特集は信州の学校文化です。長野県内ではほとんどの学校で図書袋が活用されていますが、これほど普及している県は珍しいそうです。取材してみると、始まりは70年ほど前にさかのぼり、本を大切に扱う心を育む信州ならではの「図書教育」が背景にありました。

■小学生が使う「図書袋」

長野県松本市の開智小学校。図書室を訪れる児童が必ず持っているものがあります。

開智小 図書委員長:
「図書袋です。借りた本をこの中に入れて持ち帰ったり」

肩掛けスタイルの「図書袋」。借りた本を教室や自宅に持ち運ぶための専用バッグです。

開智小 図書委員長:
「手ぶらで本を持ったりすると本が傷ついたりしてしまうので、中に入れて本を大切に、本をカバーするって感じ」

学校では入学後、各家庭に「図書袋」の用意を依頼しています。形は「肩掛け式」で大きさや柄は自由です。

開智小 図書委員:
「小学生が使いやすい感じにされてあるから、とっても大切だと思います」
「普通に持ち帰るより安全だと思うし、なにより本を大切にしようという気持ちが芽生えるので、とてもいいと思います」

■県内のほとんどの小学校で使用

松本市では全ての公立小学校で使用。全県でもほとんどの小学校で使っているとみられます。

一体なぜ、いつから使われるようになったのでしょうか。

街の人に聞いてみると。

安曇野市(20)・松本市(19):
「(図書袋使ってました?)うわ~!なつかしー」
「使ってました!」
「絶対、6年間連れ添ったね、ボロボロ」
「年季入って」

長野市(10代):
「使ってました。迷彩柄の、いかにも小学生って感じのやつです」

松本市(30代):
「当時好きな漫画があって、それをよく借りて持って帰ったことがありますね」

松本市(小学生):
「図書館行くときは、いつも使ってます」

富士見町出身(40代):
「子どもたちと同じように、肩掛けのふたが付いてるタイプの、母の手作りのを使ってました」

佐久市(80代):
「子ども(現在50代)に作って持たせていたと思います。手作りっていうのは親の思いがあるから、子どもさんもうれしいんじゃないでしょうか」

「図書袋」にはそれぞれ、いろんな「思い出」があるようです。

しかし、県外出身者に聞いてみると。

北海道出身(40代):
「図書袋?いや、使ったことないかもしれないですね」

大阪出身(20代):
「聞いたことないですね」

■信州特有の文化

「図書袋」は信州特有の文化なのでしょうか?

国内で最も古い学校の一つ、旧開智学校を訪ね、学芸員の遠藤正教さんに話を聞きました。

国宝旧開智学校校舎・遠藤正教さん:
「県内でこれだけの学校が同じように図書袋を使っているのは、かなり珍しいのかなと思います。長野県は図書袋に関してはかなり独特というか、変わった県なのかもしれないですね」


■昭和30年代に広まったか

数年前から信州の「図書袋」について調査を始めた遠藤さん。1955年・昭和30年の資料に「図書袋」につながる記述を見つけました。

(「県図書館協会」の会議の記録)
「貸出の際、風呂敷または新聞紙に包んでやる例が示されたが、これなどは物心両面において好ましい方法と思われる」

これは教師や司書などが集まる「県図書館協会」の会議の記録。当時、学校図書は公費ではなく運営費を家庭から徴収しているケースが多かったといいます。貴重な本をいかに大切に扱うかについて、どう子どもに伝えるかが課題でした。

国宝旧開智学校校舎・遠藤正教さん:
「何かに包んであげた方が破損対策にもなるし、子どもたちの教育にもいいんじゃないかという意見が出始めた時期というふうに見えますので、昭和30年ごろに図書館の本を包むというのが始まったのかなというふうに考えています」

