岡山県吉備中央町で10月に開かれたロードレース大会で、突然の病で両腕、両足を失った岡山市の男性が10キロランに挑戦した。義手・義足で完走を目指す前人未到の挑戦を追った。
◆電撃性紫斑病の生存者のうち28%は「四肢切断」 安原さんも生きていくために決断
雨が打ち付ける中、ひたむきに走る男性。岡山市に住む安原大策さん(39)。2025年5月、突然の病で両腕と両足を失った。
その病とは「電撃性紫斑病」。
血液に細菌が入り、急激に皮膚の壊死が進行する病気だ。致死率は約40%という報告もあり、命を取りとめても、28%が四肢切断を余儀なくされているという。
「そのころ意識はもうろうとしている状態だったが、ものすごくショックを受けたと思う」と当時のことを語る安原さん。
そして、生きていくために切断しなければいけないと決断。安原さんは手術を受けた。

◆「過去の自分に負けたくない…」妻子との生活が一変するも”フルマラソンへの挑戦”が不安をかき消した
妻と子供2人との穏やかな生活が一変。安原さんは「未来への不安に何度も押しつぶされそうになった」と話す。
前を向けたのは「マラソンへの挑戦」だった。
元々趣味でランニングやマラソンをしていた安原さん。過去の自分に負けたくないという思いの中で「苦しかったフルマラソンを完走できれば、以前の自分に勝てるのでは」と、マラソンに挑戦することにしたという。

◆義足は、傷だらけ…サポートしてきた理学療法士も驚がくした安原さんの努力
退院してすぐ、「義手」と「義足」でマラソン完走に挑む前人未到の挑戦が始まった。
厳しいリハビリに励み、義足は、傷だらけ。側でサポートしてきた理学療法士の関戸敦史さんは「異常だと思う」と安原さんの姿を表現する。
義手と義足を使う生活に入ってまだ1年もたっていないにもかかわらず「ここまでボロボロになるんだ」とびっくりしていると関戸さん。「正直歩けるかどうかすら、医療の立場からはっきりと言うことができない状態で、並大抵の努力ではここまでこられていないと思う」と、安原さんの対応力の高さを評価した。

◆練習では90分程度で完走「だったら入賞するしかないだろう」と安原さんはスタートラインに立つ
安原さんにとって初めてのレースの日がやってきた。
普段使用している義足は片方でも重さが1.5キロほどあり、走りづらいためスポーツ用の義足に履き替える。何度も歩き、感覚を確かめ調整を行う。
安原さんは「90分以内に絶対完走する」と宣言した。
本当は完走できたらいいと思っていたところ、前の週の練習で10キロを1時間半くらいで走り切ってしまったため「だったら入賞するしかないだろう」と目標が変わったという。
「アップダウンが激しいのが心配だが、精いっぱい頑張る」

◆義手・義足で10キロラン ついに始まった「前人未到の挑戦」
ついに前人未到の挑戦が始まった。
「岡山吉備高原車いすふれあいロードレース」では、3キロと10キロ、ハーフマラソンの3つのコースを車いすランナーと一般ランナーが一緒に走る。安原さんは、一般10キロの部にエントリーした。
沿道から声援を受け、走り続ける安原さん。しかし、レース前に心配していた通り、コースのアップダウンが激しく、思うようなペースで走ることができない。

◆義足に異変が…痛みが走りながらも沿道の声援を力に…見事に「完走」
「(コースの)アップダウンで義足が膝に当たって痛みがでる」と苦痛に顔をゆがめる安原さん。それでも、沿道の応援を力に、ただひたすら前を向いて進む。
目標の1時間30分は切れなかったが、1時間55分5秒で見事に完走。左の「義手」を高々に上げ、ゴール。
有言実行を果たした安原さんは「ゴールできて良かった」と安どの表情。応援してくれた人の中には「テレビ見てたよ」と名前を知ってる人もいたそうで、それが力になったとも話した。
目標を高く持ち常に挑み続ける安原さん。2027年には香川県丸亀市で開催予定のロードレース大会に出場を予定。次を見据えている。
(岡山放送)

