4年連続で気づいた変化

2011年3月11日に発生した東日本大震災。あの未曾有の大災害から10年目に入った。そして、福島第一原発の事故によって続く被害も10年目となる。

いまなお避難指示が続く地域は7市町村にのぼり、福島県によると4万人以上が避難生活を余儀なくされている。

多くの人を苦しめた福島第一原発。

東京電力では、廃炉の進捗状況を直接見てもらう必要があるとして、地元住民や学生、海外有識者などに対して一部視察の受け入れを行っている。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、3月中はそれもすべて中止になった。

視察中止の措置がとられる前の2月7日、筆者は日本記者クラブ取材団の一員として現場へ入った。福島第一原発の敷地内に入るのは4年連続となる。そこで見た変化などを伝える。

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代表撮影
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「ひとつひとつ心を込めた物づくり」?

福島第一原発の敷地内に着くと、まずは身分証明書のチェックと静脈認証による本人確認が行なわれる。「国際テロ情勢に伴う警備強化実施中」と書かれた看板のあるゲートに並ばされ、何度も細かくチェック。入所前の検査態勢はこれまでよりもさらに厳しくなったように感じた。

取材団全員のチェックが終わるとバスに乗り、大事故を起こした1-4号機を見下ろす高台へ向かう。この場所は、除染やアスファルト整備が進められたことで、2018年11月からマスクも手袋も不要な場所となっている。

バスを降りて眼下を眺めると、爆発による被害の面影を強く残していた1号機屋根からガレキがかなり取り除かれるのが目についた。

そして、その横にそびえるように立っていた120メートルの排気筒は切断されて少し短くなっていた。老朽化による倒壊の恐れがあるため、解体工事を急いで進めているのだという。

また、2号機の3号機の間にあった工事現場で見られる分厚い鉄板が舗装道路に変わっていた。

燃料の取り出しが完了した4号機は、作業員の姿も見当たらず静かだった。

ガレキが減った1号機建屋と短くなった排気筒(代表撮影)

去年と比べてみれば、確かに作業は進んでいる。

しかし、今でもむき出しになった鉄骨や折れ曲がった配管が目立つ無残な姿であることは変わらない。建屋の近くにいる作業員たちは防護服に身を包んでいて、すべてが安全な場所ではないことを物語っている。

手つかずの場所も多い(代表撮影)

全体を見渡していて、2号機のそばに横断幕が掲げられていることに気づいた。そこには、こんな風に書かれていた。

「決心せよ!今日一日の無災害 ひとつひとつ心を込めた物づくり」

心を込めた物づくり、なのだろうか…?この言葉には強い違和感を覚えた。

過酷な状況下で廃炉作業に取り組む作業員たちに敬意は払っているし、放射性物質飛散防止カバーや地下水の流れをせき止める凍土壁など、もちろん色々と「つくって」いることも知っている。

しかし、今やっている作業はどれも「マイナスの状況をゼロに戻す」こと。たどり着く先は廃炉だ。これだけ大勢の人が必死になって「最終的には何も作り上げない」ことへ向かっているのだ。

大勢の作業員がきょうも奮闘している。しかし…(代表撮影)

上限80マイクロシーベルトで取材中断

そんなことを考えていると、「ピー!ピー!」と周囲からけたたましい電子音が鳴った。

構内に入る際に記者団ひとりひとりに渡された線量計だ。積算線量が20マイクロシーベルトを超えると鳴るように設定されている。高台に来て取材を始めてから9分、その値を超えたのだ。

胸のX線集団検診が1回で50マイクロシーベルト、東京―ニューヨーク間を飛行機で移動した際に自然界から受ける被ばく線量が100マイクロシーベルト程度なので、心配するほどの数値ではない。

ただ、1回の取材における被ばく上限値は100マイクロシーベルトで、80マイクロシーベルトの被ばくが確認された時点で取材を中断し、すみやかに退構しなければならない決まりになっている。

80マイクロシーベルトの被ばくが確認されると取材中断となる(代表撮影)

1人目の線量計が鳴ってから、そのまま現場取材を続けること6分。

ピー!

今度は自分の線量計が鳴った。ほぼ同じ場所で取材をしているのだが、建屋とのほんの少しの距離の違いや風向きなどで積算線量には取材団の中でも差異が出るようだ。

空間線量をリアルタイムで表示しているモニターの数字を構内で見つけて書き写したところ、敷地のほとんどが毎時1~10マイクロシーベルトと落ち着いている一方で、今も燃料の取り出しが終わっていない1号機から3号機の周辺は、毎時110~800マイクロシーベルトという高い数値が赤色で強調されていた。

お互いの距離は、数十メートル程度。建屋の内部に進めば当然もっと高い数値が出る。放射性物質は目には見えないが、現場作業にも、取材にも、慎重さが求められることを改めて痛感した。

撮影禁止エリアで書き写した取材メモ。四角で囲まれた数字は原子炉建屋(□号機)、周囲の数字は空間線量(単位マイクロシーベルト/時)。

リミットは2022年夏

敷地内をバスでさらに進むと、タンク群が現れた。厚さ12ミリの鉄板で作られた頑丈なタンクは、直径12メートル、高さ12メートルの巨大サイズ。1356トンが入る巨大タンクの中身は水だ。

巨大タンク群(代表撮影)

福島第一原発の敷地内に流入して汚染された地下水や雨水などから放射性物質を取り除いた処理水。これをどこにも放出することができず、巨大タンクを作っては、中にため続けている。

東京電力によると汚染水の発生量は1日170トン。これほどの巨大タンクでも1週間ほどで満杯になってしまうという。

近くで見てみると、巨大タンクは隙間なくびっしりと立てられている。自分の両手を広げてみると、両隣のタンクを一度に触れることができた。

代表撮影

パズルのように配置することで、なるべく多くのタンクが置けるように工夫しているのだが、敷地には限界がある。東京電力は、このペースで増え続けると2022年夏には保管場所がなくなってしまうとの試算を出している。どのように処理するのか、まさに喫緊の課題となっている。

廃炉に向けた課題はもちろん、汚染水にとどまらない。廃炉の本格作業に入ったとき、そこで出る放射性廃棄物をどう処分していくのかという大きな問題も抱えたままとなっている。

あの事故から、10年目の闘いが始まった福島第一原発。30~40年後を目標としている廃炉まで、現場はいまも手探りのような状態での作業が続いていた。

10年目の闘いが始まっている(代表撮影)

【取材:フジテレビ 清水俊宏】