2月3日に行われる予備選初戦のアイオワ州党員集会まであと2週間。
同州の民主党の候補者指名争いは、ブティジエッジ、サンダース、バイデン、ウォーレンの各氏が約6ポイント差の中でトップを争う展開だ。トランプ大統領への挑戦者が誰になるのか、まずはアイオワ州、そして2月11日のニューハンプシャー州へ向けて、いつも通りメディアが盛り上げにかかっている。

左からブティジエッジ氏、サンダース氏、バイデン氏、ウォーレン氏
左からブティジエッジ氏、サンダース氏、バイデン氏、ウォーレン氏
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スーパーチュースデーから参戦する“大物”

しかし、筆者が最も注目する候補者はアイオワ州にもニューハンプシャー州にも登場しない。

マイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長は、2月中に行われる4つの州の予備選はパスし、3月3日のスーパーチューズデーから参戦する戦略だからだ。

Q. そんな勝手なことをやっていいのか?
A. 構わない

Q. そんなやり方で勝てるのか?
A. 勝てる

Q. その根拠は?
A. 民主党予備選挙は7月の党全国大会で投票権を持つ各州の代議員の奪い合いだが、2月の4州で決まる代議員の数は、全体の約5%に過ぎないから。

一方、3月3日のスーパーチューズデーでは1日で全代議員数の約35%が決まる。2月をパスしても数字の上では十分に挽回可能だ。

ブルームバーグ氏が2月をパスした理由は、出馬宣言のタイミングが去年11月と極めて遅かったからだ(手続き的に時間切れ直前だった)。準備不足で2月の戦いは負け戦になる。そのために弱い候補者に見られてしまったらマイナスだ。他の有力候補者は、はるか以前からアイオワ州やニューハンプシャー州での支持掘り起しに全力を注いできている。そんな州に遅れてやってきて金と時間と労力を投入してもリターンは期待できない。

一方、3月以降に予備選が行われる州については、主要な候補者でもほとんど手を付けていない。2月の戦いに集中している彼らにはその余裕がない。つまり、まだ誰もきていない海浜でブルームバーグ氏一人が潮干狩りをできるような状況だ。やらないという選択肢はない。それが2月パス、3月のスーパーチューズデーから参戦の最大の理由だ。

Q. 同じ『2月はパス戦略』で勝った例はあるか?
A. ない

Q.であればブルームバーグ氏もダメなのでは?
A. 彼は勝てる

Q. その根拠は?
A. ブルームバーグ氏は世界屈指の大金持ちなので、個人資金だけで勝つまで選挙活動を続けることが可能だから。

常識破りなブルームバーグの戦略

個人資金だけで選挙キャンペーンを行うと宣言しているブルームバーグ氏
個人資金だけで選挙キャンペーンを行うと宣言しているブルームバーグ氏

予備選は基本的に『サバイバル戦』だ。今回の民主党予備選も候補者が乱立状態で、初戦からいくつかの州で上位に入れない候補者は、期待値が下がり献金も集まらなくなり選挙戦を続けられなくなって撤退していく。2月の戦いが最重要視され、どの候補者も力を入れる理由はそこにある。2月に勢いづけば3月以降も戦える。要は選挙資金なのだ。金がなければテレビCMもネット広告も打てない。選挙スタッフやイベントの支払いもできなくなる。

その点、ブルームバーグ氏は常識破りだ。献金は集めず、個人資金だけで選挙キャンペーンを行うと宣言している。その額、5億ドル。約550億円だ。ちなみに2016年の選挙戦を通じてトランプ陣営が集めて使った金は10億ドル。ヒラリーは14億ドルだった。世界9位の大富豪ブルームバーグのポケットの大きさは想像を絶する。彼は選挙資金面での心配なしに、党全国大会の代議員の過半数を獲得できる可能性がある限り選挙戦を続けるつもりだし、そうすることが可能だ。そこが2008年の共和党予備選で『2月はパス戦略』(当時は1月に行われた緒戦の回避)が奏功せず、早々と戦線離脱してしまったジュリアーニ元ニューヨーク市長と違うところだ。

