瀬戸内市邑久町でこの春、カキ漁師の見習いとして働き始めた元自衛隊員の男性がいます。生産の担い手が減少する中、期待を背負って歩み始めた男性を取材しました。

船から、かきいかだに乗り移る時は慎重に・・・。でも、まだまだいかだの上での作業には慣れません。かき漁師の修業を始めて3か月余りの佐々木一元さん(56)です。

(佐々木一元さん)
「暑い・・・」

佐々木さんは2024年に自衛隊を定年退職。第2の人生として子供の頃から憧れていた漁師の道を選びました。

(佐々木一元さん)
「成功するのも失敗するのも自分の責任。誰かと一緒に漁に出て誰かのせいにするのではなく自分でできるのが漁師の一番の魅力」

佐々木さんが訪ねたのが地元、大阪で開かれた、漁業への就業を希望する人向けの説明会。そこに初めてブースを出していたのが瀬戸内市の邑久町漁協でした。

邑久町虫明地区は岡山県一を誇る養殖カキの産地ですが、生産者の数が年々減少。担い手の確保が最重要課題となっています。

(邑久町漁協 松本正樹組合長)
「毎年2軒ずつの養殖漁業者が廃業している。外部の人に入ってもらい、新しい漁家(生産者)になってもらう。それを始めるために出展したフェアで 邑久に興味を持ってくれた佐々木さんが実習を始めた」

独立に向けての3年間の実習期間。この時季のメインの作業は、海に沈めてカキの幼生を付着させるためのホタテの貝殻の束作りです。穴を空けた貝殻を針金に通していく作業を早朝から昼まで続けます。

(佐々木一元さん)
「ひたすら。ほぼしゃべらず。数を数えているので(わからなくなる)。最初は苦労した」

そんな佐々木さんの指導係、「親方」を務めるのが。

「もうちょっと針金が短くてもいい」

(伊東聖二さん)
「3年経って独り立ちして、邑久町漁協の力になってくれたらありがたいと期待している」

カキ漁師の伊東聖二さん(50)。祖父がカキ養殖を始めた3代目で、漁協の理事も務める若手のリーダーです。海水温と塩分濃度の上昇でカキが大量死したのを受け、2025年12月、岡山県の伊原木知事が視察に訪れた時には。

(邑久町漁協 松本正樹組合長)
「聖二さん、聖二さん!ちょっといい?このカキを水揚げした漁業者」

漁業者で漁協の理事をしている伊東聖二さんです。

(伊東聖二さん)
「何十年もカキ養殖を見てきたが、こんなことはなかった」

生産者を代表して知事に窮状を訴えました。

邑久町漁協が外部から生産者を受け入れ、育成するのは初めてのことです。

「初めての試みなので、最初でこけないように慎重にやっている。僕は教えるだけであとは佐々木さん頼み。佐々木さんが上手にやって成功しれくれたら」

この日、伊東さんは作業の予定を急遽変更して船を出しました。高い水温の影響で例年よりかなり早く、カキの幼生が海の中を漂い始めたという情報が入ったのです。

「普段ならまだ沈めないが、いかだの角の一部だけ沈める」

幼生を付着させるためのホタテの貝殻の束を海に沈める「採苗」です。ただ、例年より2週間ほど早いこの時期に採苗するとリスクも大きいと説明します。

「今の時期に採苗したら少ししか付着せず、中途半端に成長して死んで、殻の口を開けて使い物にならなくなるので少し早い」

このタイミングで貝殻を全部沈める漁師もいますが、伊東さんはリスクを考え、全体の3割だけを沈める判断を下しました。ただこの後、幼生が全く取れなければ、7割が無駄になります。大きな賭け。判断は1人1人の漁師に委ねられます。

(伊東聖二さん)
「海の環境が変わり過ぎて、今までの常識が通用しない。何十年やっていても今は手探り。人間のできることは知れているので、いろんなことを試しながらやっていくことしかできない。失敗してもいいから、とにかくやる」

難しい判断を求められる漁師の厳しさを目の当たりにしました。

(佐々木一元さん)
「ふらふらです」

(佐々木一元さん)
「(伊東さんは)何でも分からないことを教えてくれる。優しい。顔は怖いけど」
(伊東聖二さん)
「僕らが不思議に思わないことも不思議に思い、細かいことまで質問してくる。勉強熱心な方」

邑久町でカキ漁師として生きる道を決めた後に発生したカキの大量死。乗り越えるためのノウハウを親方から学び、独立した後の目標があります。

(佐々木一元さん)
「自衛隊の後輩で、邑久でカキ漁をやりたい人がいれば、呼んできて一緒にできる環境を作っていきたい。そうすれば邑久の漁師も増えると思うし、将来的に良いと思う」

一人前の漁師を夢見る佐々木さんと漁師の減少を食い止めたい漁協の思いがマッチしてスタートした取り組み。成果が出るのは、3年後です。

岡山放送
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