福島第一原発の10キロ圏内で聞いた。「いま何が一番楽しいですか?」

東日本大震災7年の福島・富岡町を歩いて話を聞いた。

カテゴリ:国内

  • 富岡町の避難指示は大部分で解除された
  • まだ帰ってきている人は少ない
  • 街で会った人に楽しいことを聞いてみた

376人。

これは、福島県富岡町に去年12月1日現在で住んでいる人の数だ。

町全体が福島第一原発の20キロ圏内にすっぽりと入るため、震災直後に「警戒区域」に指定され、その後も避難指示が続いてきたが、去年4月1日、一部を除いて避難指示が解除された。

東日本大震災の前に富岡町に住んでいた数は15,960人。現在も住民登録されている人の数は13,283人にのぼるが、半年以上経って戻ってきたのは2パーセント程度にとどまっているのが現状だ。

原発事故で避難を余儀なくされ、今もなお苦労が続く富岡町出身の人たち。富岡町の道端などで何人かに声をかけてみたが、近隣のいわき市などから通っている人が多かった。

そんな大変な中でも、日々の暮らしで何が一番楽しいと感じているのだろうか。富岡町の中心部、原発から10キロ圏内の場所で出会った人たちに教えてもらった。

いま、一番楽しいことって何ですか?

遠藤晃子さん

子育て真っ只中なので、子どもたちの成長を見ることです。長男がまもなく大学生で、小学校1年生の時から毎週通っていたサッカーから引退します。避難先でもずっとサッカーをやっていたので、ようやく終わったなぁと充実感があります。今度は小4の三男がサッカーを始めたんです。大変だけど、嬉しいですよ。

大和田剛さん

土いじり。これがいま一番たのしい。自分の家のまわりの草を刈って綺麗にしています。やっているうちに、どんどんはまってきました。

渡辺吏さん(富岡ホテルオーナー)

楽しいことですか?え~、いま楽しいことは、日々がいっぱいいっぱいで、本当にどれが楽しいとかいう余裕がまだないです。

地元に住んでいた方で、遠くに離れていた方がホテルに泊まりにきたりして、知っている人の顔を見ると、ちょっとホッとする部分はあります。

鹿股登美子さん

カバンなどを作っている時です。織物から自分でやっているんですよ。震災前にはやったこともなかったけど、避難先で仲間と始めました。週に4日、仲間たちで集まって作っています。

渡邊英子さん(80)・貞良さん(80)

楽しいことなんて何もねえよ。友達も誰も帰ってきやしない。週に2回デイサービスに行っていて、そこには誰かいたりするけど。さくらモール(ショッピングモール)ができて便利になったって言っても、午前11時まで開かねえし。

ワタシ、一度死んでいるんだ。そしてまた生き返ったと思っている。もし楽しいと思えることがあるとしたら、放射能なんてものを誰も気にしなくなって、みんなが帰ってきた時だろうな。