7年後、昭和37年の会議の記録には。

(会議の記録)
「図書袋を購入して使わせているので、比較的紛失破損が少ない」
「子どもたち自身が、本を大切にしようとする心構えを持つよう指導することが大切である」
「袋の購入は学校側で作り、それに図書利用に際して必要な道徳を標語にして刷った」

「図書袋」に関する記録が増え、昭和30年代に県内の学校に広まったことが推測されます。

国宝旧開智学校校舎・遠藤正教さん:
「いろんな先生方や関係者の方が、いかに本を大切にしようかという、検討というか話し合いの中で生まれたものなのかなっていうのが分かって。(信州は)やはり昔から、先生たちの自主的な活動などが、すごく盛んだったというのが一つあるのかなと思います」

■かつての「母親文庫」が影響したか

また、県内では「母親文庫」という図書館が本を母親に貸し出しグループで回し読みする活動が盛んでした。

その際、すでに、「図書袋」が使われていて普及に影響を与えたと考えられます。

国宝旧開智学校校舎・遠藤正教さん:
「母親が本を読んでいると、子どもも本を読むきっかけになることが多かったと思いますし、本を大切にするとか、本を読むっていう風土、風潮をつくるのは大きかったのかなと思います」

■形状も時代とともに変化

図書袋の形状も時代とともに変化してきました。

展示されているのは1971年・昭和46年、開智小の「図書館だより」。紙製の図書袋を廃止し、布製の袋を準備するよう各家庭に求めています。二つ折りにして両サイドにつけたひもで結ぶ形です。

これが4年後のお便りでは「筒状」に。

1984年・昭和59年になると現在もお馴染みの「肩掛け式」に変わっていました。

平成に入ると松本市内の多くが「肩掛け式」を準備するよう示しています。

国宝旧開智学校校舎・遠藤正教さん:
「県の方針で『図書袋こうしましょう』ではなくて、先生方の考え方、各学校の方針でやっていたようですので結構、学校によってばらつきがありますね。交通安全の観点から、登下校中に手をふさがないよう肩掛けタイプに移行していったと思います」

■図書袋専門ブランドも登場

長い時間をかけ、各地の先生などが熱心に取り組んだ結果、浸透していった図書袋。こうした歴史に魅せられた人がいます。

松本市内で洋裁教室を営む田川恵理子さん。4年前に図書袋専門ブランド「松本図書鞄」を立ち上げ、オリジナル商品の販売を始めました。

興味を持ったきっかけの一つが、たびたび図書袋の修理依頼を受けていたこと。丈夫さにこだわりました。

E.ソーイングガーデン・田川恵理子さん:
「帆布を使っているところがまず一番のこだわりです。しっかり機械で、ギュッと目を詰めて織ってあるので非常に丈夫であると。それを二重にして仕立ててあるというところですね」

次女・ひかるさん(小6)も愛用しています。

次女・ひかるさん:
「(使い心地はどう?)気持ちいい」

E.ソーイングガーデン・田川恵理子さん:
「何歳になっても使える色柄、デザインであるということも、かなりこだわって作りました」

今後も図書袋の販売や教室を通して信州の伝統文化を伝えていきたいとしています。

E.ソーイングガーデン・田川恵理子さん:
「図書を重んじる心がこの土地にはあったから、生まれてきたものだと言えるのではないか。普遍的に変わらない部分があるって、すごくすてきなことだなって思うので、文化として認識することで残していける。そこを認識できるようなきっかけにしていきたい」

■本を大切に思う心を育む

70年前から続く図書袋の文化。

国宝旧開智学校校舎・遠藤正教さん:
「本は自分の世界を広げてくれるというか、いろんなことも知れますし、(信州の)歴代の人が本を大切にしてきた、その証しの一つとして、図書袋が今こうやって根付いている。これからもたくさん本を読んだりとか、本を大切にする気持ちが広がっていけばいいなというふうに思います」

長野県の「図書袋」は本を大切に思う心を育む教育文化として今も受け継がれています。

長野放送
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