コロナ禍に翻弄される日本のスポーツ界。

プロ野球も例外ではなく、今年は首都圏で上限措置が1万人、それ以外では定員の50%の入場制限という形でシーズンが始まった。

昨年以上の盛り上がりを見せた3月26日の開幕戦では満員になる球場もあるなど、ファンも選手も喜びを見せ、今シーズンの盛り上がりを期待させた。

新人王を競った3人が開幕投手に

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開幕投手は、日本球界でその球団のエースとして認められたということに等しく、選ばれること自体が名誉なことだ。その開幕投手に東京ヤクルトスワローズは小川泰弘、読売ジャイアンツは菅野智之、阪神タイガースは藤浪晋太郎、中日ドラゴンズは福谷浩司という9年目の投手を選んだ。

この同期入団のうちの3人は2013年に新人王を争い、小川(16勝)が新人王、菅野(13勝)と藤浪(10勝)は新人特別表彰を受けている(近年最もレベルの高い新人王争い)。

今回特に注目したのが、藤浪だ。

小川は大卒、菅野は大卒後浪人しての入団だったが、藤浪は高卒だった。高卒ルーキーの2桁勝利は、この50年でも甲子園優勝投手である松坂大輔・田中将大、そして藤浪のみだ。また阪神としては江夏豊投手以来、46年ぶり(当時)の快挙だった。

この記録だけを見ても、藤浪という投手がいかに凄かったかという事がわかる。

そして、小川はFA残留、菅野はMLB移籍を模索しての残留、藤浪は先発に戻り再起をかけて今シーズンを迎えた。

9年目の彼らが着実に成長を遂げ、人間模様も野球人生としての第2章というタイミングが重なる因縁の中で、今年それぞれ開幕投手に選ばれたというのは、ただの偶然とは思えないような出来事だ。

野球の神様が巡り合わせた因縁めいた一日だったとも感じる。

藤浪が「チームのため」を考えられるようになったワケ

藤浪は大阪桐蔭高校で甲子園の春夏連覇に貢献し、ドラフトで4球団の指名を受け阪神に入団。

現在メジャーで活躍する大谷翔平と同期として比較されつつ、ルーキーイヤーから3年連続2桁勝利を挙げチームの中心として活躍したものの、ここ数年の成績は芳しくなく、2017年以降挙げた勝利は9つ。2019年の1軍登板は1試合、昨年は1勝のみで後半は中継ぎとしての仕事を任されていた。

不振にあえぐ中でも、その期待値の高さから2017年のWBC日本代表にも選出された藤浪。ダルビッシュ有らと行う合同自主トレでは肉体改造で身体を大きくするなど試行錯誤を繰り返した。

今年は投げ込みや走り込みなど、投手に必要となる元来の自然ともいえるトレーニングで身体を強くするということを目標にキャンプに励み、コロナ禍の影響でキャンプが無観客だったことを前向きにとらえ、自分の野球だけに集中したことでいつも以上に専念できたこともあり、調子を上げてきた。

尼崎中央三番街商店街では毎年恒例のマジック点灯が始まっている
尼崎中央三番街商店街では毎年恒例のマジック点灯が始まっている

今年の阪神は、プロ初ヒットが初ホームランとなったルーキー佐藤輝明や、大山悠輔、サンズなど好調な打撃陣を抱え、オープン戦では優勝。投手陣もエースの西勇輝、青柳晃洋らを抱え、16年ぶりのシーズン優勝を狙っている。

その中で、阪神としての期待も込めて開幕投手に選ばれた藤浪は、「2021年の阪神で、一番最初にマウンドに上がるという責任と不安と期待とがある。そういう中で『チームのためにマウンドに立つ』という気持ちが一番大きい」と話していた。

