皆さんは「ヘビににらまれたカエル」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
カエルは天敵であるヘビの前では動かなくなることから、恐怖で体がすくみ身動きできない様子を比喩的に表現したもので、世間一般では萎縮している、尻込みしているというイメージだ。

だが、このカエルとヘビのにらみ合いに新説が唱えられた。実は、カエルは身動きできないのではなく、あえて“動かない”とみられることを、京都大学の研究チームが発見し、3月10日、国際学術誌「Canadian Journal of Zoology」に研究結果が掲載され話題となっているのだ。
 

「先手」はカエルとヘビどちらにも不利となる

一体、どういうことなのだろうか?
研究チームの報告によると、カエルはヘビと対峙するとまずは静止して、ヘビが襲い始めるか一定の至近距離に近づいてからようやく逃げ始める。この行動はヘビの接近や攻撃の先手を許すことから、生き残る可能性を低下させるものとして考えられてきた。

しかし、体格的には有利なヘビもすぐに襲うわけではなく、接近はするものの静止している時間が多い。そのため両者が対峙すると、膠着状態になることが多いという。

これまでは、捕食者と被食者が対峙したとき、先手を取った側が有利であると一般的に考えられてきたが、この認識のもとでは説明のつかない行動をとっていたため、研究では、室内で「トノサマガエル」と「シマヘビ」を対峙させ、ビデオ撮影で両者の動きを分析した。

シマヘビの攻撃を避けるトノサマガエル(提供:自然科学研究機構基礎生物学研究所・西海望研究員)
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そうしたところ、トノサマガエルは逃げるためには跳躍する必要があるが、跳んでから着地までの進路を変更できない特徴があるため、シマヘビに動きを読まれて捕まる恐れがあることが確認された。一方でシマヘビも、咬みつきの動作を始めると進路を途中で変更できず、その動作で体が伸びると再び体を折り曲げてからでないと、移動できないことも確認された。

そのため、シマヘビは先手を打って咬みつこうとしてもその攻撃が避けられると、その後しばらくはトノサマガエルを追うことができなかったという。この時にシマヘビが動けない時間は約0.4秒だが、自然環境ではこれだけの時間があれば、トノサマガエルは周辺の水場などの安全圏に逃げこめるとのことだ。

つまり、トノサマガエルとシマヘビ、どちらも先に動くと不利になってしまうというのだ。

にらみ合うシマヘビとトノサマガエル(提供:自然科学研究機構基礎生物学研究所・西海望研究員)

こうした背景から、カエルはヘビの前で身動きできなくなっているのではなく、あえて後手に回ることで生き残る可能性を探っていること、またヘビもあえて後手に回ることでカエルを逃さないようにしていることがそれぞれ示唆されたという。

そしてこうした状況が、結果的に両者のにらみ合いにつながっているともいう。

この結果は人々に驚きを与えたようで、ネットでは「剣士・格闘家同士のぎりぎりの戦いだったのか」「後の先を取り合ってたのか…侍かよ」などと、ヘビとカエルをたたえる声もある。
※後の先…剣術用語の一つ。後手に回ることで効果的な反撃をしかけること。

興味深い内容だが、なぜこのような研究をしようと思ったのだろうか。
研究代表である、自然科学研究機構基礎生物学研究所の西海望研究員にお話を伺った。
 

両者が動きを止める現象を動物行動学で説明できていなかった

――どうして「ヘビとカエルのにらみ合い」を研究しようと思った?

捕食者の被食者の駆け引きに対する新たな解釈の可能性があったからです。ヘビとカエルは典型的な食う・食われるの関係にあり、そのこと自体は世間でもよく知られていますが、実際の様子がどうなっているのかしっかりと調べられてはいませんでした。

特に、両者が対峙して動きを止めるという現象は、動物行動学の既存の考え方では十分に説明できるものではありませんでした。他方で、武道やスポーツにおける戦法をうまく取り入れることで、この現象を戦術的な観点で説明できる見込みがあったため、捕食者と被食者の戦略や理論に新たな視点を提起できる可能性がありました。

 

――トノサマガエルとシマヘビで研究したのはなぜ?

