“東北勢初”となる仙台育英優勝に沸いた今年の甲子園。

「青春は密」3年間コロナとの戦いを強いられた高校生に贈った仙台育英・須江航監督(39)の言葉は大きな反響を呼んだ。

立ちはだかる逆境を勝ち抜いた球児もいれば、その陰でコロナ禍によって翻弄(ほんろう)された球児もいた。そんな知られざるもう一つのドラマがあった。
ベンチ入りの過半数が体調不良で決勝を辞退
それはこの夏、甲子園悲願の初出場を目指していた奈良県立・生駒高校に起きた出来事だった。

普段は楽しく、そして野球は真面目にー
「打倒私立」を合言葉に相手を分析する独自の戦術で勝ち進み、この夏“生駒旋風”を巻き起こす。

奈良大会準決勝で勢いに乗る生駒は“私立二強”の一つ智辯学園に逆転勝利し、初の決勝進出を決める。決勝の相手は全国優勝3回の強豪・天理高校。

生駒高校・野球部主将/外野手 熊田颯馬(3年):
決勝戦は天理高校さんに勝って甲子園に行こうっていう気持ちで全員いました。
夢の甲子園出場まであと1勝。
“打倒天理”へー
士気も最高潮に高まる中、生駒を悪夢が襲う。エースとしてチームを引っ張ってきた北村晄太郎はこう証言する。

生駒高校・投手 北村晄太郎(3年):
(智辯学園に勝った日の)夜中2時くらいに体が熱くて次の日(7月27日)に病院に行って、コロナ陽性と出て…ショックでした。それでキャッチャーの篠田に言ったら「俺もコロナや」と。

生駒高校・4番/捕手 篠田莉玖(3年):
僕だけだと思ってたんですけど、だんだん人も増えていってっていう感じです。
決勝前日。野球部のグループLINEには、発熱の症状を訴える3年生のメッセージが次々と飛び交う。ベンチ入り20人のうち12人が体調不良で決勝を辞退した。
試合中止は免れた決勝戦だが、スタメンはコロナにかからなかった3年生4人を除くと経験の浅い選手5人。
先発ピッチャーには公式戦で登板経験のない1年生が上がるという緊急事態となった。
決勝前夜、熊田選手が仲間に送ったメッセージ
奈良の森に響く快音は天理のバッターのものばかり…力の差は歴然だった。
それでも、キャプテンの熊田颯馬はチームを鼓舞し続けた。
実は決勝前夜、熊田は「もうここまできたら、やるしかないってさ!元々強すぎる相手やし、20点取られてもどったことないで。(~省略~)最後の夏やりきろや」とチームメート全員にメッセージを送っていた。
どんなに点差が開いても、キャプテンの言葉に応える選手たちの姿がそこにはあった。
それでも近づく生駒の夏の終わりー
9回ツーアウト。甲子園の夢が破れた瞬間、思いもよらぬ光景が…
勝った天理は甲子園出場の喜びを表すことなく、すぐに整列して生駒ナインと握手。
実は、この試合の前、天理のキャプテン・戸井零士はこんなことを考えていた。

天理高校・主将/遊撃手 戸井零士(3年):
生駒高校さんのつらい思いもあると思うから、勝ってもマウンドに集まって喜ぶのはやめようって。
ゲームセット目前の9回ツーアウト。戸井は自らタイムをかけ、チームメートにその思いを伝えた。
天理高校・主将/遊撃手 戸井零士(3年):
すぐに「分かった」と納得してくれたので、自分としてはすごくうれしかったです。
そんな思いがあったから、ゲームセットの瞬間、天理は歓喜の輪を作らなかった。

生駒高校・野球部主将/外野手 熊田颯馬(3年):
集まりたかったと思うんですけど、僕らへの心遣いをしてくれて…「ありがとうございます」とまず思いました。

天理高校・野球部監督 中村良二(54):
勝ち負け以上って言うんですかね。スポーツマンとして、みんながたたえられた瞬間だったのかなと思いましたね。
「天理と生駒で戦った夏やで!」
夢舞台・甲子園でもその続きがあった。
天理の試合では、アルプススタンドに生駒から贈られた横断幕が掲げられていた。
一方、天理は生駒の選手を甲子園に招待した。
さらに、天理の大城志琉から生駒の熊田にはこんなメッセージが。

「天理と生駒で戦った夏やで!」

天理高校・外野手 大城志琉(3年):
野球をやっているからつなげられた仲間だと思っている。
そして友情物語の最終章。
天理の中村監督がベストメンバーでの再戦を持ちかけたのだ。

