告知されてすぐに退職、は得策じゃない

『がん患者意識調査2010年』によると、がん患者がもっとも多く治療費を支払った年の平均費用額は115万円である。これはあくまで平均であり、病気の進行度やがんの種類によってかかる金額や払う年数は大きく変わってくる。

早期がんの場合、手術でがんを取り除いた後は再発防止の治療になるため、治療期間や金額もある程度予測できる。だが進行・再発がんの場合、治療の目的はがんとの「共存」となり、効果が期待できそうな治療をその都度行うため、治療期間やかかる費用が予測しにくい。

その一方で、収入減の不安が生じてくる。がんと告知され、みんなに迷惑がかかるかもしれないと勢いで会社を辞めてしまう人や、本人に辞める意思がなくても、会社に伝えたら遠回しに退職を求められたり、給料を減らされたりするケースもある。

高額な治療費負担や収入が減少した場合の対策は、一体どうすればいいのか。自身も10年前に乳がんを経験したというファイナンシャルプランナーの黒田尚子さんに、がん治療で生じる経済的負担にどう対処していくべきかを伺った。

第一に、会社はできる限り在籍していたほうが得策。そもそも、がんが判明したからといってすぐに仕事ができなくなるわけではないし、通勤しながら治療を受ける場合や、休職を取って治療に専念することも可能です。ただし、それまで会社で築いてきた人間関係が大きく響くため、会社から理解が得やすい人と得にくい人がいるのも事実です。そうしたことも含めて告知された直後に判断せず、自分が今後どんな治療を受けていくのか実際にめどが着いてから、会社との付き合い方を決めても遅くありません」

休職については、1年6ヶ月間、給与の3分の2が支給される「傷病手当金」制度や休暇制度(年次有給休暇や傷病休暇・病気休暇・積立休暇など)、休職制度など、勤務先の公的な制度が利用できる。このほかにも、経済的リスクを回避するための公的制度は数多く存在しており、在籍しながらの治療を助けてくれる仕組みが用意されているのだ。大企業であるほど公的制度の支給も手厚くなるため、民間保険への加入を検討する前に、利用できる公的制度をできる限り活用したい。

しかし、これらの制度は原則としてすべて自己申告制のため、使いこなせないまま治療を続ける人も多い。なってから余裕のない状態で調べるのは辛いもの。いざというときのために、どのような公的制度があるかを簡単にでも覚えておいてほしい。

最適な公的制度についてはプロに相談を

 
 
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「公的制度を覚えておくといっても、難解で多種類の公的制度をすべて把握することは不可能といえます。頻繁に改正が行われるため支給条件も把握しづらく、古い情報で検討しているとせっかく受給できる制度も見逃すことに。患者側に必要なのは、どんな制度があるのかをキーワード的に頭に入れておくこと。実際に自分の状況に適しているかを知るには、専門の窓口やプロに相談してアドバイスしてもらうのがベストです

告知されたけれど何を聞いたらいいかわからない、という方はまず窓口で相談が可能な「がん相談支援センター」へ訪れてほしい。全国にあるがん診療連携拠点病院など434施設に設置されている。身近なセンターを探すにはホームページ「がん情報サービス(http://ganjoho.jp/public/index.html)」を参照しよう。また、インターネットで情報を得たいという方には、「がん対策情報センター(http://www.ncc.go.jp/jp/cis/)」も便利だ。

会社員であれば、産業医や組合健保、協会けんぽなどに相談可能。自営業なら、まずは市区町村の国民健康課・介護福祉課に聞こう。病院に常駐しているメディカルソーシャルワーカーも公的制度に詳しい。

「相談する場合は、“困りごと”を伝えてそれに見合った制度を教えてもらいましょう。たとえば、医療費に困っている人なら一定額以上の自己負担分(年収や年齢によって変動あり)を超えた場合に払い戻してもらえる『高額療養費制度』が適用できるし、がんで休職することになった場合は、先に挙げた『傷病手当』(会社員のみ)が最適。思っている不安を伝えれば、最適な制度を教えてくれるはず」

