長野県松本市出身の前衛芸術家・草間彌生さんが8月14日、亡くなりました。過去の番組から、草間さんの功績や人柄をたどります。
(肩書、年齢、名称などは掲載当時のまま)
※「In Full Bloom-満開ー ~草間彌生の増殖する宇宙~」(2002年4月29日放送)より
国際的に評価される前衛芸術家、草間彌生さんの情熱溢れる創作活動と、その原点にある壮絶な歩みが注目されている。幼少期からの幻覚体験や精神的な苦悩を芸術作品へ昇華させてきた草間さんは、現在もアトリエで精力的な制作を続ける。横浜トリエンナーレでの展示から、故郷である長野県松本市の美術館に設置される巨大モニュメントの制作過程、そして単身渡米に至る初期の足跡までを追う。
■横浜で注目を集めた作品群
横浜港の運河パークでは、海面に浮かぶ2000個のミラーボールが波に合わせて揺れ、周囲の景観を映し出しながら漂っている。
この屋外展示作品『ナルシス・シー』は、世界を舞台に活躍してきた草間彌生さんが手がけた作品である。
横浜トリエンナーレのメイン会場であるパシフィコ横浜でも、観客を無限の空間へと引き込むミラールーム作品『エンドレス・ナルシス・ショウ』が人気を集めた。
国内外から参加した100人を超える作家の中でも、草間さんの作品は際立った存在感を示した。
■幻覚と闘い生み出す表現世界
東京・新宿区のアトリエで日々制作に没頭する草間さんは、幼い頃から部屋や自身の身体、全宇宙を網の目や水玉が埋め尽くす幻覚に悩まされてきた。
同一のイメージが執拗に反復する独自の世界は、強迫観念との絶え間ない戦いの中から生み出された。
「網の目を描いていると無限であり、いつの間にか手の上にまで描いている。網の目は私にとって宇宙」と、草間さんは語る。
描き続けることは、不安感や焦燥を癒やす “自己治療” の術であり、生死をかけた表現行為そのものであった。
長年暮らす病院の自室では、絵画のみならず著書の執筆にも力を注ぎ、すでに20冊以上の本を刊行している。
■故郷を彩る巨大作品の制作
近年、草間さんは大規模な野外彫刻の制作を精力的に行っている。
松本市に新設される美術館向けの野外モニュメントも、多数描かれたイメージスケッチから出発した。
チューリップをモチーフにした作品で、建築家の小瀧弘幸さんら専門家と協力しながら制作が進められた。
現場作業が行われた栃木県宇都宮市の鉄工所「大豊建鉄」では、高さ11メートルを超える巨大なチューリップ5基が、22トン余りの鉄を用いて組み上げられた。
現場を訪れた草間さんは自ら骨組みを確認し、鑑賞者の目線に合わせて花の向きを変更するよう指示を出した。
ポップで弾けるような色彩を施し、見る者を驚かせる作品を目指して微調整が行われた。
■日本を飛び出し世界へ挑む
1929年3月22日に松本市の資産家に生まれた草間さんは、少女時代から圧倒的な存在感を持つ絵画を描いてきた。
1951年の創造美術展に入選した『残夢』をはじめ、『無限の水玉』といった代表的なモチーフを確立し、国内美術界で新鋭として期待を集めた。
しかし、当時の日本美術界の閉塞感や男女差別に限界を感じた草間さんは、更なる飛躍を目指して海外への渡航を決意した。
「自分を投じて一緒に爆発したい」という強い情熱を抱き、1957年11月、28歳の時に単身アメリカ・ニューヨークへと羽ばたいた。
その挑戦の精神は、今なお色あせることなく作品の中に生き続けている。
