古くから続いてきた韓国の“犬食”に、転換点が訪れた。
2024年1月9日、韓国国会で、いわゆる“犬食禁止法”が可決された。法案の柱は、食用を目的とした犬の飼育・流通・販売などを禁じる内容で、施行は3年後の2027年だ。違反すれば、最長で3年の懲役や罰金が科される。
この法案について、犬肉を扱う業者らは「もし可決されれば、飼育犬200万匹を放つ」と脅迫するなど、猛抗議してきた。こうした過激な反発もある中、犬食の法規制が実現した背景には、韓国における空前のペットブームと“愛犬家ファーストレディー”の存在があった。
路地裏で残る犬肉食堂 今も約1600軒
2023年7月、日本の「土用の丑(うし)」の日にあたる「伏日(ポンナル)」の際、ソウルのある犬肉料理店は高齢男性らでにぎわっていた。韓国で犬肉は滋養食として「補身湯(ポシンタン)」と呼ばれるスープ料理で食べることが多い。

1988年のソウル五輪などの折には「野蛮だ」と国際世論の批判にさらされ、専門店は閉店や路地裏への移転を余儀なくされた。ただ当時は、犬食への韓国世論の抵抗感は薄く、法規制までには至らず、現在も犬肉を扱う食堂は約1600軒、食用犬の飼育農家も約1150軒、流通業者が約220社(韓国政府・与党の集計)と数多く残っているという。
愛犬家の増加で「NO犬食」が浸透
だが、ここ数年で韓国国民の犬食に対する意識は、ガラリと変わった。
2022年8月に世論調査会社・韓国ギャラップが発表した調査によると、直近1年間で犬肉を食べたことがある人は8%にとどまり、2015年の27%から大きく減少した。また、犬肉を食べることは「良くないと思う(64%)」が「良い(17%)」を4倍近く上回り、犬食を否定的に考える人が増えた。
この意識変化の背景にあるのが、愛犬家の増加だ。
韓国では、全世帯の4分の1にあたる約602万世帯(2023年)がペットを飼っていて、その数は増加している。この状況に深刻な少子化も相まって、2023年の第1~第3四半期における販売量は“ペット用”ベビーカーが、初めて“幼児用”ベビーカーを超えたという。
愛犬にも豪華な“オマカセ”料理を…予約殺到
ペットブームに伴い、愛犬に思う存分ぜいたくをさせようという動きも活発だ。
2023年12月、ソウル東部にオープンした「パピーラウンジ」は、愛犬に“オマカセ”料理を出す店だ。実は韓国では、シェフの腕に任せて料理を提供してもらう“お任せ”が、日本食人気の高まりとともに定着。日本語の発音そのままの「オマカセ」が韓国で広がった。そうした豪華な“オマカセ”料理を愛犬にも与えようというコンセプトだ。

店は完全予約制。人も食べられる素材で作ったという最上級の飼料で、前菜・メイン・デザートとコース料理が振る舞われる。アレルギーのある犬には、牛肉ではなくカンガルーの肉を提供するなど、徹底した“愛犬ファースト”で客をもてなす。店内では、高級ブランド『グッチ』が手がけた133万ウォン(約14万6千円)のドッグウェアを無料でレンタルすることもできる。

“オマカセ”の価格は、小型犬の場合8万8000ウォン(約9500円)、大型犬だと10万8000ウォン(約1万2000円)。我々の食事代と比較しても非常に高価だが、週末だけでなく平日の予約も毎日入り、引き合いが強いという。
韓国では近年、愛犬を「ペット」ではなく「伴侶動物」と呼ぶことが一般的で、家族の一員との意識が浸透している。パピーラウンジのチェ・ソンア代表は「愛犬を家族と思うなら惜しまず何でもしてあげたいはず。栄養価の高い食べ物を与え、一緒に幸せな時間を過ごせるようにした」と話した。
「犬肉禁止法」…別名「キム・ゴンヒ法」
また、今回の“犬食禁止法”には、金建希(キム・ゴンヒ)大統領夫人が影響を及ぼしたとの評価も多い。金夫人は愛犬家として知られ、「動物虐待のシーンを見ると3~4日眠れない」と話すほどだ。

2022年6月、金夫人は初のメディアインタビューで「犬の食用を止めなければならない」と発言したのを皮切りに、その後も各現場で犬食の終息を訴えた。2023年12月には、オランダの動物保護財団との席で、「犬の食用禁止は尹大統領の約束」と述べていた。

金夫人の意向に呼応するように、犬食の法規制に向けた動きは本格化した。与党『国民の力』は犬食禁止法を“キム・ゴンヒ法”と称して法案成立を推進し、野党も応じた。
1月9日に行われた国会本会議の採決で「反対」は0票だった(賛成:208票、反対:0票、棄権:2票)。
廃業支援に1000億円超…犬肉業者らと政府の議論激化か
しかし、犬肉を扱う業者らの反発は根強い。
2023年には「(“犬食禁止法”が)もし可決されれば、大統領府があるエリアなどに飼育犬200万匹を放つ。集団切腹をしようという話も出ている」とまで言及していた。

彼らは、飼育犬1匹あたりの年間所得を40万ウォン(約4万4千円)とした上で、廃業補償として5年間分の200万ウォン(約22万円)を求めている。食用目的で飼育されている犬は約52万匹(2022年2月時点)で、補償額の合計は1兆ウォン(約1098億円)あまりとなり、飲食店などへの補償も追加されれば、その額は倍以上に膨らむ可能性もある。
今回の法案には業者らが転業・廃業した場合、運営資金などを支援するとの内容も盛り込まれたが、具体的な計画は定められていない。ソン・ミリョン農林畜産食品相は、業者らが要求する補償水準について「過度だ」との見解を示していて、今後、韓国政府と業者らとの間で激しい議論が予想される。さらに今後は、食用目的で飼育されてきた犬をどのように保護・管理していくかも課題となる。
法律が施行される2027年、韓国の犬食を巡る光景は果たしてどう変化しているのか。引き続き注目したい。