英国はなぜかくも迷走を続けるのか

保守党 ジョンソン首相

混迷していた英国の総選挙はジョンソン首相率いる保守党が勝利し、英国はようやく来年のEU正式離脱に向け動き出した。それにしても議会制民主主義の元祖であるあの国はなぜここまで迷い、苦しんでいるのか。

そんな時、「新自由主義が持ち込まれて、労働者を守る仕組みが崩壊した」という英国人映画監督ケン・ローチの発言が気になり、最新作「家族を想うとき」を観た。

英国労働者階級の日常生活を描いてきたこの人の作る映画はいつも暗く、実は苦手である(でも結構観ている) 。今回の舞台設定も父リッキーは宅配便の配送ドライバー、母アビーは介護ヘルパー。裕福ではない。英国ニューカッスルで賃貸住宅に住み、両親の仕事が忙しく、家族4人が夕食を共にすることさえない。そして4人の心はバラバラになっていく。映画の中で一度だけ家族団らんのシーンがあるのだが、料理はテイクアウトのカレーだった。そんなギスギスした映画だ。

『家族を想うとき』より photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

両親は一所懸命働くが、給料は安く、このままでは希望する持ち家は難しい。それでも彼らは子供たちを食べさせ、学ばせるために毎晩遅くまで働く。そして子供たちは母が冷凍したパスタをチンして夕食をすませる。このような不幸な現実は新自由主義とグローバリズムの波に襲われた現代の英国ではありふれた光景なのだろう。

アメリカの「破壊的変化」

この映画を観ながら「われらの子ども」という本のことを思い出した。その本は米国オハイオ州ポートクリントンという町が作者ロバート・パットナムの子どもの頃の50年前に比べ、いかに「破壊的」に変化してしまったかを克明に調査して、数年前に大変話題になった。

50年前のポートクリントンではたとえ家が貧しくても、子供は母親の作る夕食を食べ、父親が深夜まで働いて大学に行かせた。それが現代は十代で妊娠し、父親は逃げ、シングルマザーが当たり前になっている。「家」が崩壊しているのだ。学校ではギャングが暴れ、貧しい子供たちは生まれた時から強制的にドロップアウトさせられている。学校や社会も壊れている。

『家族を想うとき』に見えた希望

『家族を想うとき』より photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

これに比べ現代の英国ニューカッスルにはまだ希望が残っている。高校生と小学生の子供は公立の学校での成績は優秀で、親は「大学に行っていいんだよ」と励ます。万引きで補導された長男を警官が「お父さんの愛情を考えろ」と叱責する。生活に疲れた母親を介護先の認知症のお婆さんが慰める。

ニューカッスルでは家庭や社会や学校がまだ崩壊せずに機能している。映画だからケン・ローチ監督は都合のいい設定にしたのかもしれないが、明らかに米国の方が英国より先に壊れてしまっているのではないか。

ボロボロに傷ついた父親がそれでも朝になったら仕事に出かけるシーンで映画は終わるが、僕はこのシーンに絶望ではなく希望を感じた。両親はおそらく一生貧しいままで働き続けるだろうが、それでも子供を健康に育て、教育を受けさせるという希望は持てる。この兄妹は進学して親とは違う世界に生きることをこの映画は示唆している。

英国はグローバリズムと新自由主義の副作用である「格差」に苦しんでいるが、先を走る米国を見ながら、考え、悩み、自分たちの新しい方向を探しているようにも見える。EU離脱もその一つだ。

日本はモノづくりにこだわるあまり、グローバリズムやIT革命に乗り遅れたのかもしれないが、実は欧米各国より格差が少なく、従って政治におけるポピュリズムの荒波にもさらされていない。ただいずれ米国や英国と同じような道をたどることになる。その時に我々がすべきことは何なのだろうか。

【執筆:フジテレビ 解説委員 平井文夫】
【photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019】

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