立場のまったく異なる2人の専門家が国会に

参議院予算委員会は10日、中央公聴会を開催し、新型コロナウイルスをめぐり2人の専門家を招いて意見を聴取した。そこでの議論は感染拡大防止に向けた現状と今後に関する様々な示唆に富み、また、政治と専門家の苦悩を浮き彫りにする興味深いものだった。

公聴会に出席した2人の専門家のうち、自民党が推薦したのが、政府の専門家会議の副座長であり、新型インフルエンザなど様々な感染症対策にあたりWHOの要職をも歴任してきた、尾身茂・地域医療機能推進機構理事長だ。そして立憲民主党などの野党会派が推薦したのは、元東大医科学研究所特任教授で、本来は内科医だが現代医療に関する問題点の指摘に定評のある、上昌弘・医療ガバナンス研究所理事長だ。

参院予算委中央公聴会・3月10日

政府の専門家会議副座長である尾身氏の冒頭発言

公聴会の冒頭、両者は、新型コロナウイルスをめぐる現状と、今後についての考えを語った。前日の専門家会議後の会見で、日本の現状について「爆発的感染拡大には進んでおらず一定程度持ちこたえている」と説明した尾身氏だが、国会ではまず、これから取るべき基本戦略について述べた。

「私は社会経済機能への影響を最小限にして感染拡大の努力の効果を最大限にするというバランスの取れた方法でやることがよいと思っています。その中で3本柱が大事だ」

尾身氏が掲げた今後に向けての3本柱は、集団感染の把握調査による早期の「クラスター潰し」、医療体制の充実強化による「重症化防止」、感染拡大防止に向けた「市民一般の行動変容」の3点で、「日本の状況はこの戦略を強化することにより感染拡大のスピードを抑えられる可能性もある」と語った。

さらに尾身氏は、日本では医師の努力などにより、死者が増えていないこと、自粛要請など専門家会議や政府の様々な対策については今月19日頃にそれまでの効果を判定できること、今後の感染拡大について予断を許さない中で地域ごとに適切な対応をとる必要があることなどを指摘した。また、クラスター連鎖を防ぐための人員、物資、財政面での体制強化、広域自治体での情報共有などの必要性も強調した。

尾身茂・地域医療機能推進機構理事長

上氏は冒頭発言で政府の対策に「エビデンスがない」と指摘

一方の上氏は冒頭、「この問題には様々な見方がある。私は医師で研究者でもあります。様々な見方、視点を提供し、政治判断にお役立ていただけると考えている」と語った上で、次のように続けた。

「ぜひお考えいただきたいのは、ウイルスは世界中で蔓延するんです。日本だけエイエイオーとやっても海外で様々なやり方があり、海外で様々な形でコンセンサスができるんです」

こう語った上氏は、日本政府の対応と、海外での最新の医学的見地とのギャップについて語っていく。

「イベントの自粛は、だいぶ調べたんですが医学的エビデンス(根拠)はございませんでした。そもそも論文がなかったです。学級閉鎖は山ほど(エビデンスが)ありました、学級閉鎖をすることで感染症の蔓延を抑制する、何割か下げるというのはコンセンサスです。今、相撲や野球をやめていることについては、医学的エビデンスはありません。だからやるなとは毛頭言っていない。それは先生方の政治判断です」

さらに上氏は、新型肺炎の致死率が中国の湖北省だけで高いことを指摘し、その理由は若者が武漢から出たため高齢者が孤立し、地域が壊れたことだとして次のように訴えた。

「高齢者が独居になって閉じこもると容易に健康を害します。町の機能を維持することは極めて重要なんです。外に出るなと言われて簡単に持病が悪化することは想像に難くありませんよね。日本をこうさせてはならない」

上昌弘・医療ガバナンス研究所理事長

イベント自粛の効果に関する両専門家の意見の相違

続いて公聴会は国会議員による専門家への質問へと移った。各党の議員がそれぞれの疑問を、両専門家にぶつけていった。2人の専門家の答弁を抜粋すると、要旨としては以下のようなものだった。まずは安倍首相が要請した大規模イベントの自粛の効果についてだ。

