人手不足を背景にした飲食業の倒産は、2026年上半期だけで509件。過去最多のペースだ(※1)。オーダーシステムや会計まわりのDXが進む一方、厨房だけは手つかずのままだった。そんな厳しい現場の一角で、ある外食チェーンの厨房に、キッチンタイマーが40個並んでいた。
「これ、DX化できないかな」——ある企画開発リーダーがふと漏らしたその一言が、寿司ロボットで知られる鈴茂器工の新規事業を動かすきっかけになった。「時間を測る」という当たり前の作業を、どこまでデジタル化できるのか。開発をたった1人で始めた担当者が、4年で辿った道のり。その知られざる開発の裏側に迫った。
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■ 厨房に転がっていた、誰も気づかなかった課題
きっかけは、ある大手ファミリーレストランチェーンの企画開発担当者との雑談だった。鈴茂器工で、後にnaviCookとなる製品の開発を担った毛受義明は、当時をこう振り返る。
厨房の規模が大きいその企業では、当時キッチンタイマーを40個近く使っていたという。「時間を測るだけならタイマーで十分事足りるんです。でも、それをDX化したいという話が出て。タイマーの横には必ず、茹で時間は何秒、水洗いは何秒といったレシピ表がブワーッとパウチされて貼ってあるんですよね」と担当者は振り返る。
ベテランスタッフなら体で覚えている工程も、新人や外国人スタッフには高いハードルになる。人手不足が深刻化する外食産業の現場で、人に負荷をかけずに品質を均一に保つこと。加えて、毛受にはもうひとつの視点があった。オーダーシステムや受付案内、会計まわりは、すでに便利なシステムが数多く揃っている。一方で厨房の中は、まだ何も手がつけられていない。「まだまだブルーオーシャンだ」——そう直感したという。人手不足という切実な課題と、誰も踏み込んでいない領域という手応え。ここから、厨房DXという構想が動き出す。
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厨房向けクラウド型スマートマルチタイマー「naviCook(ナビクック)」
さらに、そのチェーンには「食材の使用期限を守る」という厳格な品質ルールがあった。美味しさを守るために絶対に譲れないこのルールを、正確に管理し続けること。それもまた、開発の重要なテーマのひとつだった。
実はこの企画開発リーダー自身、鈴茂器工に声をかける前に、他社にも同じような相談を持ちかけていたという。ただ、思うようなものはできなかった。「じゃあ自分たちで作ってみよう」——そんな成り行きから、開発は静かに始まった。こうして生まれたのが、厨房向けクラウド型スマートマルチタイマー「naviCook(ナビクック)」だ。
■ 「趣味でやってるの?」——たった1人で描いた、1年間の試行錯誤
開発検討が始まったのは、今から4年ほど前。当初、社内に専任の開発チームがあったわけではない。「僕1人でしたね」と毛受は笑う。もらったアイデアをもとに仕様書を描き、「こうじゃない、ああじゃない」と1年ほど試行錯誤を重ねて形にしていった。
周囲からは「趣味で楽しいことをやっていそう」とからかわれることもあったという。それでも、現場の課題感を直接聞いていたのは自分だけだった。誰に頼まれたわけでもない開発を、1人で描き続けた1年間があった。
最初に導入されたのは、北海道にある実験店舗。10台のタイマーを入れ、3か月ほど現場でフィールドテストを行った。そこから店舗数を増やし、規模やエリアの異なる5店舗で1年近くかけて検証を重ねた末、本格的な導入が始まった。
技術的に苦労したのは、厨房が広い店舗特有の課題だった。タイマーが何台もあると、店舗スタッフはいちいちその場まで行かないと状況が確認できない。そこで全てのタイマー情報をクラウドに集約し、厨房のどこからでも稼働状況を一目で把握できるモニター機能を作り込んだ。
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各機器のタイマー情報をクラウドに集約、稼働状況を一目で把握できるモニター機能
「ご飯が今どのくらいで炊き上がるのか、浸水があと何分で終わるのか。いちいち釜を見に行かなくても、モニター一つで分かるようになったのは、現場にすごく喜んでもらえました」
「あと何分で揚がるか分からない」というフライヤー特有の悩みも解消された。店舗ごとにバラバラだったタイマーの運用が標準化され、どの店舗でも同じやり方で扱えるようになったという。
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フライヤー横に設置されたnaviCookと、商品ごとに管理される複数のタイマー画面
(活用イメージ)
時間を測るだけなら、市販のタイマーで十分だったはずだ。それでもあえてデジタル化にこだわったのは、「測って終わり」ではなく「測った結果をログとして残す」ことにこそ意味があると考えたからだ。入力ミスや、慣れによる工程の省略。ベテランスタッフが無意識に判断していることほど、記録には残っていない。例えば、唐揚げを2個揚げる時と3個揚げる時とでは、油の温度の下がり方が変わり、必要な加熱時間も変わってくる。そうした経験則もログとして残していけば、経験の浅いスタッフでも再現しやすくなる。