シマヘビとトノサマガエルは食う・食われるの関係にあり、実際ににらみ合いの構図が生じることを確認できていたからです。また、身近に存在する種であるため、野生個体を調達したり野外観察したりしやすいことも理由に挙げられます。
 

草むらで気配を消して数時間ビデオ撮影することも

――研究結果が出るまでの過程を詳しく教えて。

研究結果は3年間、室内実験と野外観察で収集したデータを基にしています。報道発表にもありますが、室内実験ではヘビとカエル、どちらにとっても先手が不利となることが確認できました。しかし実験装置内の空間は狭く、最終的にトノサマガエルはシマヘビに捕まってしまうので、この実験はあくまで動き出しの時点での有利不利を見るものでした。そのため、トノサマガエルが有利なスタートをきれても、本当に逃げ切れるのかは分かりませんでした。

そこで室内実験と並行し、自然環境でシマヘビとトノサマガエルの攻防の様子を確かめました。これが野外観察で、方針としてはまずシマヘビを見つけ、それを追跡し続けます。そして、このシマヘビが運良くトノサマガエルと遭遇したら、両者の攻防を撮影するというものです。

シマヘビは人の前ではまず捕食行動を行わないので、観察の間はシマヘビに気づかれないようにしないといけません。暑い日差しの中、気配を消し続けて、数時間シマヘビを追う必要がありました。それでも捕食の場面にはなかなか出会えず、2カ月の間全く成果がないこともありました。

この調査を3年間(季節は春から秋まで)続けた結果、シマヘビとトノサマガエル、両者の攻防の観察データをある程度集めることができ、トノサマガエルが後手に回って得られる有利さが、逃げ切る上で重要であることが確認できました。

ヘビやカエルはあぜ道の近くに潜んでいることが多いという(画像はイメージ)

――トノサマガエルは約0.4秒あれば、自然環境で逃げられるとあるが?

シマヘビは田んぼの周囲の“あぜ道”に沿って移動し、トノサマガエルはそのあぜ道にいることが多いです。トノサマガエルの逃避行動は一瞬でなされるため肉眼では何が起きたか分かりにくいものでしたが、撮影していた映像を解析すると、約0.4秒あれば安全圏といえる、田んぼ、用水路、茂みなどの中に逃げ込めていることが確認できました。シマヘビはその後しばらくの間、トノサマガエルが逃げこんだ場所の近くにいましたが、やがて他所へ移動していきました。
 

生物進化のメカニズム解明に貢献できるのでは

――にらみ合ったまま動かずにいるのは、意識的に行われている?

意識的に行われているかどうかは分かりません。ただ、トノサマガエルは至近距離では実際に逃げていることから、動けないわけではないと言えます。同様にシマヘビも至近距離で襲いかかっていることから、動けないわけではないと言えます。それにも関わらず、両者ともに動かないというこの状況からは、両者が能動的に動かずにいることが示唆されます。

 

――にらみ合いはどのくらいの距離で、どの程度続く?

室内実験では、50~100センチの距離で対峙させていましたが、そこからシマヘビは徐々に距離を詰めていき、両者の距離が5~10センチほどになるとどちらかが先に動き出します。対峙させてから動きがあるまで、長いときは1時間ほど、平均すると約10分の時間がかかります。
 

――この研究結果はどのような分野で役立てられるの?

捕食者と被食者は、相手に打ち勝つように共進化していく関係にあり、また食物連鎖の基本構造を成すものでもあります。今回の研究成果のような知見を積み重ねていくことで、生物進化のメカニズムや生態系の理解に貢献できると考えられます。
 

とぼけた表情をしているようで、実は生き残る戦術を考えているのだ(画像はイメージ)

日常では見逃してしまいそうなカエルとヘビのにらみ合いには、実は高度な戦術が隠れていた。「ヘビににらまれたカエル」という言葉はもしかすると、戦いを有利に進めるべく相手の動き出しを待っている状態に使われるべきなのかもしれない。
 

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