「移動の自由の制限をするのは手段であり、一番大事なのは感染したと思われる人とそれ以外の人の接触を絶つこと。人が接触しないようにすれば間違いなく感染者は減ります。(その効果を)評価できるのが19日前後。それを元にリスクの低いものと高いものを分けて低いものから当然解除していきますよね。そういう風に基本的に考えている」」

上氏
「私は正直わかりません。2つ理由がある。1つはPCRが十分やられていないので実態としてデータがないので評価しようがないんです。もう1つはイベント…、学級閉鎖は明らかな感染集団を解除して隔離するということ。町全体をシャットダウンするということは理論的には感染症を減らすが、実はどこどこに行っていたとかいろんなことが考えられる。今回の施策が効果あるかどうか医学的には評価できない。過去の学級閉鎖を町に演繹するのはかなり無理がある」

全国一斉休校の根拠と効果は?上氏はバッサリ

さらに、安倍首相が要請した全国一斉での休校要請についてだ。「科学的根拠と合理性があるのか」などと質した議員らに、上氏は次のように答えた。

上氏
「クラスで流行っていれば休校することが有効です。ところが今回は流行っているいないに関わらず一律に休校しました。そのようなものが本当に効果がでるのかについてはわかりません、医学的には根拠はないと思います。ただそれによって今回の決定がいけなかったかとは私は思っていません、根拠がないことを判断するのは政治のお仕事ですから、一定程度の合理性はあったと思います」

さらに、野党議員が、「全国一斉」の措置にしたことについての見解を聞くと上氏は、感染防止のメリットと社会的影響のデメリットの相反関係を指摘し、政府の方針を切り捨てた。

上氏
「流行している教室・学校を閉じればもちろん感染症は減ります。これは公知です。一方、まったく流行していないところの学校を閉じても何の効果もありません。デメリットは子どもの教育を受ける権利、あるいはお母さんたちの負担を増やすことですね。全国一律にやるとデメリットは必ず全分出るので、効果が薄れてデメリットが大きくなります。よってあまり勧められる方法ではありません」

尾身氏は一定の効果指摘も「総理の気持ち、一応理解できる気はする」

一方の尾身氏は、2009年の新型インフルエンザの際の事例をあげて、一定の効果が期待できるとした。

尾身氏
「兵庫と大阪で最初に感染があった。ここで果敢に(学校)閉鎖した、地域をやや広めにいった。文字通り制圧された。今回感染は小学生でもしている。その人たちが感染を広げるような可能性はあると後からわかってきた。私は政治的判断をする立場にはないが、シンガポールで学校閉鎖をやっていることを考えると、効果がないとは言えないですね」

しかし尾身氏は続けて、専門家会議の見解が安倍首相の政治判断の根拠にされていることを踏まえ、やや苦しい立場を滲ませた。

尾身氏
「効果がどれだけあるかはわからないんで、19日くらいになったら全体を評価したらいいと思うが、それが学校閉鎖の効果かどうかはわからない。そういう中で、小学生なんかでも感染していること、シンガポールでもやっていることを考えると、しかも総理なんかは何とかしたいという気持ちがおありでしょうから、働いているお母さんへのケアは当然やったほうがいいと思うけど、ある程度そういう風にした気持ちというか判断は、一応理解できるという気はします」

尾身氏の「総理は何とかしたいという気持ち」「ある程度」「一応理解」などという言葉からは、科学的効果よりも安倍首相の政治判断と心情を踏まえて、今回の全国一斉休校に理解を示していることが見て取れる。そして19日になっても、学校休校の効果は必ずしもわからないという重要な指摘も口にした。

