地中美術館 写真:藤塚光政
地中美術館 写真:藤塚光政
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瀬戸内海の香川県直島は、世界的なアートが自然や古い町並みの中に展示されていることで注目を集め、日本人だけでなく海外からの観光客が訪れる。

この島を訪問したことのない人も、海の突堤に置かれた草間彌生さんの「南瓜」の写真を見たことはあるだろう。

直島をはじめ、かつて環境汚染や過疎で苦しんだ瀬戸内の島々をアートで再生させたのは、「しまじろう」で知られる幼児教育事業などを展開する「ベネッセ」だ。

「ベネッセ」の中興の祖であり、アートによる地域再生を目指す福武總一郎氏に、アートと地域のあり方、そして日本の教育への提言を聞いた(聞き手:フジテレビ解説委員 鈴木款)。
 

企業がアートで地域を再生

ーー福武さんは、ベネッセコーポレーションの前身である福武書店に入社後、急逝した創業者のお父様の跡を継いで1986年に社長に就任しました。当時、過疎や環境汚染など、いわば日本の近代化の影の部分だった瀬戸内の島々にアートを持ち込んだのはなぜだったのでしょうか?

ベネッセは岡山に本社があるのですが、当時私の父は直島に子どものためのキャンプ場を作りたいという構想があって、その意思を引き継いで直島にまずはキャンプ場を作ったんですね。

ただ、国立公園の第一号だった瀬戸内の島々が、例えば豊島の産業廃棄物の不法投棄など、ダメージを受けているのをみて、本当にとんでもない国だと思いました。
そこで私はメッセージ性のあるアートが好きだったので、アートに込められた近代化の負の遺産や矛盾、課題を、表現できるような場所にすればいいのではないかと思いました

つまり「近代社会に対するレジスタンスの拠点」にしたいなと。
レジスタンスの「仮想敵」は、過度な近代化の象徴の街である東京でした。
東京への一極集中はより進んでいますから、その考えはさらに激しくなっていますね(笑)。
 

豊島美術館 写真:森川昇
豊島美術館 写真:森川昇

ーー美術館と言えばハコモノですが、草間彌生さんの作品「南瓜」は、海の突堤に置いてあります。そこが観光客にとって魅力の1つなのですが、自然とアートを一緒にしようと考えたのはなぜですか?

私は絵が好きですから、いろんな美術館に行きました。だけど、感激するわけでもない。
なぜなら世の中の美術館は、美術品展示場だからです

つまり、1枚の絵は1人のアーティストが感情を込めて描いているのですが、美術館は大量生産・大量消費なのです。
アーティストが込めたメッセージを最大限に発揮するには、ホワイトキューブじゃないんですね。
 

犬島精錬所美術館 写真:阿野太一
犬島精錬所美術館 写真:阿野太一
犬島「家プロジェクト」 写真:大沢誠一
犬島「家プロジェクト」 写真:大沢誠一

ーープロジェクトの成功で、多くの観光客が過疎の島を訪れるようになり、また島民にも活気が戻ったそうですね。いわばアートが地域を再生した成功例と言えますね?

日本社会は高齢化など多くの問題を抱えていますが、それを解決する方法は、個性と魅力のある地域の集合体だと思っています

地域には東京に無い魅力がいっぱいある。
ですから地域がもっと自立して、自信をもてば再生できます。
そういう意味で直島は実験の場でもあるわけで、一企業が国に頼らず成功したことで、他の地域からもアートを起爆剤にしたいという動きが広がっていますね。
 

ーー福武さんは、いまベネッセの経営から一歩退き、財団の理事長をされていますが、企業の社会貢献についてどう考えていますか?

文化や地域をよくすることに、企業はもっとコミットしなければいけないと思うんですよ
富の創造をするのは企業活動ですが、その富を財団が使えば継続的に社会支援できるのではないかと考えたのが「公益資本主義」という経営の概念です。

寄付は企業の業績や経営者の判断に左右されますが、その企業の大株主である財団への配当はなかなか下げられません。
その配当を資金として地域や文化への支援に回せば、地域がどんどん良くなるのではないですか。
 

福武總一郎 株式会社ベネッセホールディングス名誉顧問 公益財団法人福武財団理事長
福武總一郎 株式会社ベネッセホールディングス名誉顧問 公益財団法人福武財団理事長

ベネッセ中興の祖が語る教育改革

ーー福武さんは創業者の跡を継いだ福武書店を、ベネッセコーポレーションに改称された、いわば中興の祖です。いまの日本の教育現場では、いじめ、不登校、貧困と地域・学力の格差、さらには教師のブラック職場と課題が山積みですが、こうした状況をどう見ていますか?

地域格差で言えば、秋田県は教育県として第1位ですし、北陸も上位です。
都会には難関の中高大学があるから格差があるように見えますが、必ずしもそうではない。
私はよく「子どもは未来からの留学生」と言いますが、これからの時代はAIやロボット、寿命は100年です。

ではそういう時代の学びとは、どういうことなんだと。
寿命が100年なら定年を迎える65歳はこれからなのに、これまでのような企業勤めでスキルが身につくのでしょうか。
国だけに委ねるのではなく、自身の問題として「教育」を考えることが必要ですね。
 

ーーあと2年後には戦後最大の教育改革が行われます。小学校低学年の英語教育や、大学入試改革、アクティブラーニングの導入などが行われますが、福武さんはこの教育改革をどうご覧になっていますか?

2020年の教育大改革は叡智を集めてやっていて、よい方向に向かっていると思います

準備している学校や県は、相当早くからやっています。
教育現場で改革がよくわからないと言っても、やらなければだめだし、基本的な方向はわかっている。
例えば、福井県では全県挙げて、英語レベルを上げようとしています。
迷っている学校や県は、すでにある成功事例をどんどん導入したらいいと思いますね
 

ーー最後に、これからの日本の教育、学校や家庭など教育現場にメッセージをお願いします。

一言で言えば、自分たちの子どもの教育は、大学入学で終わってしまう。
しかし、その後も子どもの将来について考え、語り合ってはいかがでしょう。

また、子どもは留学などでいろいろなことを知るのも大事です。
私自身も直島に行って、東京にいたころと全く違う考え方になりました。
小さな東京や日本だけで、考えてはいけないと思います(笑)。
 

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。