「We need RIDE SHARE!」Tシャツに刻まれたメッセージを川邊健太郎氏(LINEヤフー代表取締役会長 以下、川邊氏)が叫ぶ。

川邊健太郎氏(LINEヤフー代表取締役会長)
川邊健太郎氏(LINEヤフー代表取締役会長)
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スタートアップ業界イベント「B Dash Camp 2024 Spring in Sapporo」のセッション「国内ライドシェアの発展にスタートアップはどのように貢献できるか!?」では、ライドシェア分野で活躍中のスタートアップと川邊氏による熱いディスカッションが繰り広げられた。その一部をレポートしたい。

日本版ライドシェアの現在地

はじめに、セッションの司会を務める川邊氏が日本の移動交通課題の概況と日本版ライドシェアの位置付けを紹介した。

まず、タクシー運転手数とインバウンド客の推移が示された。
日本のタクシー運転手の数は2010年からの12年間で約40%、人数にすると16万人減少したという。タクシー運転手の有効求人倍率は全産業平均の3.2倍に対して4.13倍となっており、運転手不足も深刻だ。

一方で、コロナ禍以降のインバウンド客は右肩上がりで増えており(2023年実績2500万人、2024年予測3310万人)、2030年に6000万人のインバウンド客を受け入れるという政府目標から考えてもタクシー運転手が圧倒的に不足していることは明らかだ。

このタクシー運転手数の減少とインバウンド客の急激な増加によって移動難民が増え、移動のハードルが高くなっていることを踏まえ、日本版ライドシェアが解禁されたという経緯と日本におけるライドシェアの現在地を次に説明した。

日本版ライドシェアは「タクシーが不足する地域・時期・時間帯を指定して」一般ドライバーが自家用車を使って有料で客を運ぶサービスのことで、2024年4月に運行が開始された。運行主体がタクシー会社であること、地域・時期・時間帯が指定されていることなどがいわゆるUberのようなピュアなライドシェアとの大きな違いだ。

2024年4月に運行が開始されたばかりの日本版ライドシェアではあるが、運行主体が既存のタクシー会社であり、ライドシェアを運行できる車両数がタクシー会社の保有車両数に依存する点、地域・時期・時間帯が指定される点などの課題がある。移動難民の根本的な解決にはピュアなライドシェアが必要との声があり、政府においてもピュアなライドシェアが運行可能になる「新法」の議論が進んでいることを示した。

障がいを経験し移動の障壁をなくす事業へ

続いて、パブリックテクノロジーズの青木大和氏(代表取締役 CEO 以下、青木氏)がライドシェア分野での取り組みや参入の背景を語った。

青木大和氏(パブリックテクノロジーズ代表取締役CEO)
青木大和氏(パブリックテクノロジーズ代表取締役CEO)

青木氏は自社の事業について、「過疎地や公共交通施設が成り立っていないエリアを対象に自治体ライドシェアを4年ほど運営しています。人口の規模で言うと10万人以下の街、日本においては1200から1300の自治体が該当します」と説明した。

青木氏は後天的な障害により足に麻痺があると明かし、「移動の自由がなくなったことをきっかけに、その障壁を取り払っていきたい」との思いから4年前に創業したという。障がい者だけではなく、高齢者の移動の障壁も無くしたいとのことだ。

二種免許も取得し7年前からライドシェア参入を検討

次にグリーで取締役や事業統括本部長を歴任し、その後メルカリにおいてメルカリの日本事業を統括した青柳直樹氏(newmo CEO 以下、青柳氏)が自社での取り組みや参入の背景を紹介した。

青柳直樹氏(newmo CEO)
青柳直樹氏(newmo CEO)

青柳氏:
私自身は7年前の2月に二種免許を取得し、いつかライドシェアに参入しようと思っていましたが、当時はまだ政策の議論が進んでいなかったこともあり、参入には至りませんでした。ただ、昨年北海道に来てジンギスカンを食べに行く際にタクシーが呼べないという経験をして「やっぱりやらなきゃいけないんじゃないか」と思ったところで政策の議論も本格化し「これは事業者側でリスクを取ってやる人が必要だろう」と思ったときに「それは自分なんじゃないか」と考え、今年1月に会社を設立しました。

創業の背景はユーザー目線から

青木氏は障がいを後天的に負ったことで移動の障壁の高さを実感し、その障壁を取り払うために創業した。青柳氏は自身が移動難民となった際に日本における移動のハードルの高さを実感し、その改善のために創業した。両氏の創業の背景に共有するのはいずれもユーザー目線が発端となっている点だ。

さらに青柳氏は取得済みの二種免許を活用し、実際にタクシー運転手としても勤務し、ユーザー(乗客)だけでなく、働き手(運転手)としての目線もしっかりと把握したうえで事業に取り組んでいた。サービスを「ユーザー」と「働き手」という2つの視点から考える、そして、そのそれぞれを当事者として体験したうえでライドシェア事業に挑む青柳氏の覚悟を感じた。

青柳氏:
私は事業を2つの視点、今までやってきたメルカリにおいては「売り手」と「買い手」という2つの視点で考えてきました。今回のライドシェアにおいては「ユーザー」と「働き手」という2つの視点で考えており、前者に対しては移動の選択肢を増やしたい、後者に対してはドライバーの地位を高めたいと考えています。

