松山英樹選手のマスターズ優勝は、日本中が沸き立った。

日本男子史上初の海外メジャー大会制覇には、タイガー・ウッズも「この歴史的な勝利は、ゴルフ界に大きな影響をもたらす」と、祝意を伝えた。

四半世紀以上スポーツ番組に携わってきた者として、大快挙に心より敬意を表したい。

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私はこれまで仕事を通じて、またはプライベートで、様々な海外スポーツイベントに立ち会う機会に恵まれた。

オリンピック、サッカーヨーロッパチャンピオンズリーグ、ボクシング、F1グランプリ、NFL、MLB、NBA、NHL等々、どれもスポーツ文化が歴史的にもしっかりと根付いている事が感じられる、素晴らしいイベントだった。

しかし、「最も感動した試合は何か?」と問われればオーガスタナショナルのマスターズを挙げる事になる。

2011年のオーガスタで見たそれぞれの“矜持“

観戦したのは2011年。

今を時めく松山英樹選手が大学1年生の19歳でアマチュアとしてマスターズに初参戦し、アマチュア選手の中で最高の成績を収め、見事ローアマに輝いた年だ。

幸運にも松山選手最初の“グリーンジャケット”を、生で観届ける事が出来た。

この年、石川遼選手も自己最高の20位という成績を残している。

石川選手が上がり4ホールで3バーディーを奪うシーンは、応援している私までゾーンに入ってしまったような不思議な感覚に陥った。

2011年は日本人にとっては最高の展開に恵まれたマスターズだった(今年を除けば)。

しかし、私がマスターズを推すのは展開に恵まれたからだけではない。

1.ゴルファーが究極の目標に定めるトーナメントとしてのマスターズの格式

2.パトロン(マスターズのみがギャラリーをパトロンと呼ぶ)のマナーの高さ

3.プロフェッショナルな大会運営に徹するマスターズコミッティー

プレイヤー、パトロン、運営サイド、それぞれの“矜持”を感じたからこそ、マスターズが最も印象に残るイベントになったのかもしれない。

マスターズでの“パトロン”のプライド

マスターズの選手レベルに関しては既にご存知のはずなので、まずはパトロンについて抱いた印象だ。

マスターズチケットは入手困難の為、信じられない高額で取引される。

2011年は練習日+本戦4日間通しパスには、$20,000と表示されていたが、事実上は完全に「時価」だ。

タイガーが出場するか否かで、視聴率もチケット代も倍ほど変動するのが通例だ。

今年はコロナ渦でチケット総数が絞られていた為、最終日一日で$15,000まで高騰したという。

もし今年タイガーが松山選手と優勝を争う展開になっていたとしたら、当然この値段で購入出来なかった事は容易に想像がつく。

この点でマスターズのパトロンは、ただでさえ富裕層が多い米国のゴルフファンの中でも、特別な層に限られるのかもしれない。

彼らは一様に高級時計を身に着け、欧米でリッチタンと評される上品な日焼けをしている。

当然の如く身だしなみも完璧だ。というのも、ごく稀に相応しくない身なりのパトロンが紛れ込むと、翌日地元紙に写真が掲載され、晒し者にされる慣例があるという。

そして彼らの観戦態度は驚くほど紳士的で、ご婦人やお子さんが近づくと見るや、さりげなくスペースを譲るシーンを何度も見かけた。今まで出会ったことが無いような上品な方々が大集合している。

いや、オーガスタナショナルという磁場が、彼らをしてそのような振る舞いをさせるのかもしれない。これがパトロンのプライドなのだろうか。

特筆すべきは、パトロンは入場ゲートで空港並みのセキュリティーチェックを受け、携帯電話・カメラの持ち込みは一切出来ない。

私などは携帯が無いと命綱を失ったように不安だったが、こうなると観戦に集中するほかないのも事実だった。

マスターズを支配するプレイヤーとパトロンのえも言われぬ一体感には、この思い切った規制が実は大いに役立っていると感じる。

壮大な舞台セットを作り上げる運営

次に運営サイド。

何万人の大観衆が訪れるというのに会場周辺では交通渋滞がない。

毎年同じコースで開催される強みで、駐車場への導線や、ボランティアの誘導で過去のノウハウが蓄積されている事を感じる。

そしていざ会場に入ると、普段中継されないアウトコースも含めて18ホール全てが美しい。

コースに咲き誇る名物の赤・白・ピンクのアゼリアは毎日枝ぶりをチェックされ、バックヤードとの植え替えも小まめに行われる。

まさに壮大な舞台セットを丁寧に造り上げていく感覚だ。

さらに、あれだけの大観衆が集まるにも関わらず、ゴミひとつ落ちていない。

そもそもパトロンのマナーがいいのに加えて、ボランティアが瞬時に片付けてしまう体制が整っているのだ。

ディボットも直後に緑の砂で埋められ、カメラを通じてはほとんど目立たない。

中継を通じて伝わる、絵画のようなあの美しい映像には、見えないところで多くの人手をかけていた。まるでディズニーランドのような鉄壁のオペレーションだ。

こうして私は2011年、決勝の2日間、ゴルフを始めた年から見続けた憧れの空間を、一切の不快を感じる事無く満喫することが出来た。

松山選手優勝の舞台、オーガスタナショナルとマスターズの運営は、スポーツイベントに携わる制作者にとっても究極の洗練度で、大きな目標とすべきものだと感じた。

マスターズで優勝を飾った松山選手は、東京オリンピックまで四大大会の残り3大会に出場する。

5月20日にはメジャー第2戦の全米プロ選手権、そして6月17日には全米オープン、さらにオリンピックが幕を開ける7月15日には全英オープンが開幕。

「またメジャーで勝てるように、良い戦いができるように、日本のファンの皆さんにいい報告ができるよう頑張りたい。
(東京五輪)金メダルに向けてしっかりと頑張りたい。そこを目標に頑張りたいと思ってます」

帰国後の会見で、こう語った松山選手。

最高峰の舞台を戦い抜き、オリンピックでの勝利を期待したい。
 

(文・清原邦夫)