今の時代、共働きをしている夫婦は多いでしょう。そして、夫よりも妻の方が社会的立場が上だったり、妻の方が稼ぎ、家計を支えている、という夫婦も少なくはないと思います。

うまくいっていればいいのですが、男女、そして世の中に存在する“無意識の差別”によって、夫婦関係に亀裂が走ってしまうこともあります。

拙著『新宿特別区警察署 Lの捜査官』に出てくる警察官夫婦の関係も複雑です。2人は同期同教場の同い年。公務員で共働き、息子一人、マイホームも建てた。つい数年前までは幸せでしたが…。妻の方が先に警部に昇進したことから、夫婦関係に亀裂が入ります。

『新宿特別区警察署 Lの捜査官』(KADOKAWA)
『新宿特別区警察署 Lの捜査官』(KADOKAWA)
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警察の階級は大まかに分けると、警部補と警部で大きな違いがあります。警部から上は管理職、いわゆる警察幹部です。警部へのハードルは高く、大多数の人が警部補以下の階級で定年を迎えます。

妻は見事に昇進コースに乗りましたが、夫はなかなかその壁を越えられません。しかも幹部となった妻は多忙すぎて、子育てもままならない。夫が育児のために仕事を休めば、昔堅気の上司から「妻が幹部でいるために、お前は永遠に警部補どまりだ」と罵られる。捜査会議では、夫を見下ろすひな壇に妻が座る。

ぞっとします。あまりに気の毒…と私は書きながら思いましたが、このシチュエーションをネガティブに思う自分こそ、「男は女より立場が上であるべき」というガチガチの固定観念に縛られている、ということに気がつきました。

女が男よりも稼ぐようになると、夫婦関係はどうなるのか。家庭のバランスはどうなるのか。私の周囲には「旦那より稼いでいる」「旦那より社会的地位が高い」女性は結構います。

彼女たちからよく聞く愚痴やぼやきを通じて、『女の方が稼ぐ夫婦関係』のリアルを追います。

夫のために…起業した会社も休業に

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30歳で起業した女性。彼女は、結婚後も仕事のペースを崩したくないから、結婚相手はヒモ男がいいと思っていたそうです。35歳の時に念願かなって、派遣職を転々とする優しい男性と出会いました。

彼は正社員の職にありつけない自分を卑下し「俺はヒモになるしかない」と自嘲。しかし、派遣ではあってもフルタイムで真面目に働いています。二人はめでたく結婚しました。子供が生まれたら、彼は子煩悩な主夫になってくれるはず、と信じて疑わなかったようです。

ところが、結婚した途端、夫の方に、「男らしく妻子を養わねば」という大和男児魂に火がついてしまいました。正社員の職を見つけ出し、歯を食いしばり、身を粉にして働き出したのです。子宝に恵まれたら当然、家事育児分担で夫ともめることに。

「育児のために男に仕事を休ませるなんて…」といった両親や義両親の圧力に負け、せっかく起業した会社を休業に追い込まれました。ご主人はなんとか正社員の職が続いているようですが、それは彼女が事業を諦めた結果。けれど、この悲しみや悔しさに寄り添ってくれる人は家族にも親戚にも誰もいないと言います。

なぜ、夫ばかり褒められる?

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個人でエステサロンの経営をしているある女性は、お客様の予約が最優先のため、365日ほぼ休みなしで働きづめです。

彼女は8歳年下の男性と結婚しました。父親の個人事務所を手伝う青年で、将来的には事務所を継ぐようです。家族経営なので薄給ですが、休みは自由。夫のご両親も彼女の仕事に理解があり、8歳も年下の彼は常に彼女に敬意をもって接してくれる。子供が生まれても夫婦で協力し合い、結婚生活は大変うまくいっていました。

ある週末、常連客から予約が入り乳飲み子を夫に託し、店を開けました。そもそも夫は土日休み。家計を担う妻が仕事ならば、休みの夫が家事育児をするのは当然と思っていたようですが…。

顧客は「今日は日曜だけど、誰がお子さんを見ているの?」と尋ねます。「夫ですよ。今日、休みなので」と答えると、「ご主人、偉いわね~」と。その時は何とも思わなかったようですが、週末の顧客に限って、同じような言葉を言うことに気が付きました。

「週末まで働いて、誰がお子さん見てるの?」
「夫です」
「素晴らしいご主人ね~」
「今日祝日だけど、誰がお子さんをみているの?」
「夫です」
「好きなことをさせてくれるご主人に感謝しなさいね~」

なぜご主人ばかりが褒められるのでしょう。家計を担う彼女が週末も働いてがんばっているのに、誰も彼女を褒めません。休日に子供の面倒を見ている夫だけが社会から称賛される。

彼女に、悪気なくこれらの言葉を浴びせた人々の無意識にあるのは、ただの“専業主婦思考”ではありません。「男が家計を担っている」「女の仕事は趣味か遊びの延長」という、決めつけです。

だから、女がしていたら当たり前すぎることを男がしていたら「感謝しろ」という言葉が出てきてしまうのでしょう。

手料理を作らないのは「母親失格」ですか?