中韓からの入国制限に、尾身氏「鎖国してまでやるか…」、上氏「根拠ない」

また、両専門家は、政府が10日から導入した中国・韓国からの入国制限についての見解も聞かれ、次のように答えた。

尾身氏
「純粋に感染拡大防止、公衆衛生、感染症予防の観点だけいえば、人々の入ってくるのを防ぐのがいい。そうなると世界中に感染が広がっている中で、すべての国からストップするなら、比喩的に言えば鎖国状態に近い。このことの社会経済への影響を考え専門家会議の中でもメンバーの間で議論しているが、様々な意見がありコンセンサスが今のところありません。一方で国内が大事、クラスターサーベイをするという中で、鎖国してまでやるのか、あるいは中国韓国だけでいいのか、この質問だけは、はっきりした自分の考えを述べることは出来ない。ただ重要なことなのでこれから数日、無い頭を絞って考えたい」

はっきりした自分の意見を述べることはできないが、政府から頼られていることも踏まえ、頭を絞るという尾身氏。それに対し、上氏は政府の入国制限を一刀両断した。

上氏
「私は現時点でやるのはエビデンスには反する、根拠はないと思っています。国内で一定程度蔓延している場合には封鎖しても効果は限定的だからです。有効性はほとんど期待できないと思います」

PCR検査では、両専門家が真っ向対立

また、諸外国に比べ、国内でのPCR検査の件数が増えていないことをめぐっては、両専門家の意見が大きく分かれた。尾身氏は、PCR検査のキャパシティーを上げる必要性には言及しつつ以下のように述べ、上氏は、現状への憤りを吐露した。

尾身氏
「ただ心配だという、症状がない人が医療現場に行くと医療が崩壊する。そこはある程度基準を作って、症状がある程度出て、ほっとくと危ないという人を早めにPCR検査をして重症化を防ぐことが一番大事。今のままだと医療機関はパンクしますから」

上氏
「最大の問題だと思います。世界でPCR検査がここまでやられていないのは日本だけなんです。すでにイタリアの件数は日本を超えていたはずです。なぜやられていないのか。私は厚生労働省と内部組織の国立感染症研究所がコントロールしているせいだと思っています。こんな論争が起こっているのは世界で日本だけです。診断しないと治療できません。患者さんの視点に立って議論いただければと思います」

その上で尾身氏は野党議員から、政府が37.5度以上の熱が4日間(高齢者や基礎疾患保持者では2日間)続くことを受診の目安としているのは、基準が厳しすぎで患者を見落とすのではとの指摘を受け、「個人的には初日でもいいが…。キャパの問題でアジャストすることはみんなで考えてみたい」と、高齢者は本来なら、発熱初日でも受診していいとの意向をにじませつつ、今後基準を緩和する可能性を示唆した。

封じ込め、出口戦略は

そして公聴会では複数の議員が、新型コロナウイルスの感染はいつ終息するのか、政府の対策の出口戦略はどういったものになるのかを聞いた。両専門家は次のように述べた。

尾身氏
「終息にどのくらいかかるか、いつまでかは私自身は予想することは出来ませんが、比較的長く続く、きょうあした終息することはないと思う。症状が軽い人が感染に関与していることは明らかだから。感染を比較的低めにおさえていけば、その間に治療薬が開発できる」

上氏
「半分の方が無症状。こういう病気を封じ込めるのは極めて難しいと思います。私個人的には無理だと思います。感染者を減らす努力以上に、感染症ですから治れば後遺症はないんですね、死者を減らすべきだと思います。正確な情報を社会でシェアすることだと思います。日本の感染者の数が韓国と比べ何十分の一、オランダやスペイン、スイスと比べても少ない。さすがにこんなことはありえませんよね。正確な感染状況と致死率が国民にわかれば自然と合意形成していくと思う。感染率は高いが致死率は高齢者除いて高くない、そのことがわかれば、みんな安心なさるんじゃないでしょうか。今それが伝わっていなくてパニックになっているんです、ウイルスの出口戦略は我々にはいかんともできません。それに合わせていくしかないんです」

議論の中で鮮明になった立場の違い…尾身氏の責任と政治的葛藤

こうした約2時間の公聴会を通じて垣間見えたのが、両専門家の立場の違いとそれぞれの苦悩だ。尾身氏の「政府の専門家会議副座長」という重責と、それゆえの苦悩については次の一言に凝縮されている。

