みになる」と話す。

長く続いた外出禁止や飲食店が営業できないという中で、こうしたものがあれば、支援したいと考えている客の側も「また再開してほしい」という気持ちを伝えることができ、それが飲食店側を支えることにもなっているのだ。

卸売市場やメーカーは個人向け通販に打開策

ランジス市場・カリフレ社

飲食店に食材を提供する卸売業者は新たな市場を開拓しようとしている。パリ近郊に位置するランジス市場は、232ヘクタールもの広さを誇る世界最大級の卸売市場で、原則的には飲食店など業務用の目的でしか食材を購入できない。そのため、飲食店が休業すると、ここに入っている卸売業者の多くがまったく収益がない状態となった。こうした業者のうちの1つ「カリフレ」は3月30日から個人向けへの通販を始めた。

それまでは飲食店用に肉や魚は塊で卸していたが、小分けしたパックのものを用意するなど、商品の仕入れも変更。また配送方法も家庭を回れるように小型トラックを導入した。

その結果、売り上げは業務用のみだったときに比べると5倍以上となった。外出禁止が続く中、スーパーでの食品の購入はできるが、自宅まで市場から新鮮な食材が届くということが消費者に好評だという。この会社では飲食店の営業再開後も個人向けの通販を続けることにしているという。

文化や観光を支える― 飲食業界の苦境

フランス・パリのビストロ「ルプチヴェロ」

こうしてみると、フランスでは飲食店がまだ再開しなくても、持ちこたえられそうに見えてくるが、そう簡単ではない。

パリ市内でビストロを経営するミカエルさんは、再開に向けて感染対策などを検討しているが、とてもこれまで通りの営業はできそうになく、不安が尽きない。カウンター席には客と店員の距離を確保するために、透明の仕切り板を設置する予定だが、カウンターならではの親密感が失われてしまう。そして、密着しているテーブル席を離すためには席数を半減さなければならない。自ずと、営業を再開させても売り上げも半分になるので、従業員の解雇も検討しなくてはならないという。

さらに、11日からの規制の解除は、流行状況、病院の受け入れ能力、PCR検査の能力によって判断された感染リスクの低い地域と高い地域に分けて進められている。リスクの低い地域なら6月からの営業再開は5月末にも検討されるが、パリ周辺のイルドフランス圏は、リスクの高い地域となったため、再開の見通しは全く立っていない。

パリ市内・休業中のレストラン

現在のフランスは、もちろん新規感染者がいなくなったわけではない。経済活動を止めたままでは人々の生活がもたないと判断して外出や店舗の営業を段階的に再開させていった形だ。日本に比べると死者も多く、不安を抱いている人たちも少なくない。あれほど風邪やインフルエンザの季節にもつけていなかったマスクをフランス人たちが進んで身に着けているのこと自体が、それを裏付けている。

フランスでは、個人経営の小さなレストランが観光客の多いパリやそのほかの街の経済を支え、カフェで議論を交わすというような文化を支えてきた。

フィリップ首相が唱えた「ウイルスとの共存」は、その脅威と人間らしい生活にどこまで折り合いをつければ実現できるのか。世界共通の悩みの解決策は、フランスでもまだ見えていない。

【執筆:FNNパリ支局 藤田裕介】