解体を待つだけだった空き家が、アートで満たされた特別な空間に生まれ変わった。松江市の演歌歌手・小川たけるさんが自らの実家で始めた「明るい家じまい」プロジェクト。

地元の中高生から路上詩人、浮世絵アーティストまで、さまざまな表現者が集い、思い出の詰まった一軒家を丸ごとキャンバスにする。「終わり」ではなく「新たな命」として家を見送るこの取り組みは、増加する空き家問題に対する、ひとつの新しい答えになるかもしれない。

様々な表現者が集まり空き家に新たな命を吹き込む
様々な表現者が集まり空き家に新たな命を吹き込む
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18年分の思い出が詰まった実家

演歌歌手・小川たけるさんの実家
演歌歌手・小川たけるさんの実家

松江市の中心部に建つ、3階建て・全6部屋の一軒家。この家の主は、2014年にデビューし、現在は東京を拠点に活動する演歌歌手・小川たけるさんだ。約1年ぶりに実家へ戻ってきた小川さんを出迎えたのは、子供の頃のままの記憶だった。

小川さんが使っていた部屋
小川さんが使っていた部屋

最も広い部屋は、12畳の大広間。幼い頃から上京するまでの18年ほどを過ごした自分の部屋だという。壁には財布のチェーンが釘で刺さったまま残されており、小川さんは苦笑いしながら振り返る。

壁にくぎを刺して、財布をインテリアに
壁にくぎを刺して、財布をインテリアに

「自分で釘を刺して、インテリアにしたんでしょうね。なんかもう"中二病"みたいなことを、高校時代やってましたね」

さらに、保育所時代の身長を記した壁の傷跡も。そっと眺めながら、小川さんはこう続けた。

「なんだかいつの間にやら、時は過ぎていったなっていうのを。感慨深いですけど」

料理やを営んでいた店舗兼住宅
料理やを営んでいた店舗兼住宅

実はこの建物、ただの住宅ではない。50年ほど前まで、小川さんの父親が「白扇」という名の小料理屋を営んでいた、店舗兼住宅だった。かつてお客が座を囲んでいたであろう座敷の名残は今も残るが、小川さんは「今、本当に見る影もないというか」と率直に語る。

13年前から空き家
13年前から空き家

13年前、両親が引っ越してからは空き家になっていた。両親も高齢になり、家じまいを決断したのはごく自然な流れだった。

「しまう」のではなく「命を吹き込む」

「松江まちづくりアートプロジェクト」
「松江まちづくりアートプロジェクト」

「家じまい」という言葉には、どこか寂しさがつきまとう。片付け、処分、そして解体——それは確かに、ひとつの終わりだ。しかし小川さんは、その終わりを「暗い幕切れ」にしたくなかった。

思い出の詰まった実家を、ただ壊してしまうのはもったいない。そう感じた小川さんが思いついたのが、「アートプロジェクト」だった。

建物のあらゆる面をキャンパスに
建物のあらゆる面をキャンパスに

柱も、壁も、階段も——建物のあらゆる面をキャンバスとして、アートで埋め尽くす。解体されるまでの数か月間、この家を「アート空間」として多くの人に見てもらおうというのだ。

小川さんはこう語る。

「『家じまい』って言葉もそうなんですけど、しまう。終わりなんですよ。だけど、今回アートを施すことによって、新たな家屋として数か月間生きてくれるっていうのがあったので、建物に意思がある、ないはともかく、喜んでもらえたのかなと思います」

中高生から路上詩人まで——多彩なアーティストが集結

開星中学・高校の美術部の生徒たちも参加
開星中学・高校の美術部の生徒たちも参加

このプロジェクトに参加したのは、小川さんの母校である開星中学・高校の美術部の生徒たちだ。感じるままに、思い思いに壁を彩っていく。制作に向き合う生徒たちの表情は真剣で、しかし楽しそうだった。