ブルームバーグ氏はテキサス州などで着々とキャンペーンを進めている(テキサス州単独の代議員数は228人で、2月の4州の合計155人より多い)。2月の緒戦でどの候補者がどんな勝ち方をしようと、そして、いくらメディアが騒いでも、ブルームバーグ氏抜きに2020年の予備選の帰趨を見通すことはできない。

もう一つ覆るであろう選挙の常識は、「民主党候補者は予備選ではリベラルに寄らなければ勝てないが、本選では逆に真ん中に寄らないと勝てない」というもの。この前段が成立してきた理由は、民主党の予備選ではリベラル派の活動力が穏健・中道派のそれを上回るからだ。そもそも予備選は投票率(参加率)が比較的低いので、熱心さに勝るリベラル派の影響力が相対的に強くなる。

だが、Gallupの調査に基づいて民主党内の勢力図を確認してみると、民主党候補なら誰であっても支持する人たちが39%、穏健・中道派支持が27%、リベラル20%、その他14%だ。となると、リベラル以外の人たちを予備選に参加させることによってリベラル勢力を凌駕することは十分に可能だ。

ただ、そのためには予備選を最後まで戦い続けることが必要だ。

2016年のヒラリーVSサンダースの戦いは例外だが、それまでの予備選では、スーパーチューズデーが終わった頃には勝者はほぼ決まってしまい、以降の予備選は消化試合化していた。多くの党員、特に予備選の実施がスーパーチューズデー以降に設定されている州の党員にとっては、候補者選びに自らの意思を反映させる余地は限られていたと言っていい。ブルームバーグはそこに勝機を見出している。2016年のトランプではないが、これまで『忘れられていた人たち』に手を差し伸べることで勝利をつかめるという判断だ。予備選に遅れて参戦した分、戦いを長引かせることによって勝利を引き寄せることができるとも考えているに違いない。ブルームバーグが「全米でムーブメントを起こす」と言っているのはそういうことだ。そして彼にはそれを実行するに足る資金力がある。そしてトランプの再選を阻止せねば!という強烈な覚悟がある。

2016年の闘い トランプVSヒラリー
2016年の闘い トランプVSヒラリー

「トランプ再選を許してはならない」との決意

12年務めたニューヨーク市長を満期退任してから2年。2016年1月にブルームバーグ氏は、無所属の第三の候補者として大統領選に出馬する可能性を「検討している」と公に認めた。大統領選マニアを自認する筆者は、トランプVSヒラリーVSブルームバーグの三つ巴の戦いになったら楽しくなるなあ‥と期待したのだが、2ヶ月後に「自分が勝つ可能性は低く、ヒラリーから票を奪うことによってトランプを助けることになってしまう。それは本意ではないので出馬はやめる」と発表した。結果、トランプが当選してしまったことをブルームバーグはとことん悔やんだに違いない。

それから3年、『トランプ再選を許してはならない』との決意から、そしてトランプに勝てる候補は自分自身だという情勢判断と自信から出馬を決めたのだ。現在の二極分化したアメリカでは、無所属で立っても当選の見込みはない。だから民主党予備選を勝ち抜くという判断も冷静で現実的だ。

ブルームバーグ氏の資金力と決意は民主党予備選の帰趨を左右することになるだろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 風間晋】

風間晋
風間晋

通訳をし握手の感触も覚えていたチャウシェスクが銃殺された時、東西冷戦が終焉した時、現実は『過去』を軽々と超えるものだと肝に銘じました。
「共通の価値観」が薄れ、米も中露印も「自国第一」に走る今だからこそ、情報を鵜呑みにせず、通説に迎合せず、内外の動きを読み解こうと思います。
フジテレビ報道局解説委員。現在、FNN Live news α、めざまし8にレギュラー出演中。FNNニュースJAPAN編集長、ワシントン支局長、ニューヨーク支局記者など歴任。