日本バスケを救った一枚のポスター…

日本バスケットボール協会の会長室には、約2年前から国際試合のたびに作られてきたポスターがいくつも飾られている。

『代表が弱いスポーツを国民的とは呼ばない』、『まだ何も成し遂げていない』など低迷から抜け出せなかった当時の日本の姿、悔しさが、そのまま映し出されている。

そんな中、ひときわ目を引くのが八村塁選手の姿とともに綴られた『希望が帰ってくる』の文字。このポスターが作られたのは2018年、日本がどん底にいる時だった。

東京オリンピックの出場権獲得のためにも重要だったワールドカップ予選日本は初戦から4連敗を喫し窮地に立たされていた。崖っぷちから救い出してほしい。そんな思いを込め、協会が作ったのがこのポスターだった。

ポスターに呼応するかのように、当時20歳の大学生、八村塁選手がW杯予選に初めて招集されると、日本にとってまさに“希望”の光となった。力強いインサイドプレーに、ミドルシュート、さらには強烈なダンク。ホームの会場は、大歓声に包まれた。

強豪・オーストラリア相手に歴史的勝利をおさめた日本。八村選手の活躍で息を吹き返し、怒涛の8連勝!この勝利が、ワールドカップ、そして44年ぶりのオリンピック出場へとつながった。八村も「みなさんやりましたー!」と、喜びを爆発させる。

ともに新時代を切り拓く仲間も刺激に

そして2019年6月21日、日本人初のNBAドラフト1巡目指名を受けると、若手選手の登竜門・サマーリーグでも1試合平均19.3得点の大暴れ。ニッポンバスケ界にとって“夢”だったNBAを“目標”へと変えた。

(写真:時事通信)

八村よりも1シーズン早くNBAで戦う渡邊雄太選手も「彼の活躍は見ていて嬉しいですし自分ももっと頑張らなきゃいけないなと思いました」と、強い刺激を受けている。

恩師が15歳の少年に見い出した”希望”

日本海に面する富山の街。ここで育った八村選手は、冬の荒波を渡って駆け抜ける春風の如く故郷にとっても“希望”となった。

富山市立奥田中学校でバスケを始めた八村選手。指導したのは現在もコーチを務める坂本穣治さん。ドラフト指名の快挙を本人から電話で報告され、愛弟子への思いがあふれた。

この男性こそ、15歳の八村選手に“希望”を見出した、まさにその人だ。

「あいつが爆発したから他の選手たちが奮起して『俺たちもやらなきゃ』というのが非常に伝わって、そういう面で本当に“希望”になりましたよね」と、目を細める恩師。

教え子が挑む、東京オリンピックまであと1年。師弟が見る夢は今も変わらない。「八村が高校生の時に夢じゃないけど『NBA選手になって東京五輪でアメリカを倒します』と。八村に『それは言い過ぎ!』って言って(笑)」と、思いを馳せる坂本コーチ。

しかし八村選手は本気だ。「アメリカとか他の国にもすごく勝てるチャンスがいっぱいあると思うので、どれだけ僕たちのプレー・持ち味が出せるかっていうのはすごく楽しみにしています」と、夢を現実にするために、走り続けている。

母国を窮地から救った“希望”は、ともに新時代を切り開く仲間、そして恩師にとっても光となり、1年後、オリンピックの舞台で躍動する。故郷から世界へ。夢舞台まであと1年だ。

(Live News it! 7月25日放送より)