実際に先月大阪で一日だけタクシードライバーとして働いた際に、病院から老人ホームに帰るおばあちゃんを乗せたのですが、凄く感謝されました。「新人さん、頑張ってね」と言って最後まで手を振ってくれたんです。こういう体験をして「これは凄くいい仕事だな」、「皆さんの生活にとって凄く重要な部分を担っているドライバーの方の地位もちゃんと高めていきたいな」と感じました。

規制と向き合うポイント

社会問題となっている白タク対策を含むライドシェアに関する法整備の必要性などを議論した後に、規制改革推進会議の委員でもあるモデレーターの川邊氏に対して青柳氏から質問が出た。その質疑の際に語られたのはやはり「ユーザー目線」を持つことの大切さであった。加えて、「規制と向き合うポイント」についても言及があり、川邉氏はそのポイントを以下の2点とした。

1点目は規制緩和を働きかける側に「私心がないこと」、「我田引水しないこと」
2点目は規制緩和後にちゃんと事業をやってくれる人たちがいるのか?ということ

1点目、規制緩和を働きかける側に「私心がある」、「我田引水する」気配があると関係各所からの協力が得られにくくなるため「私心がない」「我田引水しない」という点が重要だ。川邊氏は規制改革推進会議の委員を務めるが、これは会社とは関係なく、一個人としての活動であり、川邉氏は「私心なく取り組んでいる」と言い切った。

2点目は規制緩和が進んだとしてその分野で実際に事業を行う事業者が存在しなければ意味がないという点だが、ライドシェアは今回登壇した2社にようにスタートアップが既に事業に取り組んでおり、その下地は出来ていると言える。

また、登壇した3氏はセッションの最後に世論の後押しの必要性も訴えた。政府は6月をめどにライドシェアの全面解禁に向けた方向性を示すとしており、ここからの1か月は重要な期間となる。一人ひとりの声が集まって一つの大きな声になることで規制緩和の後押しとなる、その点を3氏は強調した。私心なく規制緩和に取り組む川邉氏と、ユーザー目線で移動難民の削減を目指す青木氏、青柳氏の取り組みがどのように実を結ぶのか引き続き注目していきたい。

最後の質疑応答は以下の通り。

青柳氏:
会場の皆さんも気になっていると思うのですが、川邊さんがライドシェアに関する活動をするモチベーションはどこにあるのでしょう? なぜやっているのですか?

川邊氏:
ひとえに「ユーザー目線」ですね。私自身がタクシーのヘビーユーザーなのですが、だんだんタクシーが拾えなくなってきた。そして決定打として急な夕立でタクシーが拾えず、私が一番尊敬している浅田真央さんのアイスショーに大遅刻するという事件が起きまして、「これはおかしい」「こういう目に合っている人たちがいっぱいいるはず」だからユーザー目線で変えなければならないと思ったわけです。タクシーだって、国交省だってこの移動難民の問題を何とかしようと思って頑張っていることは間違いないが、やっぱり私はユーザー度外視が過ぎると思っている。

青柳氏:
実際にこの1年ほど、いわゆる岩盤規制に立ち向かっている訳ですが、手応えはいかがですか?

川邊氏:
1年でだいぶ変わってきたという感覚はありますね。ポイントは2つで、1つ目は「私心がない」「我田引水」しないことだと思っていまして、ライドシェアの規制緩和に関しては私は「私心なく」取り組んでおります。2つ目は規制緩和後にちゃんとやってくれる人たちがいるのか?という点です。ですからスタートアップの皆さんがライドシェアをやっていただくことはめちゃくちゃ重要ですし、何かを変える新しい勢力が必ず必要となると思っています。

青柳氏:
この熱は伝播しますね。私も政治家の方から「まだ規制は何も変わっていないですよ、それでもやるのですか?」って去年言われたのですが、私は「メルカリ辞めてやります」って言いました。そうするとやっぱり「ほんとにやったね、じゃあちょっと見捨てられないね」という風に思っていただける人が増えたのを感じています。

左から青木氏、川邉氏、青柳氏
左から青木氏、川邉氏、青柳氏

川邊氏:
今日はライドシェアの話でしたが、皆さんが何かスタートアップして取り組んでいる分野に規制の問題、そして岩盤的な構造問題がある場合に、今日のお話が一つの処方箋になるのではないかと思います。

青木氏:
本当にここから6月中旬くらいまでにかけて一番大きく変わるタイミングだと思っています。国交省、政府の答申に対しての意見書に皆さんの声を書き込んでもらうこと、それが一つの大きな声となって政府や世論が変わっていく瞬間にいると思います。皆さんにもぜひ後押しいただきながら、この変わる瞬間を一緒になって進めて行けると嬉しいです。

川邊氏:
今、青木さんが言われたように皆さんの世論の後押しをぜひいただきたいですし、規制緩和がされたらプレーヤーとして活躍していただきたいなと思います。そしてまた1年後にここで答え合わせをしましょう。

海老根大
海老根大

フジ・メディア・ホールディングス経営企画局所属。電気機器メーカーを経てフジ・メディア・ホールディングス入社。新規事業開発や投資・経営企画を担当。フジテレビ経営企画局、フジ・スタートアップ・ベンチャーズ兼務。茨城県出身。