そうした現場のブレを可視化し、次の品質改善に生かせる形で記録していく。単なるタイマーの置き換えではなく、厨房のオペレーションそのものを記録していく仕組みへ——これが、開発の一貫した軸になっている。
■5つの工程が、2つに変わった
実際に、そのチェーンのある店舗で作業時間を計測したところ、はっきりとした変化が表れた。従来は、調理指示伝票を確認→レシピで調理時間を確認→タイマーの時間をセット→スタートし→ストップ——という5つの工程が必要だった。
導入後は、よく使うメニューを固定登録しておけば2工程、商品リストから選ぶ場合でも3工程で完了する。タイマーは月間21,000回稼働しており、最大で月間22時間の作業時間圧縮につながっているという。時間を計測する作業そのものだけでなく、ロスの管理や仕込みにかかる工数も減った。これまで調理のたびに発生していたタイマーの再セット作業が減ったことで、現場全体の負担が軽くなっている。
■ミスが起きない仕組みへ、メニュー更新にかかる作業は40%削減も
導入効果として現場から挙がっているのは、まずミスの削減だ。「覚えておかなければならないこと」が減ったことで、ミスも起きにくくなった。工程の順守にもつながっている。また、ゆで卵の調理では、前の工程が終わらないと次の工程に進めない仕組みになっており、煮る→冷却という手順と時間が、誰が担当しても正しく実行される。特にライスは、保存できる時間の管理が可視化されたことで、品質のばらつきが抑えられるようになった。ガス窯だけの運用では、35分・40分という決まりがあっても、忙しい時間帯にはどうしても作業を省略してしまうことがあったという。加えて、2か月に1度のキャンペーンのたびに発生していたマニュアル更新の手間がなくなり、メニュー更新にかかる作業は40%削減されたという。
物理的なタイマーがなくなったことにも、意外な副次的効果があった。これまでタイマーに貼っていたテプラが劣化・剥離することによる異物混入の懸念がなくなった。消耗品の発注や掃除の手間といった細かな管理業務も、あわせて減っている。
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実際の厨房でnaviCookを操作している様子
(活用イメージ)
■ 人を減らすためではなく、辞めないための現場づくり
このチェーンでは、一度働き始めたスタッフが長く定着する傾向にあるという。「人を減らそう、という発想はないんです」と毛受は話す。狙いは省人化ではなく、現場の負荷を減らすことにある。
忙しい時間帯、「あれがまだ出ていない」「これ見に行って」といった声が飛び交うプレッシャーは、スタッフにとって大きな負担になる。naviCookの導入によってそうした確認作業が減り、生まれた余裕を、テーブルの様子を見に行くなどといった接客に振り向けられるようになったという。品質を正確に管理することが、結果としてスタッフの余裕を生み、お客様と丁寧に向き合う時間にもつながっている。
人手不足の時代に、スタッフが辞めずに長く働き続けてくれること。それこそが最大の人手不足対策だと担当者は語る。採用コストや教育コストをかけずに済むという実利だけでなく、長く楽しく働いてもらえる現場をつくることが、結果として品質にも定着する。
■ 現場の声から広がっていった、想定外の使われ方
導入が進むにつれ、開発チームが想定していなかったnaviCookの使い方が次々と生まれていった。
ある大手回転寿司チェーンでは、「食材の管理というより、工程を管理したい」という要望が寄せられた。ネタの仕込みには、塩漬け・酢漬けを経て数時間かけて仕上げる工程があり、漬け過ぎや作業忘れが課題になっていたという。この要望をもとに、炊飯の工程管理機能を応用し、より自由度の高い工程管理機能を新たに開発した。導入後、あるお寿司屋さんからは「絶対これ外さないで」と言われるほど、現場に定着しているという。
別の外食チェーンからは、食材の使用期限管理についての相談があった。ラベルプリンターで食材情報を印字し冷蔵庫で管理する運用を行っていたが、「貼って終わり」では期限切れに気づけないという課題があり、両者を連携させるアイデアが生まれた。プロジェクトの担当者が異動で不在になり一度立ち消えになりかけたが、ラベル機器メーカー側に直接持ちかけ、現在はメーカーと共に複数の外食チェーンへ展開が進んでいる。
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食材の使用期限管理設定画面
食べ放題形態の飲食チェーンでは、店内のできたて表示システムと連携させ、提供数の集計やホールディングタイムの管理に活用する開発も進行中だ。台湾のラーメンチェーンにも導入が広がるなど、海外への展開も始まっている。
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多言語対応の操作画面(英語・中国語表示)
「カスタマイズは基本的にしたくない」と毛受は言う。個別の要望であっても、他の店舗でも使える汎用的な機能かどうかを見極めた上で、標準機能として磨き上げていく。それが開発の一貫した方針だ。都内のカフェテリア「ナカノヤ」(運営:株式会社JINフードビジネスコンサルティング)でも、他の自社製品と組み合わせた導入が行われている。
