全国的に後を絶たない母親による赤ちゃん殺害事件、その背景を探る2人の医師がいる。「こうのとりのゆりかご」などの取り組みを続ける慈恵病院の蓮田健理事長と、精神科医の興野康也医師だ。2人の活動を追った。

証言台に立つ産婦人科医・蓮田理事長

2023年9月、熊本市西区にある慈恵病院の蓮田理事長が向かったのは愛媛県。自ら産んだ赤ちゃんを殺害した罪に問われた被告の裁判で、弁護側の証人として出廷するためだ。

蓮田理事長はこれまで、予期せぬ妊娠に直面した女性と向き合う中で、あることを感じていた。

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慈恵病院・蓮田健理事長:
驚きましたのは、赤ちゃんの遺棄殺人をしてしまった女性と、ゆりかご(赤ちゃんポスト)内密出産の女性は、背景や特性の一致点が多い。孤立を深めていると思う

33歳の被告は2022年4月、愛媛・新居浜市の竹林で赤ちゃんを出産して水路に放置し、殺害した罪に問われた。

「なぜ小さな命を奪うことになってしまうのか」「理由や背景を知ることで悲しい事件を減らしたい」そんな思いで蓮田理事長は弁護士会を通じて被告に連絡し、保釈中に慈恵病院に迎え入れた。

なぜ、自分たちを頼ってくれなかったのか…。

被告は「赤ちゃんポストや内密出産の名前は知っていたが、どういう機能になっているかは知らなかった」と話したという。

精神科医・興野医師「防げた事件」

裁判での証言活動は、もう1人の医師と行っている。精神科医の興野康也医師だ。

精神科医・興野康也医師:
本人のせいではない。生まれ持った病気や家族背景の課題とか、生きづらさが積み重なって、その最終結果として赤ちゃんを殺してしまったわけです。本人だけが悪いのではなくて、社会の側ももうちょっと手を伸ばすべきだったのではないか。そうしたら十分防げた事件だと思うので、そこを伝えたい

人吉市の精神科病院「人吉こころのホスピタル」で、興野医師は常勤医として診療に当たる一方で、自ら地域に出向いて住民からの相談にも耳を傾ける。

精神科医・興野康也医師:
精神科は一般科以上に受診していない人が多く、受診のハードルも高いし、病気だと自覚もしにくいので医療につながりにくい。病院で待っているだけだと精神科の医療は成り立たないので、地域の心配な所に出掛けていく

興野医師はこの日、市町村からの依頼で社会福祉士などと連携し、認知症の高齢者の自宅に出向き、また産業医として企業を訪問した。

自らを「地域のよろず医者」と話す興野医師の思いは、慈恵病院の蓮田理事長と共通している。

精神科医・興野康也医師:
僕がしているのは、精神科医療の中で手が届かない方に踏み出して支援したい。蓮田先生がしているのは、産婦人科医療の手の届かない受診してくれない方に、何とかできないかとされているので似ているんです

被告の母親の共通点「神経発達症」

興野医師は精神的課題を持つ妊婦の支援をした経験から、孤立出産に至る女性にも同じような傾向があると感じ、蓮田理事長の依頼でこれまでに赤ちゃん遺棄事件6件について、母親の精神鑑定を行った。その結果、全員が神経発達症を抱えていた。

神経発達症は脳の働きに特性があることで、見通しを立てた行動やコミュニケーションが 苦手などの症状があり、知的発達症やADHDなどが含まれる。知能指数の平均値は85以上115以下、知的発達症の診断を受けるのは70以下だ。

興野医師は、彼女たちの症状はそのはざまにある境界知能、いわゆるグレーゾーン、もしくは軽度であると指摘。そのため受診や支援につながらず、生きづらさを抱えたまま事件になり、興野医師の検査によって初めて発覚したのだ。

精神科医・興野康也医師:
気づかれない。性格としてしか見られない。単なる怠け者、欲望に走っているとなってしまう。孤立出産の女性の裁判は社会の助けの手の乏しさを検討しないと意味がない。女性がやったことは悪いことだと立証するだけなら表面的な議論です

愛媛の事件の被告も「軽度の知的発達症」と診断され、裁判官などからの質問に答えられず、たびたび黙り込む場面もあった。

2人の医師はそれぞれ証言台に立ち、「被告は優先順位をつけるのが苦手で、問題を先送りしがち。妊娠を誰にも相談できないケースが多い」など背景を述べた。

それぞれの立場で見る“社会の課題”

被告への判決は求刑6年に対して懲役4年、知的発達症の背景が考慮された。

慈恵病院・蓮田健理事長:
陣痛が来て、解決策が見いだせないから先送りしているうちに、本当に生まれる前の陣痛になってしまって、次はどうするかとなったときに次の行動が分からない。その結果、こうなってしまったということは、彼女たちを陣痛が来る前に保護しないといけないと思う

精神科医・興野康也医師:
罪を減らしてほしいとは全然思っていない。本人だけが悪いのではなくて、支援を提供できなかった精神科医療はどうなのか、学校はどうなのか、職場はどうなのか。みんな反省すべき点はあると思うし、そこに注目した方が同じような事件が再発しない。正直、我々をあざ笑うように似たような事件が起きていて、減っていく気配を感じない。我々の打っている対策は的を射ていないと思う。一番大事なポイントを外しているから同じような事件が繰り返し起こる

事件の被告になって初めて明らかになる、特性や背景。慈恵病院の蓮田理事長は「裁判での証言活動を通して、陣痛が来る前に保護する“内密出産”の必要性を再認識した」と話す。

また、精神科医の興野医師は「“相談して”と言われてもSOSを出せない人がいる。精神科の学校医の配置など根本的な支援が必要」と話した。

2人の医師は悲しい事件を防ぐために、今後も活動を続けたいとしている。

(テレビ熊本)

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