生駒高校・監督 北野定雄(63):
起こらないことが起こってしまっている…けれども、そのおかげでこうして人のつながりというのが深くなっていっている。(再戦に)「ありがとうございます」とすぐ答えました。
コロナにより、多くの主力を欠いた決勝から1カ月半。生駒がベストメンバーで天理に挑む特別な舞台。

天理高校・主将/遊撃手 戸井零士(3年):
奈良県では自分たちが一番強いというのを証明したいと思います。

生駒高校・野球部主将/外野手 熊田颯馬(3年):
(天理高校は)野球が強いだけではなく、素晴らしい人格の選手たちだなと思いました。最後、全力プレーで笑って野球したいなって思います。
生駒高校・野球部主将/外野手 熊田颯馬(3年):
(チームメートと円陣を組んで)心ひとつにつないでいきましょう!

“再試合”は逆転につぐ逆転の好ゲームに
9月11日、秋の始まりに行われた“夏の再試合”
奈良県で行われた生駒高校と天理高校のフルメンバーでの特別な一戦の舞台は、地方予選決勝と同じ佐藤薬品スタジアムだった。
コロナで決勝に出場できなかった生駒高校のエース北村投手の母・智子さんはー

北村投手の母・智子さん:
(奈良県大会決勝は)私は一階のテレビで、子どもは二階で自分のスマホで別々に見ていました。「なんでウチの子はここにおらへんのやろ」っていう…「今日で区切りつけなあかん」と思っているところです。
選手たちだけでなく、保護者にとっても特別な高校生活最後の試合。


生駒の先発マウンドに上がったのは北村投手。
仲間たちの好プレーにも背中を押され、天理打線を打ち取っていく。


支え続けてくれた母、そして共に戦う仲間のため力いっぱい投げきる。
北村投手の母・智子さん:
最後は笑って終われたらいいなと思っています。
エースの力投に応えたい生駒。

「0対1」と1点ビハインドの6回。2番・矢野郎士選手が同点となるタイムリー三塁打を放つと、さらに打席には熊田選手が入る。
決勝ではフルメンバーで戦えず、チームを鼓舞し続けたキャプテン。
フルスイングした打球はボテボテのショートゴロとなるも、全力疾走で送球よりも先に一塁を駆け抜けセーフの判定。執念でもぎ取った逆転のタイムリー内野安打。「2対1」と1点の勝ち越しに成功する。


しかし、相手は奈良の王者・天理。
すぐ裏の攻撃で4番・内藤大翔選手が同点の1発をレフトスタンドにたたき込む。

3塁手前ではその内藤選手が生駒の選手と“ハイタッチ”する心温まる場面も…

同点に追いついた天理はそのあとすぐさま勝ち越しに成功する。

“勝者も敗者もない” 試合後に魅せたのは…
あの日果たせなかったフルメンバーでの真剣勝負は大接戦になった。
生駒の1点ビハインドで迎えた最終7回。ツーアウトを簡単に奪った天理の選手たちがここでマウンドに集まる。

あと、1アウトで高校野球生活のすべてが終わるー
最後はセンターフライで試合終了。
天理が3対2で生駒との“再試合”に勝利した。
あのときできなかった天理高校の歓喜の輪。

とそのとき、生駒の選手たちも輪の中に入ってくる。


勝者も敗者もなく、そこにあったのは一生ものの絆だった。

天理高校・主将/遊撃手 戸井零士(3年):
すごく楽しい試合でした。「最後は全員で集まって喜ぼう」って(仲間に)伝えました。自分たちが集まったら生駒高校さんも来てくださったので、そこは気持ちが“つながっていた”と思います。

生駒高校・投手 北村晄太郎(3年):
“一生の宝物”です。(母に)精いっぱいプレーしている姿がしっかり見せられたかなって思っています。「野球をやらせてくれてありがとう」と伝えたいです。

「最後の最後“心をひとつ”にできた」

生駒高校・野球部主将/外野手 熊田颯馬(3年):
(コロナで)バラバラの時もあったんですけど、最後の最後に全員一体となって“心をひとつ”というスローガンをまっとうできたかなって思います。

試合後、生駒高校・北野監督は「ここまで成長してくれて本当にありがとうございます」と挨拶。その後、ひとりひとりの選手と握手を交わしていた。


甲子園という夢舞台を奪った新型コロナウイルス。
けれども、そんな悲劇があったからこそ、生まれた“たったひとつ”の友情物語が確かにあった。
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