ムッシュかまやつ氏の「弟分」 コロナに感染 NYでの最期
ムッシュこと故・かまやつひろしさんと談笑する長髪の外国人男性。2015年に東京・渋谷で撮影された写真だ。彼の名はアラン・メリル。アメリカ・ニューヨーク出身の伝説的ミュージシャンだ。

アランさんは、ジョーン・ジェット&ブラックハーツやブリトニー・スピアーズがカバーし、世界的に大ヒットした名曲「アイ・ラブ・ロックンロール」のオリジナル作者として知られる。母は「帰ってくれてうれしいわ」などジャズのスタンダードナンバーで日本でも多くのファンを持つヘレン・メリル。
70年代には日本にも活動の場を広げ、かまやつさんと「ウオッカ・コリンズ」というバンドを結成、グラムロックを日本に広めた。アランさんは、かまやつさんの才能と人柄に魅了され兄のように慕っていたという。
3月29日、アランさんはこの世を去った。享年69。自宅のあるニューヨークで新型コロナウイルスに感染し、検査を受けられないまま自宅で重症化。ようやく集中治療室に運ばれた直後に息絶えた。
「典型的なロックンローラーだけど優しい人だった」
かまやつひろしさんの息子で、子供のころからアランさんと親交のある、ピアニスト・シンガーのTAROかまやつさんは突然の死に当惑しながらも、その人柄を私にこう話してくれた。
父のかまやつひろしさんが亡くなった時も、アランさんは、すぐ東京に駆けつけTAROさんの前で号泣したという。
「夫は一人で死ぬのか」妻が綴る「医療崩壊」の現実
ロックと日本を愛したスターの最期は「医療崩壊」の渦に巻き込まれた悲惨なものだった。
アランさんの娘が投稿したSNSには、妻のジョアンナさんが記した壮絶な状況が綴られていた。
アランさんがインフルエンザのような症状を発症したのは亡くなる2週間ほど前。ジョアンナさんは当初からコロナ感染を疑ったが、アランさん本人は「何でもないことを騒ぎ立てている」と話し、自分が感染したとは考えていなかった。しかし、病状は急速に悪化し、ジョアンナさんは「彼の体調がどんどん悪くなるのを見守るしか術がなかった」という。
何枚毛布を重ねても悪寒が収まらず、ついに呼吸困難に陥り、ジョアンナさんは救急車を呼んだ。ジョアンナさんは同乗が認められず、その後、病院から「これから検査をするがコロナ陽性とわかるまでは集中治療室には入れない」と連絡が入った。
結局、病院到着から10時間以上すぎて、アランさんは陽性と判明。しかし病院側から「肺の状態が悪く機能しておらず、間もなく亡くなるだろう。集中治療室にはもう移せない。」と告げられる。ジョアンナさんが「彼は一人で死ななければならないのか」と医師に尋ねると、医師は「さよならだけは言えると思います」と答えた。
病院に駆けつけたジョアンナさんは、警備員と押し問答の末、病院に入ったものの、中は大混乱で、病院側の言うことも二転三転した。医師に会い「容体が回復したので集中治療室に移れるかもしれない」と言われたジョアンナさんは、「早く移してください」と何度も懇願。アランさんは病院到着から14時間が経過した深夜2時30分にようやく、集中治療室に移されることになった。
疲れ果てて一旦自宅に戻ったジョアンナさん。そこに医師から電話があり、「アランさんは亡くなった」と知らされた。
「彼は死ぬ間際まで病院にも行けず、ようやく病院に行った後も集中治療室に入れず、14時間も待たされ、弱り果てていった。もし(もっと早く)集中治療室に入れていたらこの病気と闘えたかもしれない」
ジョアンナさんはこう無念の思いを綴った。濃厚接触者のジョアンナさんも検査は受けられないまま、アランさんがいなくなった自宅で「一人悲嘆にくれながら、自己隔離に入っている」という。
ジョアンナさんは「私は同情が欲しいわけではなく、この病気の真の姿と、この国がいかに準備不足かを皆さんに伝えたいのです」と訴えている。

重症患者が瀕死の状態で運ばれても、受け入れる集中治療室がない。医療現場は混乱し、命が選別され、助けられないと判断されれば患者は放置される。ジョアンナさんの手記にはニューヨークで起きた「医療崩壊」の壮絶な実態が描かれている。
「東京もこうなる。死んじゃだめだ」と言われている気がする
医療崩壊に巻き込まれたアランさんの最期について、TAROかまやつさんは「助かる命も助からなくなる。そういう中でなくなったのは悔しい、残念。」と無念の思いを語る。
そして「東京もニューヨークみたいになるから気をつけるんだ。おまえは絶対死んじゃだめだ、とアランに言われている気がする」と話す。
多くのミュージシャンが現在、活動の制限を余儀なくされ、TAROさんもコロナ阻止のために「Stay at home」を実践している。

父のかまやつさんが亡くなって以来、TAROさんは常々「向こうの世界ってどうなっているんだろう」と考えるようになったという。
「オヤジはアランに『ヘイ!はやりの死に方したな』と声をかけて2人で笑っているんじゃないかな。そう思わないと耐えられない」
TAROさんはこう話し、ロックをこよなく愛した伝説のミュージシャンを偲ぶ。
【執筆:FNNロンドン支局長 立石修】