今シーズンのプロ野球キャンプで最も注目を集めている、BIGBOSSこと新庄剛志監督率いる北海道日本ハムファイターズ。さまざまな分野の専門家による臨時コーチ集団「新庄殿の8人」が話題になっているが、武井壮や赤星憲広、藤川球児、前田智徳に加え、中日ドラゴンズの新監督である立浪和義までもが、日本ハムの選手に指導をしてきた。

その指導の中で、今シーズン殻を破りそうな変化を見せたのが、球界のエースだった藤川の指導を受けた吉田輝星だった。このマンツーマンの指導が行われたきっかけは、藤川が新庄監督とのインタビューで抱いた、ある思いだった。

吉田輝星がぶつかった“プロの壁”

2018年、日本ハムにドラフト1位で入団した吉田輝星。

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同年夏の甲子園で、金足農業高校のエースとして最速152キロを計測した速球を武器に“カナノウ旋風”を巻き起こし、準優勝。U-18アジアW杯でも日本のエースとして活躍し、鳴り物入りで日本ハムに入った男は、1年目に初登板初勝利を挙げるも、その後1軍で結果を出せずにいた。

高卒ルーキーが陥りやすい、“プロの壁”にぶつかっていたのだ。

ドラフト上位に選ばれて自信を持って入ってくる高卒ルーキーは、ブルペンでプロとして活躍する選手の投げる球に驚き、プロのマウンドの高さと硬さに苦しむ選手が多い。

高校生もプロ野球のマウンドを経験していないわけではないが、やはり主戦場である学校のグラウンドや地方球場とプロのマウンドとでは、傾斜も柔らかさも異なる。そのため、一般的に大学野球でプロに近いマウンドを経験してくる大卒ルーキーの方が、プロ野球に馴染むスピードは早いと言われている。

2月10日、沖縄で行われているキャンプのブルペンで投球練習をする吉田の後ろに、藤川の姿があった。藤川も吉田同様ドラフト1位で阪神に入団し、“プロの壁”にぶつかった1人だった。自信を持ってプロの世界に飛び込んだものの、18歳で初めて味わうプロのレベルに苦しんだ。

同じ痛みを味わっているプロ野球の後輩に対して、何かをしてあげたい。このきっかけを作ったのはBIGBOSS・新庄監督だった。

藤川の自信を取り戻させた新庄の言葉

そもそも新庄と藤川は現役時代、たった2年しか同チームに所属していない。1999年、松坂世代の1人として高卒ドラフト1位で阪神タイガースに入団した藤川にとって、当時すでにスーパースターだった新庄は、声をかけられるような存在ではなかったという。

1年目は1軍で登板すら出来ず、2年目で初登板するも結果を残せずにいた藤川。高校時代に培ったプライドは傷だらけになっていた。しかしその直球を見た、“雲の上の存在”だった新庄が声をかけてくれた。

「凄いボールを投げている。自信を持って投げていけ」

日本を代表する投手になった
日本を代表する投手になった

この一言で藤川は改めて“直球”を磨くことを心に決め、プロでやっていく決心と自信を取り戻した。ファームでその姿を見ていた岡田彰布元監督も藤川が持つ潜在能力を理解し、その後の活躍に繋がっていったという。

ドラフト1位のプライドを取り戻させたのは新庄の言葉だった。

その新庄はその後メジャーリーグに移籍し、日本球界復帰後は日本ハムでも活躍。藤川も球界を代表する投手にまでなったが、2人が交わることはほぼなかった。

昨年11月にS-PARKのインタビュアーとして監督・新庄に久々に向き合った藤川は、やはり“雲の上”の存在と相対することに並々ならぬ緊張を抱いていた。

しかし、新庄の「本当にこの子は球界のエースになると俺は思ってた。横浜スタジアムでバンバン打たれた時に俺はセンターで守ってたんだけど」という思い出話や、その後の成長をしっかりと見て敬意を表してくれたことに、藤川は感動を覚えたという。

さらに野村克也元監督から受けた一人一人に合った指導法などを日本ハムで実戦しているという話など、奔放な言葉とは裏腹に真摯に野球と向き合う姿を知るにつれ、改めて強い尊敬の念を抱いたと明かす。

そしてその場で新庄は、高卒ドラフト1位で入団後にもがき苦しんだ藤川に対し、同じ立場で苦しんでいる吉田の指導を託したのだ。吉田をチームのエースとして再生する1番の近道として、藤川の助けが必要と認識していたのだ。

「持っている能力は高い」藤川のアドバイス

藤川がS-PARKの取材で日本ハム「BOSS組(ファーム)」のキャンプに訪れた日、新庄たっての願いもあり、吉田を含む伊藤大海、石川直也、姫野優也、達孝太ら投手陣にアドバイスを授けていた。

そして午後に始まったのが、吉田とのマンツーマン指導だった。

吉田の持ち味は速球にある。しかし期待をされながら結果を出せないもどかしさからか、変化球を多用するピッチングが増え、結果的に肘が下がり手首が寝るような投球フォームに変わってしまっていた。

「持っている能力は高い」

そう考えていた藤川は、セールスポイントである直球を生かした上で投げることを伝えたかったという。プロ野球の硬く高いマウンドを利用して投げるためには、下半身の使い方が重要だ。右の軸足を立てて内側に力を入れ、左足を踏み込むときには硬いマウンドに対してしっかりと力強く蹴り出す。そうすることで自ずと背筋が伸びて上半身が起き上がり、高い位置から球を投げられるようになる。

山本由伸や伊藤大海なども同様に角度を求めるフォームで、「いかに角度を作って投げるか」というのがトレンドでもある。決して高身長というわけではない吉田がこのフォームを習得すれば、持ち味の浮き上がる直球が活きてくる。

藤川が伝えたかった精神面

さらにアドバイスをしたのは精神面だ。

キャッチャーミットをめがけて投げるのではなく、キャッチャーミットの先のネットに投げる感覚を掴むことで、バッターの付近で勢いが増す。そこの勢いを常に意識しながらマウンドでピッチングをすること。

そして逆玉を投げてしまった時に、キャッチャーに簡単に取られるような球ではいけないということだ。キャッチャーも取りづらそうな球が投げられれば、バッターも同様に打つのが難しい。

また藤川は投げることが楽しくて、もっと投げたいという気持ちを持つことが大事だと伝えたかったという。遠投で力を入れて投げてしまう選手が多い中、良いピッチャーは「なんでこんな力感で遠くに飛ぶんだ」と驚かされる。上原浩治などがその最たる例で、吉田も意識をすれば凄い投球ができるはずだ。強さをなくさず自信を持ち、正しい練習をして、いかに楽しく感じられるかで、結果を残せるピッチャーに必ずなれることを伝えたかった。

指導を受けながら格段に良くなる吉田の球は、それを受けるブルペン捕手が驚くほどの変化だった。

新庄も吉田の投球を見て、大きく変わったと実感していた。そして藤川が2006年のオールスターでアレックス・カブレラに対し、予告ストレートで三振を奪ったときのように、「オープン戦で『真っ直ぐ投げる』と宣言して空振りをとるくらいになってほしい」と檄を飛ばした。

21日には「BIG組(1軍)」キャンプにも合流した吉田。直球を活かした上でのピッチングを取り戻し、今年は高卒ドラフト一位として大成する第一歩を踏み出せそうだ。

(取材・文 吉田博章)