「最悪の状況」「制御不能」 ウイルス拡大の猛威
「パンデミックが始まって以来、これから数週間は最悪の状況を迎える」
イギリス政府のクリス・ウィッティ首席医務官は1月11日朝のBBC ニュースでこう警告した。
2020年9月、初めて南東部で確認された感染力の強い変異ウイルスは、年末からイングランド全土に拡大。12月上旬には1万人台で推移していた1日あたりの新型コロナウイルス の新規感染者数は12月29日に初めて5万人台に達したあと、年明けには6万人を超えた。

年末の時点でイングランド全土で1万8000人だった入院患者数は、1月11日の時点で3万人に達し、ウィッティ首席医務官は全土が医療崩壊の瀬戸際にあると危機感をあらわした。
感染拡大が最も激しいロンドン市では、サディク・カーン市長が8日「このウイルスは制御不能だ」と述べ、大災害やテロ発生時に出される「重大事態」を宣言した。
「これは戦争だ」医療崩壊の危機
医療現場の声は悲痛だ。
ロイヤルロンドン病院のジョナサン・マッケニー医師は1月10日付のタイムズ紙に「出勤する前に、いつも今日は何がおきるのか不安になる」と心境を話した。
「高齢者層に限らず幅広い年代で入院患者が急増している、この数週間は40歳代の死者も数人出ている」。
この病院では44床だった集中治療用のベッドは現在120床まで増やされ、さらに150床にまで拡充する予定だが、患者に投与する酸素もギリギリしかなく追い詰められた状態だと訴える。

一番疲弊しているのは看護師たちだという。患者は家族などの訪問を受けられないため、看護師は治療のみならず、患者への様々なケアが求められる。
マッケニー医師は「泣いている看護師をみかけることが日常になった」と話す。「患者は亡くなるまで家族に会うこともできない。それが最も辛い」という。
医療スタッフにも感染者が増加しているため労働力不足は深刻で、コロナ担当医以外の医師が看護師の手伝いにあたり、医学生にも出動要請がかかる。
ベッド数は増えてもスタッフの数が足りない。医療関係者は「これは戦争だ」と話す。コロナ以外の診療は難しい状況に追い込まれ、医療崩壊の危機は現実味を帯びている。
競馬場が巨大ワクチンセンターに 政府は接種計画を加速
イギリスでは2020年12月8日にアメリカのファイザーなどが開発したワクチンの接種が世界で初めて始まり、政権内にも高揚したムードが漂った。

ハンコック保健相はワクチンの頭文字Vをとって「今日はVデーだ」と宣言、ウィリアムソン教育相に至っては「イギリスは最高の医療規制当局を持っている。フランスやベルギーやアメリカより遥かに素晴らしい」とまで発言した。
またジョンソン首相もクリスマス休暇中は3つの世帯が屋内で面会可能という特別な制限緩和案を打ち出していて、国民の間にもクリスマスを前に少しリラックスしたムードが流れていた。
だが、その背後では変異ウイルスの感染拡大がすでに始まっており、ワクチン接種開始の直後から感染は急拡大、結局クリスマス緩和も見送られ、1月5日には3回目となる全土でのロックダウンに追い込まれた。
ワクチンについては、これまでに80歳以上の高齢者や医療従事者など230万人が接種しているが、さらに加速させるため、政府は1月11日に競馬場や見本市会場を利用した大型のワクチン接種センターをイングランド全土で7カ所オープンした。

「誤った自信」に警戒 「ロックダウン破り」取り締まり強化も
しかし、そのうちの一つを訪れたジョンソン首相は「ワクチン接種が始まり、皆が誤った自信をもつおそれがある。それが危険だ」と話した。

ロックダウンの期間中でも、ロンドン市内では休日など多くの人々が公園に繰り出し、ソーシャルディスタンスの維持が難しい状態になっているほか、他者との面会制限などのルールを破る人も多く見かける。この状況を受けて政府も取締りの強化など、より厳しい対応をとる方針を打ち出している。
新型コロナウイルスの出現が確認されて1年がすぎ、長引く制限に人々が疲弊しているのが現実だ。クリスマス期間中には、規則に反して自宅内でパーティーを行ったとして逮捕者も出た。
イギリスで現在起きている感染急拡大の背景には単に変異種の出現だけではなく、市民の「ロックダウン慣れ」がある。
新型コロナウイルスにはまだ不明な点が多く、変異も恒常的におこっていて先の予想は難しい。
イギリス政府は2月中旬までに1500万人への接種を行う計画で、これからワクチンの実際の効果が検証されていくことになるが、謎の多いウイルスと闘うためにはワクチンだけに頼るのではなく、引き続きソーシャルディスタンスの維持や衛生管理の徹底など様々な対策を複合的に組み合わせていく必要がある。
【執筆:FNNロンドン支局長 立石修】