首相は「さまざまな」意見を聞くのが好き
予算が衆院を通過し、水曜から参院の予算委で審議が始まったのだが、最も面白かったのは立憲民主党の辻元清美氏が岸田文雄首相の口癖の「さまざまな」をイジッた場面だった。辻元氏は「さまざまな議論とか、さまざまな意見、と首相が言う時は大体ごまかす時」と述べて「さまざまな」を封印するよう求めた。

だが岸田氏の答弁は「えーっと、さまざまな、失礼。さまざまって言っちゃいけなかった。ごめんなさい、はい、この10年間を見ても(中略)、さまざまな議論が起こり、あっ、えーと議論が行われてきました」と、ほとんど漫談のようであった。

僕はこういうやり取りが嫌いではないのだが、「わざわざ国会でやることか」と怒る人もいるだろう。
さて林芳正外相が水木の国会日程のためG20外相会合を欠席した。理由は「首相と全閣僚出席の基本的質疑は重要度が高い。外相から直接答えを聞きたい議員や国民も多い」(世耕弘茂・自民党参院幹事長)、「予算委のスタートで外相が存在しないのは考えがたい」(岡田克也・立憲民主党幹事長)ということだった。
53秒のためにG20欠席
ただ、今国会のメインテーマは「子ども」と「防衛」なので、外交の質問って出るのかなあと半信半疑だった。水曜の審議では前述の「さまざまな」問題をはじめ、「これ国会で聞くことかな」という質問は結構あったが、林氏の答弁は7時間の審議中1回だけで53秒しかなかった。木曜も音喜多駿・日本維新の会政調会長が「なぜG20に行かないのか」と聞いた程度だった。

結論から言うと林外相はG20に行っても国会の審議に全く問題はなかった。
「G20に出席しても官僚が書いた紙を読み上げるだけだから副大臣でもいい」と言う人がいるのだが、そんなこと言うなら日米首脳会談だって同じだ。中には言い忘れたり、言う時間がなくなることもあり、事務方同士が紙を交換してお互いが言ったことにする。公式発言とはそういうものだ。
ただ日米首脳会談でもG20でも、外交においては公式発言以外の「ふれあい」が大事なのだ。相手の選挙のこととか、地元とのこととか、ちょっとしたおしゃべりをきっかけに関係は構築される。ハグもすれば、ケンカすることもある。貸し借りもできるようになる。今回はあんた泣いてくれよ、とか。だから外交の場には必ず本人が行かなければいけない。行かないと国益を損なうのだ。
言ってることとやってることが違う
特に今年は日本がG7の議長国なので、5月のG7広島サミットから、9月のG20ニューデリーサミット、12月のASEAN東京特別サミットにつなげていくと岸田氏周辺は言っていたのに、言ってることとやってることが全く違う。

日本は我々が考えている以上に世界の中の「大国」である。中国やロシアなど「民主的でない」国家も集まるG20には行って「存在」をアピールしなければいけない。
開催地のインド政府は林氏の欠席について冷静なコメントを出しているが、インドの地元紙は「日本の信じられない決定」「日印関係に影を落とすかもしれない」などと警告している。つまりインド人は怒っているということだ。

今回、野党が反対したから行けなかったというならまだわかるのだが、自民党があまり熱心に行かせようとはしなかった、というのはかなり深刻な話だと思う。もう一つ、首相のリーダーシップが見えなかったこともよくない。岸田氏が「いや、林さんには行ってもらいたい」とひとこと言えば済む問題ではないのか。
安倍晋三元首相が唱えた「地球儀を俯瞰する外交」は、安倍政権で5年近く外相を務めた岸田氏との二人三脚によるものだったのに、このままではそれが壊れてしまうのではないか。
岸田氏は音喜多氏の質問に対し欠席の理由を「国内での公務の日程、内容などを総合的に勘案した」と説明している。おそらく「さまざまな」意見を聞いて欠席にしたのだろうが、たまには「さまざまな」意見を聞くのはやめて、自ら決断しなければダメだと思う。
【執筆:フジテレビ上席解説委員 平井文夫】