1980年代のアートシーンに彗星の如く登場し、わずか10年の活動期間に3000点を超すドローイングと1000点以上の作品を残したジャン=ミシェル・バスキア。

現在、六本木にある森アーツセンターギャラリーで開催中の「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」。この日本初大規模展には連日、老若男女問わず多くの人が詰めかけている。ストリートで見出された若きアーティストの作品が、なぜ多くの人を魅了するのか。

バスキア展を鑑賞したばかりの著作家・山口周さんにバスキアの魅力や世界トップクラスの値段がつく理由、ビジネスパーソンが現代アートを観る意味を聞いた。

(聞き手・永尾亜子アナウンサー)

ジャン=ミシェル・バスキア Untitled, 1982 Yusaku Maezawa Collection, Chiba Artwork (C) Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York
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絵解きをしていく楽しさがある

ーーバスキア展、ご覧になっていかがでしたか?鑑賞後、印象は変わりましたか?

いくつかの作品は画集や雑誌などで観たことがありましたが、生で観ると全然違う。鮮やかな色彩やスケールの大きさ、迫力に圧倒されました。

印象は変わりました。実物を見ることで、細かな色の組み合わせや配置まで確認することができました。一見、筆の勢いにまかせて描いているような作品でも絶妙な色合いのコントロールをしている。バスキアは色彩に関して非常に繊細な感覚の持ち主だという印象を新たに持ちました。

バスキアは他のアーティストの作品と比べて、非常に情報量が多いですよね。近・現代絵画は情報を減らしていく傾向にありますが、バスキアはその逆で、見どころがたくさんある。絵解きをしていく楽しさがあると思います。

バスキアにとってこの世は生きづらかったのでは…

ジャン=ミシェル・バスキア Self Portrait, 1985 Private Collection Artwork (C) Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York

ーーバスキア自身の印象についてはどうですか?

絵画のアイデアが次々と溢れ出る、ほとばしるようなエネルギーと圧倒的な絵画センスを持つ天才。その一方で、触ると壊れてしまいそうな繊細さや脆弱さも持っている。2つのものを抱えている人だと思いました。彼は27歳という若さで命を落としていますが、これだけ感受性が豊かな人にとってこの世はある種、生きづらかったのではないでしょうか。

彼の活動期間は10年ほどですが、その間に数千点という膨大な数を残している。単純計算すると1日に数点描いていたことになります。閉まらない蛇口というか絵のアイデアが次から次へと湧き出てきて、休まる時間がなかったのではと感じました。

ーーバスキアは音楽愛好家としても知られていますが、音楽からもインスピレーションを受けていたと思いますか?

これは個人的な感想ですが、彼の絵には音楽的な要素を感じるんです。彼は特にジャズが好きだったそうですが、ピアノ、サックス、トランペットとさまざまな楽器でカルテットやクインテットを構成するように、彼もオイルスティックやアクリル絵の具、印刷物のコラージュなど、違う素材や手法を織り交ぜたり、対照的な色を並べたりして一枚の絵として成立させている。

それに加えて、言葉や図やグラフといったチャートなどを繰り返して使う表現も音楽的だなと思いました。まるでリズムをとる打楽器のようです。色彩のバランスやマテリアルの組み合わせでハーモニーを奏でているとすると、文字やチャートによって打楽器のようなリズムを刻んでいる。こうした表現は音楽にインスパイアされていたのではないかと思います。

後世に勇気を与えてくれたアーティスト

ーー独特の表現を生み出したことに加えて、彼はアート界にどのような革命を起こしたのでしょうか?

美術史の中には今まで革命的なことを起こした人が何人かいますが、私はバスキアとは後世に勇気を与えてくれた偉大なアーティストだと思っています。それは正統なアートのトレーニングを受けずにストリートからそのままアートのマーケットに出てきて、きちんと評価されたから。歴史を振り返ると、バスキアが登場する以前は、アカデミックなアートのトレーニングを受けないと作品は作れない、認められないと思われていた。

でも彼は違う。勉強してから作るのではなく、自分の内側からほとばしるエネルギーのままに表現した。そして、世に問いかけたと思います。アカデミックなトレーニングを受けないと芸術は生まれないのかと。さらに言及すべきは、彼は最後のマイノリティのフロンティアだったということです。それまでアートというのはヨーロッパ中心主義であって、アメリカを含む他の国はマイノリティであり、バスキアは黒人の若者で、美術のトレーニングを受けていなかった。

美術の世界で最も評価を得難い立場だったと思いますが、そんな彼がアートマーケットの中心で高い評価を受けたことで新たなフィールドを切り開き、ハイカルチャーとサブカルチャーの二項対立の構図を破壊したと思います。

ーービジネスパーソンがバスキアのような現代アート作品を鑑賞する意味とはなんでしょうか?