知っておきたい公的制度は、代表的なもので「高額療養費制度」「傷病手当金」のほか、「医療費控除」「基本手当(雇用保険)」「障害年金(年金保険)」など。

「障害年金は、初診日(その障害の原因となる私傷病で最初に診察を受けた日)から1年6ヶ月を過ぎて、まだ一定の障害が残っている場合に申請できる制度。ただし、初診日が1年6ヶ月以内でも、ストーマー(人工肛門)の造設や咽頭部摘出を受けた場合は、その手術日が障害認定日となって、障害年金の受給が認定されやすくなっています。いずれにせよ、こちらも相談窓口に確認してみましょう」

ちなみに高額療養費制度があるから、一定以上は払わなくていいと思っていると、退院時に高額な入院費用を請求されて驚くケースも。入院時の食事代の一部や差額ベッド代(個室料)は、高額療養費の対象ではないので注意が必要だ。1日あたりの差額ベッド代の平均徴収額は7,828円(厚生労働省「主な選定療養に係る報告状況(第337回中央社会保険医療協議会総会資料)」)だが、都市部では2〜3万円という病院も少なくない。民間保険で補っても不足しがちだということを覚えておきたい。

事前の備えは、まず「予防」!

 
 

こうした公的制度は、会社員に比べて自由業・自営業等では手薄になりがち。自由業・自営業のほか、会社員であっても公的制度の保証でもまかないきれない場合は、その分の自助努力として民間保険や預貯金などの備えをしておく必要がある。こうした違いも含めて、事前にやっておくべき備えや心構えとは。

「当たり前のようですが、一番の備えは“予防”。保険料に多くのお金をつぎ込んでいるなら、それを半分にして健康的な生活の実現に充てるべきです。食事や運動などの生活習慣を改善させ、定期的な検診などに費用を充当することが、がんの経済的リスクを回避する最良の方法です。その上で、預貯金や民間保険といった備えをしましょう」

民間保険には、「医療保険」と「がん保険」がある。黒田さんは乳がん罹患当時、医療保険だけで、がん保険には入っていなかったというが、これらは実際にどの程度有効なのか。

「がん保険と医療保険は、『保障内容』、『支払日数』、『加入制限』の3つに違いがあります。がん保険は『がん』のみを保障し、医療保険はがんも含めた『病気・ケガ』を幅広く保障。がん保険は入院日数が無制限ですが、医療保険は支払日数に制限があります。そして、がん保険は既往症があってもがんに起因する病気でなければ加入しやすいのに対し、医療保険は既往症があると加入が難しくなります。それぞれの違いを踏まえ、個々のリスクに応じて給付と保険料のバランスを考えながら、いずれか、あるいは両方加入するケースも考えられるでしょう」

民間保険で何を選ぶべきかは自分の状況や考え方次第だが、給付条件を満たさなければ無駄になる可能性も考えると、万能とはいえない。また、がん罹患後に入れる(条件あり)保険もあるが、通常よりも高額で条件も商品によって異なるため、判断は難しい。

「10年後にがんが再発して、1度目の罹患後に入った条件緩和型医療保険の恩恵を受けた人もいます。将来何が起こるかは誰にもわかりませんが、むやみに保険に入るのではなく、自分のリスクを予測して悔いのない選択をしてほしいですね。また、家族の保険を見直すのも有効。がんの発症は生活習慣の影響も少なくありません。将来、生活を共にする家族にもがん発症の可能性があります。罹患前なら、さまざまな商品を選択できるため家族の保険を見直すのも手です」

いまからでも事前にできる予防や預貯金、保険などの備えはしっかりやっておこう。いざ、がんがわかったら、遠い将来よりも、まず1〜2年間の治療=“今”を頑張ることになる。公的制度の活用に加え、住宅ローンの見直しや財産お棚卸しまで、プロの力を借りながら、賢く治療を乗り切りたい。



(執筆:井上真規子)

黒田尚子さん
CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター。消費生活専門相談員資格。2009年12月の乳がん告知を受け、2011年3月に乳がん体験者コーディネーター資格を取得するなど、自らの実体験をもとに、がんをはじめとした病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行う。
http://www.naoko-kuroda.com/profile

プライムオンライン編集部
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