菜種油やゴマ油などを製造する氷川町の製油店は7月の地震で工場が被災し、製造できない状態となりました。地震から2カ月のタイミングで製造再開にこぎつけた製油店。約80年間、守り続けた伝統の味を残そうと奮闘する3代目の思いに迫ります。
【『堀内製油』3代目・堀内貴志さん】
「無事点火して、一安心」
氷川町にある『堀内製油』です。
地震から2カ月となった9月28日。
香ばしい匂いが漂う工場内では油を搾る〈圧搾機〉と呼ばれる機械から菜種油が搾り出されていました。
この日、工場では地震でストップしていた油の製造を再開。
2カ月ぶりに稼働した〈圧搾機〉の音が響きます。
【貴志さんの母・秀子さん】
「油出てきました、本当にうれしいです。この日を、ずっとずっと待っていました」
7月の地震では震度7の激震に見舞われた氷川町。『堀内製油』も被災しました。
『堀内製油』の3代目堀内 貴志さんです。
戦前、酒蔵だった築80年以上の工場は梁がずれたほか、創業以来、使い続けてきた
圧搾機が倒れるなどし、製造できない状態に…。
それでも3代目は前を向いていました。
【『堀内製油』3代目・堀内貴志さん】
「やめるという選択肢はない。続けたい」
貴志さんの祖父・義信さんが創業した堀内製油。来年80年という節目を迎えます。
【『堀内製油』3代目・堀内貴志さん】
「じいちゃんが始めた油屋で、父(の姿も)も見てきているし、うちの油を残していきたい。うちみたいな製造方法はあまりない。文化も残していきたい」
貴志さんが決意を固めたこの日は、盆の入り。両親らが墓参りをして先祖に息子の決意を報告しました。
【貴志さんの母・秀子さん】
「皆、健康で無事だった。前向きに一生懸命頑張っています。これからも、どうぞ見守ってください」
8月18日、製造再開の見通しが立たない中、油の原料となるゴマの今シーズンの
収穫が始まりました。
【『堀内製油』3代目・堀内貴志さん】
「(搾らないと)落ち着かないというか、〈搾りたい〉(という気持ち)はあります」
幸いゴマの生育は順調で安堵する貴志さん。一日も早い製造再開に向け、はやる気持ちを抑えながら収穫の様子を見守りました。
【『堀内製油』3代目・堀内貴志さん】
「地震後つけるのは初めてですね」
9月28日の朝、貴志さんの姿は工場にありました。
原料の菜種を焙煎するため地震後、初めて釜に火を入れました。
【『堀内製油』3代目・堀内貴志さん】
「今まで(これだけ)長い時間、搾らないことは創業以来、なかったと思う。
うれしいのもありますが、やっぱりちょっと緊張している」
仮復旧ではありますが、建物に補強を施し、安全が確認されたことを受け、
2カ月ぶりに製造再開にこぎつけました。
【『堀内製油』3代目・堀内貴志さん】
「諦めるわけにはいかなかったので、この日を迎えられてよかった」「今までの流れを確認しながらしっかりとした油を搾れれば」
そして、焙煎した菜種を地震後、初めて動かす圧搾機へ。
地震前と変わらない黄金色の油が搾り出されました。
【貴志さんの母・秀子さん】
「ただただうれしいね、それだけ」
様子を見守っていた家族も、安堵の表情です。
【貴史さんの父・克矢さん】
「この音がよみがえるというか、動くようになったかと一安心しました」
【貴志さんの母・秀子さん】
「きょうは息子の背中が大きく見えます」
【『堀内製油』3代目・堀内貴志さん】
「地震を通してうちの油を使ってくれている人から油を通して接点をもらった人から
励ましの声や気にかけてもらってたくさんの支えをいただいたので、今まで以上に恩返しできるような油を作っていきたい」
地震を乗り越え、製造再開を果たした氷川町の製油店。
祖父の代から変わることなく受け継がれてきた伝統の味を守るため、3代目はこれからも油を搾り続けます。
