長野県佐久市出身のプロレスラーが2025年、45年続く実家の人気ちゃんこ料理店に「里帰り」。父親は元幕内力士の「大鷲」で、プロレスを続けながら両親が築いた味と歴史を受け継ごうと「二足のわらじ」を履き奮闘している。
“二足のわらじ”料理人×レスラー
佐久市の人気ちゃんこ店「相撲料理 大鷲」。
「相撲料理なので、豪快さが売り」と、厨房で具材をたっぷり盛り付けるのは、店主の伊藤平さんの長男・大鷲透さん（49）。
慣れた手つきだが、透さんには料理人の他にもう一つ顔がある。
それは、2025年、デビュー25周年を迎えた「プロレスラー」。
「二足のわらじ」を履き奮闘している。
父は元幕内力士「大鷲」
「大鷲」は1980年創業。「大鷲」のしこ名で大相撲で活躍した元幕内力士・伊藤平さんが引退後、地元の佐久市で開いた。
平さんが力士時代の1975年に生まれた透さん。父と同じ力士を目指し、高校を2年で中退して17歳で角界入り。現在の高砂部屋に入門し、1993年、「朝伊藤」のしこ名で初土俵を踏んだ。
しかし、ひざのじん帯を切る大けがを負い1999年、23歳の若さで引退。
大鷲透さんは「19歳で大きいけがをして、それでも4年ほど頑張ったんですけど、これ以上ここにいても自分の未来はないなと感じてしまった。その時はもう『家業を継ぐか』という気持ちで引退しました」と振り返った。
プロレスラー「大鷲透」としてデビュー
ちゃんこ店を継ごうと父親のつてで都内の日本料理店で修業しようとしたが、その入社式当日に退職したという。
透さんは「『あれ、俺なんでここ来ちゃったんだろう』とふと思ってしまって、『すいません、自分の夢はここにありません』と言って、入社式で辞めちゃったんですよ。自分のやりたいことって何だろうって考えた時に、子どもの頃、プロレスが好きだったんです。リングで戦っている姿がめちゃくちゃかっこよくて、自分もああなりたいなっていうのが幼心にずっとあって」と語った。
小さいころから憧れていた「プロレスラー」。
すぐにメキシコに拠点を置く団体に入門し、父のしこ名にあやかった「大鷲透」のリングネームで2000年にデビューした。
実家に戻り“兼業レスラー”に
以来、さまざまな団体に参戦し、人気レスラーとなった透さん。デビュー25周年の今年、ある決断をした。
6月の試合終了後、観戦していた母・徳子さんをリングに呼んだ。
透さんは「17で家を出て、相撲界に行って、プロレスに行って親孝行も全くできなかったけど、これから近くで一緒に頑張っていきましょう。きょうは来てくれてありがとう」と感謝を伝え、母と握手した。
実家に戻り、「ちゃんこ店」との「兼業レスラー」になると宣言した。
32年ぶりの「里帰り」
きっかけは2年前の頸椎損傷の大けがだった。
透さんは「首を折った瞬間、手足に力が入らなくて立ち上がることさえできなかったので、自分自身のことより、親の面倒をどうしようというのが本当に一番最初にパッとよぎって。（店のことが）自分の心の中にどこかしらにあるんだろうなと」と話した。
7月、拠点を置いていた都内から佐久市に32年ぶりの「里帰り」。サイドメニューの仕込みやちゃんこの盛り付けなどを担当しながら両親が守ってきた伝統の味を学んでいる。
「今までやってきた仕事と全然違う部分があるので、なかなか思うようにいかない部分もあるんですけど、なんとか。子どもの頃から育った家なんで、なんやかんやで染み付いている部分がある」と手際よく具材を並べていった。
母「継いでくれてうれしい」
鶏肉や豚肉、野菜など具材は10種類以上。
45年続く味を求め多くの客が訪れている。
母・徳子さん（75）：
「うれしいんだけど、プロレスが好きだから、かわいそうかなって思ってみたり」
大鷲透さん：
「ずっとデビューしたときから『辞めろ、帰ってこい』って25年間言い続けて、最近こんなこと言い出すようになってきたんですよ」
母・徳子さん（75）：
「今は後継者がいなくて商売をやめてしまう人もいるので、後を継いでくれることはうれしい」
地域に密着した“ご当地レスラー”に
ただ、プロレスラーとしてもまだまだ第一線で活躍中。
10月13日は小諸市総合体育館で地域活性化を目的に開かれた大会に参戦した。
透さんは「お店に反映させないといけないので、そういう意味でも気が抜けないというか、いつも以上に気合を入れていきたい」と意気込んだ。
料理人からプロレスラー・大鷲透に。
出場したのは6人タッグマッチ。持ち前のパワーを生かした攻撃で会場を沸かせる。
連携攻撃も決め、パートナーの勝利をアシストした大鷲さん。地元の観客を盛り上げた。
観客は「生で見てすごく迫力があって、ファンになりました。ちゃんこの方もよく行くので、両方、お店もプロレスも頑張ってもらいたい」、「けがしちゃうとお店も大変だと思うので、けがしないように、おいしいものを届けてもらいたい」とエールを送った。
透さんは「地元なんですけど、あんまり応援されなかった気がするので、まだまだだなと。地域に密着した“ご当地レスラー”として、もっと応援されるように頑張りたい」と意気込みを述べた。
“2足のわらじ”履き奮闘
プロレスラーとして、そして、45年続くちゃんこ店の「後継ぎ」として、大鷲さんの「二足のわらじ」での奮闘が続く。
大鷲透さんは「お店を幅広く広げていくためにも、プロレスのファン、相撲のファン、いろいろなところから『大鷲』を目当てに来てくれたらうれしい。どっちも中途半端になってダメにしてしまうのが最悪なパターンだと思うので楽しみながらやって、皆さんにもお店に来て喜んでいただく。そういう店づくりができたらいいなと思っています」と語った。