尾身氏
「(感染症対策は)なるべく合理的に科学的にやるんですけれど、感染の広がりをすべて知っているのは神様だけ。我々は表面に出ているものを見て判断しているということ。やや多めにやっても少なめにやっても必ず批判されるんです。ただ歴史の判断はその時は批判されるけど多めにやった方がいい。危機管理の要諦なのでそのことは申し上げたい。効果と社会経済への影響がどうかは、私どもはわからないので、これからも勉強して、なるべく早くこうだというのを言えたらいいと思っています」

強めの対策を講じる安倍首相の方針に理解を示しつつ、医学者でありながら社会経済全体への影響を踏まえた判断をしなければいけない立場の辛さをにじませた尾身氏。そしてこう続けた。

「このウイルスはすべてがわかっているわけではないので、すべてについてクリアな判断は出来ないが、私なんかの立場上、『今限られた情報の中であなたたちはどう考えるか』というのが我々の責任だと思っていますので。100%の情報はないですけれど、いろんなことについて意見は申し上げている」

政府の専門家会議の責任者の1人して、十分な情報がなくても一定の見解を示さざるを得ず、その見解を根拠に政府が専門家の想定以上の対策を講じる状況下での、責任感と若干の戸惑い、そして現実的に折り合いをつける必要があるという立場ゆえの思いが見て取れる。

上氏の「独自性」と「医学的合理性」へのこだわり

一方、上氏は、公聴会の冒頭で次のように語っていた。

上氏
「これは医学、科学の問題でもあります。私の所に海外のメディアがたくさんやってきます。なんで皆さんいらっしゃるんですかと聞くと、独自の意見を言う研究者・医者はほとんどこの国にいないんですと。科学者はノーベル賞学者だろうが大学院生だろうが対等なんです。どの意見が正しいかどうかわからない。私が言っていることが間違っていることも十分ありうる。議論を積み上げてやがてコンセンサスになるんです。エビデンスがある場合はにその部分を十分配慮いただきたいと考えています」

尾身氏をはじめとする感染症の専門家たちが、政府への提言という重要な役割を担う中で、そのやや外側から、科学的エビデンスを重視する立場で政府への異論を発信する上氏の、現状へのいら立ちが見て取れる。そして、次のように感染拡大防止に前のめりに奔走する政府への警鐘を鳴らした。

上氏
「ウイルスは強権をふりかざしても変わってくれません。変わるべきなのは我々なんです。一国民として柔軟に対応できる仕組みを作って欲しい。(大事なのは)事実に基づいて正確な情報を国民に伝えること。いけないことは、データに基づかず恣意的な解釈をして、一定程度の効果があった、これをしなければしょうがなかった(と言うこと)。これは政治判断としてはもちろんあるんですが、私は一医師として医学的合理性のないものはおやりにならない方がいいと思います。あとあと世界から必ず批判が出てコンセンサスになって先生方の信頼を国民から失うからです」

2人の足並みがそろった場面も

ただ、この2人が今回の公聴会の中で、足並みを一定程度揃える場面もあった。麻生副総理や自民党の保守系議員らが、ウイルスに国や人名を冠してはいけないというWHOのガイドラインとは立場を異にする形で、新型コロナウイルスを「武漢ウイルス」などと呼んでいることについてどう思うかと聞かれたときだ。

尾身氏「個人的にはそういう名前を付ける必要はないと思います」
上氏「医学的にはなんと呼ぼうが関係ないですからね、政治の話しだと思います」

政権と手を携え、葛藤を抱えながらも懸命に対策に当たる感染症学会の権威と、政権と距離をおきつつ批判覚悟で警鐘を鳴らす医師という2人が国会議員と繰り広げた2時間の議論。「感染者減少」「死者の最小化」「経済・社会への影響の最小化」そして「政治」といった様々な要素が絡み合ったこの新型コロナウイルスとの戦いについて、こうした専門家の議論も糧に、政府が、与野党が、そして私たち国民の世論が、最適な解を見つけられることを願いたい。

(フジテレビ政治部デスク 髙田圭太)