■ 「売り切り」から「月額」へ
当初は初期費用中心の売り方だったが、現在は月額制のサービスモデルへと軸足を移している。メニュー配信やログの回収、モニター機能といった、クラウドを介した継続的なサービス提供こそがnaviCookの核になっているからだ。現場でクラウド機能を使い続けてもらうこと自体が、この製品の本当の価値になる。そう考えた末の判断だった。
■ 厨房から、その先の景色へ
現在、開発チームは3名という少数体制。営業活動も、当初は担当者自ら現場に足を運んで説明していたが、最近では営業部門にも「説明しやすく、提案しやすい製品」として浸透が進んでいる。
もちろん、課題がないわけではない。設定項目が多く、使いこなせていない店舗があることや、マッシュポテトのような一部メニューで工程管理をモニターにうまく反映しきれていないこと。また、タブレット操作のため、手袋をしていたり手が濡れていたり、油が付いていたりすると、一度で反応しないことがある。タイマーを止めるためにその場まで移動しなければならない点も、現場からは改善要望として挙がっているという。
今後の構想として挙がるのが、他の自社製品との連携だ。米の残量や炊飯の進捗といったデータを蓄積すれば、「いつ、どれだけ炊けばよいか」をシミュレーションするための基礎データにもなり得る。単体の機器から、厨房全体のオペレーションを支えるプラットフォームへ。鈴茂器工が見据えているのは、そんな景色だ。
「時間を測るだけの道具」から、「厨房の状況をログとして残し、活かしていく仕組み」へ。厨房の片隅にあった40個のタイマーとの出会いから始まった開発は、今も現場の「困った」に耳を傾けながら、厨房DXの新たな標準をつくり続けている。
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naviCook導入前後の厨房イメージ(Before/After)。
壁に貼られていたレシピ表や複数のタイマーがnaviCookに集約
【出典・関連リンク】
※1 東京商工リサーチ 東京商工リサーチ「2026年上半期『飲食業』倒産 過去最多の509件 居酒屋倒産が初の100件超、人手不足・物価高が課題」(2026年7月8日)
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1203032_1527.html
【鈴茂器工HP掲載 導入事例】
カフェテリア ナカノヤ/NYAcafe(株式会社JINフードビジネスコンサルティング)
https://www.suzumo.co.jp/testimonials/nakanoya
■参考:ご飯盛付けロボットFuwaricaの開発ストーリー
■参考:寿司ロボットの開発ストーリー
■会社概要
会社名:鈴茂器工株式会社
英文商号:Suzumo Machinery Co. Ltd.
所在地:東京都中野区中野4-10-1 中野セントラルパークイースト6階
代表者:代表取締役社長 谷口 徹
設立日:1961年1月
資本金:11億54百万円
事業内容:米飯加工機械、充填機械、包装資材及び寿司ロボット及び食品資材等の製造販売など
鈴茂器工企業HP https://www.suzumo.co.jp/
鈴茂器工企業HP (英語) https://www.suzumokikou.com/
鈴茂器工企業HP(北米向けサイト) https://suzumoamerica.com/
■食の「おいしい」や「温かい」を世界の人々へ
鈴茂器工は1981年、世界初の寿司ロボットを開発し、以来、米飯加工ロボットのリーディングカンパニーとして業界を牽引しています。世界90か国以上の寿司、おむすび、丼ものなど、様々な食のシーンで幅広く利用されています。寿司ロボットとご飯盛付けロボットにおいては、【世界市場】【国内市場】ともにシェアNo.1を獲得(出典:富士経済「2025年版 ワールドワイドロボット関連市場の現状と将来展望 サービスロボット編」寿司ロボット・米飯盛り付けロボット 販売数量・金額2024年実績)。第20回外食アワード2023(主催:外食産業記者会)を受賞するなど、業界でも注目を集めております。
人手不足が深刻化する飲食業界において、鈴茂器工は店舗業務の効率化に大きく貢献し、外食産業の課題解決に積極的に取り組んでいます。近年では、2024年に発売されたコンパクトシャリ玉ロボット『S-Cube(エスキューブ)』や、自動配席AIシステム『ARESEA(アレシア)』、2025年にはAI画像認識システム『Visレジ(ビスレジ)』など、革新的な製品・サービスの提供を通じて、飲食店のトータルソリューションを目指しています。
『食の「おいしい」や「温かい」を世界の人々へ』を掲げ、細分化する食に関するニーズをいち早く捉えて市場にご提案し、常に新しいフードビジネスを開拓する企業として躍進しています。
■企業公式SNS
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YouTube公式チャンネル(英語) https://youtube.com/@suzumoglobal3698
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