新型コロナウイルスの影響で、番組制作の現場でもオンライン会議が主流になる中、5月7日の夜も、私は「都市封鎖」状態が続く米国・ニューヨークの支局長、特派員らとネットで結んで「日米間の行動規制の違い」等について意見交換を行っていた。そのニュースが飛び込んできたのは、まさにそのネット会議の最中だった。

「外交評論家・岡本行夫氏が新型コロナウイルスで死去」

元外交官で、日米関係を中心に日本の外交全般にわたって“指南役”を務めてきた岡本行夫氏が新型コロナウイルスのため4月下旬に亡くなっていた、との一報を聞いて、最初私は現実とは思えない、信じられないという気持ちで、頭が真っ白になった。

異例の抜擢「これからの日本の針路を決める重要な人なんだ」

1996年、当時の橋本龍太郎政権で岡本氏が首相補佐官に任命された時、私は梶山静六官房長官の担当記者として首相官邸に詰めていたのだが、外務省の北米一課長を最後に、様々な事情からエリート官僚を退官していた岡本氏の異例の抜擢について、梶山氏が目の前でぽつりとこぼした一言を今でもはっきりと記憶している。

「組織ではアウトローとみられている岡本さんだが、ああいう人こそ、これからの日本の針路を決める重要な人なんだ」

橋本政権で首相補佐官に任命

橋本政権では日米間で歴史的な普天間基地返還合意がなされ、沖縄基地問題を担当していた梶山長官が岡本氏とともに沖縄を訪問する度に、私も同行記者として沖縄入りし、取材の合間によく岡本氏と日米の未来、沖縄の未来などについて語り合ったのが、つい昨日のことのように思える。

基地返還は早期に進むという期待感も出ていた当時、岡本氏はキャンプ・シュワブ周辺の丘の上を歩きながらこう語っていた。
「これから政府の関係者は何年もかけて、こうして沖縄を訪れなければいけないんですよ。何度も何度も足を運ばないと、沖縄の人たちの本当の思いを理解することはできませんからね」

5年後返還で合意していた普天間基地問題だが、およそ四半世紀が経つ今になっても基地返還が実現していない事実をみると、改めて当時の岡本氏の現実を冷静に見つめる分析力の鋭さに驚かされる。
 

小泉政権でも首相補佐官を務める

自分がワシントン支局に勤務していたブッシュ政権、オバマ政権、トランプ政権、それぞれの時代にも、現地での米国の政府関係者らが集まる会合には常に、多くの人に囲まれて活発な外交論議を繰り広げる岡本氏の姿があった。「これから日本人の記者さんはもっと積極的に米国人の懐に入っていかないといけませんよ」などと、数々のアドバイスをいただいたものだ。

3月の番組出演では新型コロナ問題で政権幹部に苦言も

2019年4月からスタートした「日曜報道 THE PRIME」では、プライム・キャスターとして頻繁にスタジオ出演していただき、悪化する日韓関係への処方箋や、自国第一主義に突き進む米国トランプ政権との向き合い方など、数々の示唆に富んだ意見を披露していただいた。

中でも特に、「日本は内に籠もるのではなく、世界に向けてもっと情報発信をしていかないと、いくら正しい道を歩んでいても国際社会では理解されない。そのためにメディアは重要な役割を担っているんですよ」という言葉を聞いた時は、報道に携わる者として、身の引き締まる思いがしたものだ。

スタジオ出演時に撮影

新型コロナウイルスの脅威が日本にも及び、深刻化する中、岡本氏には3月8日にも番組に出演していただいたが、その際にも同席していた加藤勝信厚生労働相に、「なぜ、新型インフルエンザ等対策特措法を一ヶ月前に適用しなかったのか」、「できるだけ責任問題が出ないようにと穏便に処理しようとしてはだめで、政治レベルで責任をとる覚悟で判断するしかない」と激しく詰め寄るなど、国の将来のためと思えば、政権幹部への苦言も厭わない筋の通った姿勢は健在だった。

2020年3月8日「日曜報道THE PRIME」出演

「新型コロナが落ち着いたら一緒に海に出ましょう」

その最後の番組出演で、「私も今年から後期高齢者で、危ないと言われていますけども…」と自嘲気味に語っていた岡本氏。日頃からクルージングやダイビングを通じて、海と親しむのが趣味と公言し、「海で過ごせない人生なんて生きる意味がない」とよく語っていて、最後にスタジオを離れる際にも、「またぜひ新型コロナが落ち着いたら一緒に海に出ましょう」と明るく笑顔を振りまいていたが、それが岡本氏と交わした最後の言葉となってしまった。

岡本さんと海へ

外交という広い“海”を長年航海し続けてきた岡本氏が日本に、そして世界に残した功績は計り知れないものがある。

新型コロナウイルスで社会が騒然とする中にあって、政治や外交の舵取りが我々の運命に直結しているという岡本氏の問いかけは、今もなお、我々1人、1人の胸に強く響いているのではないだろうか。
心よりご冥福をお祈りいたします。