4月29日に掲載した拙著「日本の感染被害のピークはこれからやってくる」の続編である。

公衆衛生学が専門でWHO事務局長上級顧問も務める渋谷健司教授(英・キングス・カレッジ・ロンドン)に、日本でPCR検査が少ないことについて改めて尋ねた。教授は「検査をしないなんていう議論があった国は日本以外にない」と厳しかった。

渋谷健司教授
渋谷健司教授
この記事の画像(7枚)

「治療薬がなく対症療法しか存在しないのだから早期発見・早期治療は意味がないという議論が日本であったが、そういう話ではない。この疾患は症状がある人だけ追っても制御できないのが問題なので、感染者をできるだけ早期に発見する為の検査は本人にとっても社会にとってもやはり重要である。
それと、検査をどんどんやって軽症者が増えると病院がパンクするという議論があったが、これは初期に指定感染症に指定したから陽性患者がすべて入院になるのであって、検査のせいで入院になるのではない。

だから、軽症者は自宅かホテルで休んでくださいと最初からやっておけばよかったと思う。それをやらずに検査を増やせば医療が崩壊するという誤った議論をした結果、クラスター対策で発見できなかった無症状の人から院内感染が起きてしまっている。患者の増加より先に院内感染で医療崩壊が始まっている

専門家会議のアドバイスに基づいているというが…

政府は専門家会議のアドバイスに基づき対策をやっている。だが、その考え方が古いのか尋ねた。

「“帰国者・接触者”という考え方自体が古いし、その結果として検査を担うことになった都道府県の衛生研究所、各地の保健所は基本的に大規模な検査をやるような態勢になっていないだから検査を拡げられなかった

多くの有識者が指摘しているように、日本には全国に医学部や薬学部、生命科学部、獣医学部、加えて民間の研究機関などPCR検査ができる所は沢山ある。それなのに検査がなかなか増えないのは何故なのか、不思議である。

NY州での大規模抗体検査結果の報告について教授は、データを補正して州全体でみれば10数%くらいが抗体を持っていたということになるかと思うと述べた上で「逆に心配になるのは、NY州のようにあれほど感染が蔓延し被害が出ていても、まだ10数%程度しか抗体保持者がいないということです。
だから、アメリカのCDCのトップも第二波はもっと厳しいものになると警告しているし、WHOのテドロス事務局長も世界が経験したことのないような事態がまだこれからやってくるということを言っている。我々はこれを心配しているのです」と次の冬までにはやってくると言われるパンデミック第二波への警戒心を顕にしている。

延期された東京オリンピック開催は大丈夫なのか?

その第二波のことも考えると来年の東京オリンピック開催は大丈夫かという疑念も湧いてくる。

難しいと思います。だからこそ、国内はもとより国際的にもワクチン開発などに貢献して、断固として対処するしかない。新しい簡易検査キットが開発され始めているので、そういうのをどんどんやっていくのは良いかもしれない。極端かもしれないが、国民全員に毎週検査しても費用的にはロックダウンに伴う経済ダメージに比べればたいしたことないので、それくらいのつもりで対処するしかないかと思う」

オリンピック開催への懸念が杞憂に終わることを願いたい。もしも、そのような事態となれば経済がどこまでダメージを受けるか見当もつかない。

WHOと各国のコロナ対応は何が間違っていたのか?

続けて、このウイルスの極めて厄介な特徴はいつ頃から分かっているのかと尋ねると話はWHOと各国の対応の問題になった。

「 WHOが日本も含む25か国の専門家からなる代表団を中国に派遣して2月にレポートをまとめたが、その中に全部書いてある。しかも、徹底的な検査と隔離が必要とも書いてあるでも、各国はそれをやらなかった。そして、今になってWHOの対応が遅かったと言い始めている。WHOも完璧ではないので、肩を持つつもりはないが、中国寄りだとかスケープゴートにされているようで残念だ」

また、中国はもっと早くにウイルスの特性を把握していたはずという疑念については「中国がいつから知っていたか正確なところはわからない」が、「米中対立やアメリカの大統領選挙などもあって、今回のパンデミックは残念ながら政治に翻弄されてしまっている」と悔やんだ。
 
中国が武漢の封鎖を始めたのは1月下旬、しかし、今では“英雄”とされる武漢の医師が警告を発したのは去年の12月である。中国政府は更にもっと前から事態を把握していたはずとアメリカ政府などは批判を強めている。また、このウイルスがいつ、どこでヒトに感染し始めたのかはっきりしないことに疑念を抱く向きは多い。中国に十分な透明性を発揮するよう求める声は世界的に高まっている。当然だろう。 

封鎖された中国・武漢市
封鎖された中国・武漢市

また、前回の新型インフルエンザによるパンデミックの際、国際社会はWHOを中心に一致協力して対処した。が、今回は明らかにそうなっていない。何故、ばらばらになってしまっているのか、トランプ政権の腰の定まらない対応も大問題だが、WHOにも中国忖度はいい加減にして、各国と共に、物事を省みて正しい方に向かってもらいたいと筆者は思う。

新型コロナウイルスで日本の死者数の推定は?

最後に、このウイルスによる死亡率はどのくらいと今のところ推定されるか教授に尋ねた。

「まだはっきりしないが、新型コロナウイルスの致死率は季節性インフルより高いと考えている。新型コロナの怖いところは、患者が爆発的に増えること。医療キャパは率ではなく数が問題で、医療破綻が本当に心配だ。手を打たず何もしないと日本の死者は最終的に40万人を超えるというモデルもあったが、これはあり得るシナリオだったと思う。」

ちなみに季節性インフルエンザの推定死亡者数(超過死亡からの推計)は年によって相当ばらつきがあるが、国立感染症研究所によると今世紀に入ってからも2002‐03シーズンと2004‐05シーズンで1万人を超えている。他の年でも数千人と推計されることが多い。新型コロナの犠牲者が増えないようにするには、まず何よりも感染の拡がりをできるだけ抑える必要がある訳だが、そうなると我慢がやはり肝要、ステイ・ホームということになる。

最後に、教授は、想定外も想定して、検査と隔離を徹底し、臨機応変な対応をすることが重要だと思うと述べた。想定外を想定するのを得手とする人は稀であろう。だが、今はまさにそれが必要とされる時なのだと思う。

(フジテレビ報道局解説委員 二関吉郎)

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。