春の高校バレー・宮城大会。男子は東北、女子は古川学園が全国大会の切符をつかみ取りました。
一方、3年生にとっては、高校生活最後となるこの大会。創部初のベスト4を目指したチームを取材しました。
宮城県の北部に位置する、県立登米総合産業高校。春高の最高成績は、県ベスト16。この、これまで目立った実績のなかった公立高校が今年、宮城のバレー界に旋風を巻き起こしました。
4月、国スポの県大会で創部史上初のベスト8に駒を進めると。6月の県総体では、ベスト4に進出する快進撃!一躍、県高校バレー界注目のチームとなりました。
そんなチームには、選手たちからひと際期待を寄せられる選手がいます。
キャプテン・伊東陸選手
「絶対エース的な感じです」
セッター・佐々木日向選手
「最強ですかね。どんなトスでもしっかり決め切ってくれるので」
チームの絶対的エース・菊地颯士選手。最高到達点315cmの高さと、正確なコースの打ち分けが武器の3年生です。
菊地颯士選手
「春高は最後の大会になるし、支えて来てくれた人たちにも、勝って恩返しできるような大会にしたい」
1年生のころからエースとして期待され、試合に出場してきた菊地選手。一方で、その道のりは、決して平たんではありませんでした。
菊地颯士選手
「1年生の時に、そんなに怒られるのかなっていうぐらい怒られてきて、自分のミスで試合に負けたり、何で自分だけ決まらないんだろうみたいな。それで泣いたり、やめたいと思ったりしたんですけれど」
重くのしかかった、エースへの期待と重圧。それでも…
菊地颯士選手
「やめたいって思った時期に、親は自分のプレーを見るのが好きって言ってくれて、それでもっとプレーを見せてあげたいなと思って続けられました」
家族からの言葉を胸に、成長を続けてきた菊地選手。県総体では、左足を疲労骨折しながらもチームのベスト4進出に貢献。そこには、自分のふがいなさに泣いた、あの日の姿はもうありませんでした。
菊地颯士選手
「1年生の頃は1回ミスしたらもう(トス)上げないでという気持ちになってたけれど、今は1回ミスしてももう1回自分に持ってこい、みたいな気持ちでできています」
強い気持ちで挑む、最後の舞台。再び新たな歴史を刻むため、3年間の集大成をぶつけます。
菊地颯士選手
「チームが困った時は、自分のスパイクで点を取って、春高でもベスト4に入って、決勝を目指していけたら」
迎えた、県大会当日。準々決勝に進出した登米総合は、国スポの県予選で敗れている東陵と、ベスト4をかけ対戦。菊地選手の家族もスタンドから試合を見守ります。
セットカウント1対1で迎えた最終セット。登米総合は序盤から東陵の多彩な攻撃に対応できず、リードを広げられます。
それでも、菊地選手の豪快なスパイクで次々と得点を奪い、怒涛の7連続ポイント。逆転に成功します。
その後は両者譲らず、試合は最終盤へ。登米総合が菊地選手のスパイクと、サービスエースで、マッチポイントを奪うも、東陵も粘りをみせます。
そして・・・
壮絶な戦いの末、準決勝に駒を進めたのは東陵。登米総合の挑戦はベスト8で幕を閉じました。
登米総合 浅野先生
「あなたたちは何度も言うように歴史を作ってきた。公立高校にあなたたちは夢を与えてるだろうし、あなたたちの監督をやれてよかった。ほんとにあなたたちがいたおかげで、俺も良い経験ができた。ありがとうございました」
今年の宮城の高校バレー界に旋風を巻き起こした登米総合。悩み、もがきながら3年間を駆け抜けた絶対的エースのあの日の決断は、決して間違いではなかったはずです。
菊地颯士選手の父・昇さん
「足の怪我からやっと復帰して、やっとうまく決められるようになってきたのかなと思って、今日は安心してちょっと見てました。バレーを通して学んだことが社会に出てからも役立つと思うので、それを生かしてもらいたいなと思います」
菊地颯士選手の母・真知子さん
「バレーを続けて、最後まで見せてもらったので、感謝しています」
菊地颯士選手
「やめたくなったときとかも支えてくれたり、毎日送迎とか弁当も作ってくれて、それでここまで頑張ってこれたと思う。これからもたくさん迷惑をかけるかもしれないけれど、迷惑をかけないような人になります」
菊地選手は高校卒業後は大学に進学し、バレーボールを続ける予定とのことです。今後の活躍にも期待したいところです。