今は「役に立つこと」が価値を持たず、「意味がある」ことに価値がある時代です。では、「意味」はどうやって生み出していくか。現代アートはすべて「コンセプチュアルアート」ですから、つまり「意味のあるアート」ですよね。

「意味で価値を生み出す」ということを考えた時、アートは一番参考になると思います。また、現代アートがすべて高額で取引されているというわけではありませんから、人を惹きつけるアートとそれ以外の違いはなんなのか。両方を知ることで、ある種目利きのような能力を育くむこともできるのではないかと思います。

なぜ、前澤友作はバスキアの絵を買ったのか

ジャン=ミシェル・バスキア Untitled, 1982 Yusaku Maezawa Collection, Chiba Artwork (C) Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York

ーー今展ではZOZO・前社長である前澤友作さんが123億円で落札された作品が展示されていますが、前澤さんが123億円という価値を見出したことについてどのように感じていますか?

先ほどもお話しした通り、バスキアはアートの歴史を変えた革命家です。絵画の値段というと絵画そのものに向かいがちですが実はそうではなくて、作者の生き様やアート界に起こしたインパクト、ストーリーが作品の価値に転化します。

たとえば、まったく別のアーティストが同じような絵を描いたとしてもそこには何のストーリーもヘリテージもないから、金額がつかない。前澤さんはバスキアが描いたこの作品に意味を見出して、高い金額をつけることで、後世につないでいこうとしたのではないかと思っています。

また、前澤さんは既存の業界の枠組みやルールに立ち向かい、新しいことにチャレンジし続けている人。それはバスキアに通じるものがあると思います。アートの教育を受けず、美術後進国のアメリカの黒人の若者という不利な立場であっても、圧倒的なエネルギーと才能で作品を発表し、古いアート界の構造を壊した。そんなバスキアに自分を重ねているのかもしれません。

さらにいえば、前澤さんにとってバスキアは勇気を奮い立たせてくれる存在のような気がします。あれだけの成功を収めた人であれば、挑戦をやめて守りの姿勢に入ってもおかしくないけれども、前澤さんはこれからも変わらず挑戦を続けていくと言っている。そういう挑戦し続ける勇気をバスキアの絵から感じ取るのではないか。

ポーラの鈴木郷史会長も有名なアートコレクターとして知られていますが、彼も判断に迷ったり、臆病になってしまいそうな時に必ず観る絵があるそうです。自分を取り戻し、これからどこに向かうべきなのか。前澤さんにとってバスキアの絵にそういう意味があるとすれば、123億円を出してもあまりあるものがあるのと思います。

どう、バスキア展を楽しめばいい?

Artwork (C) Estate of Jean-Michel Basquiat. Licensed by Artestar, New York

ーーこの作品を目当てに訪れる来場者も多いと思いますが、山口さんが思うバスキア展の楽しみ方を教えてください。

人それぞれの楽しみ方があるので自由に感じてもらうのが一番ですが、まずは難しいこと抜きにして絵のかっこよさにしびれてほしいですね。僕は、家に飾るとすればどれにしようかなと思いながら観ていました。実際に持って帰りたいと思った作品がいくつかありましたよ。

ーー“見方がわらかない”と、つまずきがちな美術初心者に鑑賞時のアドバイスがあればぜひ教えてください。

近・現代絵画を観る時の最大のハードルは「わかるか、わからないか」だと思います。でも、わからなくていい。ブルース・リーの言葉にあるように、「Don’t think. feel」の世界ですから。バスキアの声を感じ、傾聴する。

ただ、何かを感じるためのコツがあるとすれば、作品に描かれている人と同じポーズをしてみたり、同じ表情をしてみてはどうでしょうか。周りの人に迷惑がられることもありますが(笑)、やってみると案外感じるものがある。「この絵を描いているときのバスキアの気持ちがなんとなくわかる」と絵の中に入り込める気がするんです。

ーー先ほど、“持って帰りたい絵があった”とおっしゃっていましたが、せっかく美術館に行ってもそう感じないこともあるかもしれません。

僕も「今日はおもしろくなかった」とか「よくわからなかった」と思うことはあります。無理に理解しようとしなくていいんですよ。多くの人にとって、好きな曲が一つくらいあると思いますが、そういった音楽との出会いは偶然によって生まれたはずです。いろんな音楽を聴いてきて、“こんなにいい曲がこの世にあってよかった”と思えるような曲と出会う。美術も一緒です。

出会おうと思うのではなくて、意図せず出会う時がくる。教養や美意識を養おうと美術展に行くビジネスパーソンも多いと思いますが、“何かを汲みとらなくては”、とか、“理解しなくては”と考えすぎると窮屈になる。静かな空間で絵と向き合うことを繰り返していくうちに、“なんかいいな”と強烈に惹かれる作品に出合う。それがアートの扉が開いた瞬間です。

気楽な気持ちで見て、感じるものがあれば感じて、“今日は空振りだった”って思いながら帰る日があってもいいじゃないですか。力まずに、いいなと思える作品に出会えたらラッキーと思うぐらいの軽い気持ちで行ってみてほしいですね。

『バスキア展 メイド・イン・ジャパン』
森アーツセンターギャラリーにて11月17日(日)まで開催中
開館時間:10時~20時
※10月21日(月)は10時~17時(入場は閉館の30分前まで)
https://www.basquiat.tokyo/

文・浦本真梨子