この“チームのため”という考えは、中継ぎの経験から生まれたという。

「本当に難しい。自分の勝ちなどではなく、人の勝ちを消してしまうかもしれないプレッシャーは野球人生で初めて経験した想像以上の重圧だった」

中継ぎの難しさを通してチーム全体のためのピッチングを考えられるようになったというのだ。

そして大切な役割を担う責任を踏まえつつも、「元々自分も先発の中心に置いてもらっていたし、各チームのエースと戦うことで刺激をもらったり、色々と思い出せる部分もあると思うし、プラスの意味のマウンドにもなる」と自身の復活につながる期待も見せていた。

野球で輝ける場所を取り返した日

登板直前、藤浪は緊張からか身体に張りを覚え整骨院に通っていた。

ここで藤浪は「プロ初登板は緊張も何もなく勢いでいけた。今回が一番緊張感があり、期待感もあるが、不安もある」と語っている。

3月26日、9年目で初めて託された大役である開幕投手として登板した神宮球場は、当時新人として最速の3試合目でプロ初登板初先発を迎えた場所だ。そして1年前の同じ日は、球界初の新型コロナウイルス感染が判明した日でもある。

「球団にも迷惑を色々かけてきたから、自分が野球でチャンスを貰っている以上、そこに集中したい」

様々な思いを抱えながら投げたこの試合で、藤浪は初回、ヤクルト打線を3者凡退に仕留めたものの、その後は守備の乱れもあり苦しい展開を続けながら、5回を103球、5安打、2失点と、勝ち投手の権利を得た状態でマウンドを降りた(阪神は勝利するも勝ちはつかず)。

試合後、「5回に自分が乱れなければ、もっと楽な試合運びができたと反省している。自分の力不足だし、もっと長い回を投げないと。次に希望は持てたが…」とチームに対して反省の色を見せていた藤浪。

何より成長を感じさせたのは、「(守備の乱れなど不運とも報じられたが)野手の皆さんも開幕戦でいつもとは違う緊張をしていたと思うし、自分が安心感を与えたピッチングができていれば野手に変なプレッシャーを与えなかった」と全体を見て分析できている所である。

本人は今年から始めたインスタグラムで「いよいよ2021シーズンが開幕しました 自分では予想もしていなかった開幕投手をさせて頂き、いい経験を積ませてもらいました‼️いいピッチングとは言い難いですが、チームとして勝てたのが1番です 次以降に繋げれるように頑張ります」と絵文字付きで心境を綴っている。

この勝利が阪神の開幕3連勝につながる勢いとなった。

勝ち負け以上に大事な開幕戦で結果を残すことができた上、戦っていけることを示すことができた藤浪。この1年は復活というより、元々持っている力を出しきれるかが勝負になりそうだ。
 

コロナ禍で外国人選手の来日が遅れ、延長は無し

NPBは延長戦を実施しないことを決めた
NPBは延長戦を実施しないことを決めた

今シーズンは観客の入場制限の他に、コロナ禍の影響により、2つの点で例年と大きく異なりそうだ。

一つは外国人選手の来日が遅れていることだ。

藤浪の所属する阪神でも、新助っ人のロハス・ジュニア外野手、アルカンタラ投手がまだチームに参加できていない。どのタイミングでチームに加入、もしくは復帰するかで、各球団共に、チームが好調だったとしてもメンバーの変更などを考えなくてはいけないのだ。
これは今年143試合戦う中で、大きな鍵となりそうだ。

またもう一つは、コロナ禍で延長戦が無くなり9回で試合が打ち切られるということだ。

延長戦を考えずに投手起用をできることで、悩みが少なくなる監督もいるだろう。一方で継投が充実しているチームと対戦するチームは、先発を打ち崩せないと勝利が遠くなる。リリーフ陣の層が厚いチームが有利になりそうだ。

今年は東京オリンピックの開催で7月から8月にかけて、シーズンの中断期間もある。様々な変更がある今年の球界で、どんなドラマが待ち受けているのか、楽しみだ。
 

(取材・文 吉田博章)