黒人男性死亡・動画拡散 数日で手がつけられない状態に
「こんなのニューヨークじゃない・・・」わずか2カ月半の間に、思わず同じ言葉が頭に浮かんだ。
2カ月半前は、「人が歩いていない、活気を失った大都会」を見てそう思ったが、いま、目の前に広がるのは、真逆の光景だ。
割られた窓ガラス、放火、ソーシャル・ディスタンスが全くない“密”状態でのデモ行進、そして怒号。
この大きなうねりの正体は、何なのだろうか。

5月25日、ミネソタ州ミネアポリス市で、黒人男性ジョージ・フロイドさんが、地面に伏せさせられた状態で、白人警察官に首を押さえつけられ、死亡した。フロイドさんは、食料品店で発生した偽造小切手事件の通報を受け駆けつけた警察官に容疑者として取り押さえられた。その際、フロイドさんが抵抗していない様子や、首を押さえられたフロイドさんが「息ができない」と助けを求めている場面が映像でとらえられ、またたくまに全米に拡散した。

逮捕にあたって、白人警察官が暴力的な扱いをしたのは、フロイドさんが黒人だからではないか、という批判が噴出し、翌日には抗議デモに発展。FBIも捜査に乗り出し、地元警察は“異例のスピード”で白人警察官を殺人の疑いで逮捕・訴追した。
デモは瞬時にミネソタ州内外に拡大した。地元メディアによると75の都市で発生し、一部は暴徒化した。ミネアポリス市警察の建物が放火されたり、CNN本社も襲撃された。ホワイトハウス前でもデモ隊が警察と衝突、ロサンゼルスでは店に火がつけられ、棚からは商品が略奪された。逮捕者は少なくとも4100人、夜間外出禁止令は40以上の都市(1日現在)に上る。アメリカは、たった数日で、「手がつけられない状態」に陥っている。

CHANELの窓も粉々・・・路上のゴミ放火も
ニューヨーク市も同様の事態が起きている。警察車両が燃やされたり、SOHOと呼ばれるファッションエリアで、たくさんの店舗に被害が出ていた。あのCHANELの窓ガラスも割られ、修復作業が急がれていた。まもなく外出自粛が解かれ、小売店もいよいよ再開、というときに、ダブルパンチである。
五番街でも警察を非難する落書きが至る所に書かれていた。高級ブティックは夜の襲撃に備え、店の外壁をベニヤ板で防護する工事が急ピッチで進められた。

夜になると、路上に出されたゴミに火がつけられ、白い煙がもくもくと立ち上っていた。消防車が到着し、ホースで放水する。付近にはマンションもあり、燃え移っていたらと思うとゾッとする。そのすぐ横で、警察官とにらみ合う100人近いデモ隊が、挑発的な言葉を叫んでいた。まさに騒然、緊迫。2カ月半、ひっそりと静まり返っていたニューヨークは、そこにはなかった。
こんなの、ニューヨークじゃない。でも、なぜこんなことになったのか。

「これは6年前のプラカードよ」繰り返す”米国の闇”
私は5月30日と31日の週末、ニューヨーク市内のデモを数カ所取材した。いずれも、日が出ているうちは、暴力的な行為に発展することはなかった。しかし、驚くべきはその人数である。数千人はいただろうか。ソーシャル・ディスタンスという概念はここにはない。
浮かんだ疑問がある。
ニューヨークでは現在も、スーパーの行列には2mの間隔をとっているし、いまだテイクアウトしか認められていない飲食店では、「事前予約しか受け付けないので、店頭に入らないで」という店も多い。それだけ“密”に敏感になっていたはずのニューヨーカーだが、感染リスクは怖くないのだろうか?
「みんなマスクしているし、デモに参加して訴えることの方が重要だよ」という男性もいれば、別の黒人男性は苦笑しながら答えてくれた。
「そうなんです・・・難しい問題なんです。僕たちの意見を主張しないといけないし、でもソーシャル・ディスタンスは取れていない・・・正直なところ、僕も正しい答えを知りたいよ」

ニューヨーク州のクオモ知事は31日、「コロナで2カ月半ロックダウンが続き、ストレスがたまり、解雇など厳しい状況になっていて、フロイドさんが死亡したことでストレスが加速されたこともあるだろう」と、抗議活動が大きくなった理由を分析した。しかし、加速された怒りの、そもそもの根源はなんだろうか。
黒人の参加者に聞いてみると、「また起きてしまった」というのが、実感のようだ。
2014年、ニューヨークで黒人男性エリック・ガーナーさんが逮捕される際、白人警察官に“絞め技”を使われたことにより窒息死した。同様の事件は、アメリカでは多発していて、そのたびに「人種差別は消えていない」と問題になり、大規模なデモが発生している。
デモの合い言葉は、おもに2つ。
「Black lives matter=黒人の命だって大切だ」
「I can’t breathe=息ができない」(フロイドさんが亡くなる直前発した言葉)

ハーレム地区で行われたデモに参加した女性も「息ができない」と書かれたプラカードを手に持ち、怒りをあらわにした。
「このプラカードは、2014年に作ったもの。エリック・ガーナーさんも、今回のフロイドさんも、『息ができない』と言って亡くなったの。当時のデモで使っていたものをまた使用したわ。今回の事件、全く驚かない。また起きてしまった。そしてまた起きるわよ」

トランプ大統領は1日、各州の知事に州兵の動員を求め、拒否すれば連邦軍を投入すると宣言した。暴力的な行為は許されないし、何より、事件に無関係の人や店舗が襲撃されているのは看過できない。しかし、暴徒化した一部の人々を除き、多くの市民が抗議活動に突き動かされたのは、黒人が逮捕の際に白人警官によって死亡させられるという “アメリカの闇”が繰り返されたためだろう。
まずは一刻も早い事態の沈静化が急務だが、デモを力でねじ伏せようとすれば、対立がさらに激化する恐れがある。人種差別の悲劇を断ち、6年前に作られたプラカードに、再び出番がないことを祈っている。
【FNNニューヨーク支局 中川眞理子】
【撮影:トシオ・ムローズ】