最後に私の経験談をひとつ。

先日、結婚祝いで、家族写真を撮りに写真スタジオに行きました。2人の息子たちを笑顔にさせるためでしょうか。女性カメラマンが、シャッターを切る際、こんな質問を投げかけてきました。

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「ママの手料理、どっちが好き?カレーかな、ハンバーグかな。せーので答えて!」

息子たちは戸惑った顔を浮かべ、「カレー」と答えました。母親であり小説家である私は、これまで出てきた女性たちと同様、年間の休みが片手で数えるくらいしかないほど多忙です。一日の労働時間は優に10時間を越えます。

当然、毎日手料理を作ろうとしたら過労死します。週2日は夫が、週2回は外食、残りの3日を私が作りますが、カレーを作ることはあっても、ハンバーグはたいてい、できあいか冷凍です。ひき肉から作ってやったことがありません。

「えーっ、母親失格!」と、あなたは思いましたか?では、父親だったらどうでしょう。休日ナシ残業しまくりでバリバリ働くビジネスマンで、日常的にハンバーグをひき肉からこねて焼いて、子供に食べさせてやる父親…いませんよね。そしてできない父親たちを非難する人は絶対にいないでしょう。

しかし、女は、例え男並みに働いて夫と子供を養う立場であろうと、非難されてしまう。女だから、という理由だけで。そして私自身も、女性カメラマンの無邪気な問いかけと、ママの手作りハンバーグを食べたことがない息子たちの微妙な反応を見て、落ち込んでしまうのです。

母親なのに、子供たちにハンバーグすら作ってやったことがなかった、と。そして改めて思うのです。自分がどれだけ家族に対し後ろめたさを抱えながら仕事をしているのか、と。

男はこう、女はこう、という無意識の刷り込みからくる差別意識はあまりに根深く、恐らくこの先何十年と変わらないことでしょう。女に生まれたばっかりに、仕事を愛する女性は結婚して子供を産むと過酷な現実が待ち構えています。

しかし考えてみれば、ほんの20年前は寿退社が当たり前、30年前は専業主婦が当たり前の時代がありました。畳の目を数えるほどであっても変化はあります。

今を苦しむ私たち女性が、まずは自分の意識を変えていくところから始めないといけません。全ての働く女性に、「罪悪感を捨てろ!自分を誇れ!」と言いたいです。私も自分に言い聞かせます。

吉川英梨
1977年、埼玉県生まれ。2008年に『私の結婚に関する予言38』で第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞しデビュー。著書には、「警視庁53教場」「警部補・原麻希」「新東京水上警察」「十三階」各シリーズ、『葬送学者R.I.P.』『ハイエナ 警視庁捜査二課 本城仁一』『雨に消えた向日葵』『ブラッド・ロンダリング』『海蝶』など多数。 最新刊の『新宿特別区警察署 Lの捜査官』は、子持ちの女性幹部と、「警察官らしくない」レズビアンの部下が、新宿歌舞伎町と二丁目で起こった猟奇事件に挑む、まったく新しい「女」の警察小説として話題になっている

吉川英梨
吉川英梨

1977年、埼玉県生まれ。2008年に『私の結婚に関する予言38』で第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞し作家デビュー。
著書には、「女性秘匿捜査官・原麻希」シリーズ(既刊11冊)「警視庁53教場」シリーズ(既刊2冊)「水上警察」(既刊5冊)。『ダナスの幻影』『葬送学者 鬼木場あまねの事件簿』『海蝶』などがある。取材力に優れエンタメ魂に溢れる期待のミステリー作家。最新刊の『 新宿特別区警察署 Lの捜査官 』(KADOKAWA)は、子持ちの女性幹部と、「警察官らしくない」レズビアンの部下が、新宿歌舞伎町と二丁目で起こった猟奇事件に挑むまったく新しい、『女』の警察小説。