松江を拠点に活躍するアーティスト・こーたさん(右)とPoriさん(左)
松江を拠点に活躍するアーティスト・こーたさん(右)とPoriさん(左)

さらに、地元・松江を拠点に活躍するアーティスト2人も加わった。即興の詩と筆文字で思いを表現する「路上詩人」のこーたさんと、イラストレーターのPoriさんだ。

しかし、制作は最初から順調というわけにはいかなかった。壁紙の材質が特殊で、こーたさん得意の墨が思うように乗らなかったのだ。

壁紙の材質が墨をはじく中、作業は続く
壁紙の材質が墨をはじく中、作業は続く

「屋内で書いた壁で一番書きづらいかも」(こーたさん)

「俺も過去最高かも」(Poriさん)

壁一面に迫力あるこーたさんとPoriさんの絵が完成
壁一面に迫力あるこーたさんとPoriさんの絵が完成

それでも2人は試行錯誤を重ね、完成させたのは大きく、荒々しく羽を広げた鳥の姿。圧倒的な存在感を放つその絵の傍らには、かつての小料理屋の名「白扇」の文字が力強く添えられた。かつての面影を残しながら、ここにしかないアート空間が出現した。

浮世絵アーティストの渡辺直仁さんの絵
浮世絵アーティストの渡辺直仁さんの絵

一方、3階へと続く階段には、浮世絵アーティストの渡辺直仁さんが描いたウサギやネズミの擬人化キャラクターが並ぶ。和の美意識と遊び心が融合した世界観が、薄暗い階段を一気に彩り豊かな空間へと変えた。

渡辺さんが描いたウサギ
渡辺さんが描いたウサギ

近所の子どもたちも「大きな塗り絵」に参加

「誰でも参加できる」
「誰でも参加できる」

このアートプロジェクトのもうひとつの特徴は、「誰でも参加できる」ことだ。プロのアーティストだけでなく、近所の子どもたちも壁の一部を大きな塗り絵として彩った。

地元の子どもたちも塗り絵に参加
地元の子どもたちも塗り絵に参加

「自分の好きな色は…青」

そう言いながら壁に向かう子どもの姿は、生き生きとしていた。絵が得意でなくても、どんな人でも制作に参加できる——それがこのプロジェクトのコンセプトだ。

完成した家を見て、来場者からは「わくわくします」「楽しい」という声が上がった。そして小川さん自身も、感慨を隠さなかった。

笑顔で話す小川さん
笑顔で話す小川さん

「廃屋だったものに命を吹き込んでくれたからこそ。感無量です」

空き家問題へのひとつの答え

小川さんの実家
小川さんの実家

日本各地で空き家は増え続けている。相続や高齢化を背景に、「家じまい」を迫られる家庭は決して少なくない。しかしその多くは、静かに、人知れず解体されていく。そこにあったはずの記憶も、地域とのつながりも、一緒に消えてしまうことも多い。

解体する日まで家を「生かす」
解体する日まで家を「生かす」

小川さんのプロジェクトは、その流れに小さな「待った」をかける試みだ。解体が決まっていても、その直前まで家を「生かす」ことができる。地元のアーティストや学生、子どもたちが関わることで、地域のコミュニティとの接点も生まれる。「白扇」という名の小料理屋の記憶が、アートという形で地域に残される。

「空き家をアートに」
「空き家をアートに」

すたれ行き、解体を待つだけだった家屋をアートとして活かす——小川さんの「明るい家じまい」は、空き家を生かす新しい形として、ひとつのヒントになるかもしれない。

小川さんは今後もアーティストなどを招いて新たな絵を描いてもらい、一般に公開するほか、自身のライブ会場としても利用できたらと話している。かつて「白扇」という名の灯りが松江の夜を照らしたこの場所が、再びひとつの文化の発信地として輝く日が来るかもしれない。

(TSKさんいん中央テレビ)

TSKさんいん中央テレビ
TSKさんいん中央テレビ

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