特集は宮城県内の公立病院などで給与規則に誤りがあり残業代の一部が支払われていなかった問題についてです。去年から今年にかけ、相次いで明らかになりましたが、なぜこのようなことが起きたのか。大崎市民病院を例にその背景を探ります。まずは、この問題の経緯です。

大崎市の大崎市民病院はおととし2月、医師や看護師などの残業代について「適正に支払われていない」として、古川労働基準監督署から是正勧告を受けました。給与規則に伴う残業代の算出方法に誤りがあったことが原因で、追加の支払いは過去3年分で、医師など1572人分、約10億5千万円にのぼります。これまでに一部の支払いを終えていて、病院では、来年度末までに全員分について支払いを進める方針です。

スタジオでは、今回の算出方法の誤りについて詳しく見ていきます。

大崎市民病院では、旧古川市立病院時代から約半世紀にわたり、医師確保のため若手に手厚く支給する「初任給調整手当」など複数の手当てを「基礎賃金」から外していました。「基礎賃金」は時間外手当を計算する際のベースになるものですが、「基礎賃金」から外して良いものは通勤手当や住宅手当など法律で決まっていて、「初任給調整手当」などは基礎賃金に含めなければなりません。このことから、残業代を算出する際の基礎賃金が低くなってしまい、今回発覚した残業代の一部未払い、是正勧告につながったということです。

大崎市民病院によると、病院の給与体系は国の給与体系を参考にされたもので、国家公務員と同様のものになっていたといいます。しかし、大崎市民病院の職員は地方公務員の扱いですので、給与体系の考え方が違います。では、なぜこのようなことが起きたのでしょうか。

地方自治制度に詳しい立教大学の上林陽治特任教授です。上林特任教授はまず、これまでの歴史として、国家公務員よりも地方公務員の給与の方が高かった50年ほど前から、旧自治省、今の総務省が地方公務員も国家公務員の給与体系・給与水準に合わせる「国公準拠」の取り組みを続けてきたと指摘します。このことから、地方は国に合わせるように給与体系を整えてきた側面があり、その名残が今もあるといいます。

立教大学 上林陽治特任教授
「何が違うのかというと、国家公務員には労働基準法は適用になってないんですよ。で、地方公務員は労働基準法は原則適用なんです。時間外手当算出の時間単価が、国家公務員の国の給与法に定められている単価計算と、地方公務員に対する労働基準法上の単価計算が異なるんです」

つまり、地方が国の給与体系を参考にしたとしても、国会公務員と地方公務員は労働基準法が適用される、されないの違いがあり、給与体系の考え方も異なるということです。そして「初任給調整手当」などは、医師確保、医師偏在を解消するため、かなり以前から全国の多くの公立病院で支給されてきたものです。このため、同様の残業代未払いは大崎市民病院だけでなく、栗原市の3つの市立病院や大分県立病院でも発覚しました。

立教大学 上林陽治特任教授
「国の意思を内部化していれば安心であるという国依存の意識というのは、地方組織にはずっと残り続けて、今もあるんです。だから大崎市民病院だけの問題じゃないんですよ。これって地方自治体全部の話なんです」

続いては、問題発覚の経緯などを見ていきます。そもそものきっかけは、医師の労働時間が制限される去年4月からの医師の働き方改革でした。大崎市民病院はこの働き方改革に向け、2022年4月に、医師などを夜間や休日に待機させる宿日直許可を労働基準監督署に申請しましたが、この際に残業代の算出方法について問われ、誤りが明らかになりました。これにより病院は労基署から12月に指導を受け、その翌年、おととし1月に「4月から給与規則を見直し、22年度の分の約2億円の未払いを支払う」と伝えましたが、指導に留まらず、翌2月に是正勧告が出されたということです。

是正勧告が出されたことで、過去3年分を遡って、追加で支払う必要があるとされ、その結果、追加支給額は約10億5千万円にもなりました。ここまで額の多い追加の支払いは、全国でも例が少ないとみられます。

大崎市民病院の並木健二病院事業管理者は「誤りを把握できず、正せなかったのは我々」としつつ、労働基準監督署の対応には違和感もあると話します。

大崎市民病院 並木健二病院事業管理者
「ちょっと信じられない額になって、これを1度に払うとか、これを全部払わなきゃいけないっていうのは、ちょっといくらなんでも、うちの病院がつぶれてしまうなと」

病院では去年の人事院勧告による国家公務員の給与引き上げに合わせて医師や職員の給与を引き上げ、これだけでも年間約5億円の支出増加となっていました。病院の関係者は「このまま行くと病院運営に必要な運転資金が不足し、一時借り入れなどの可能性も出てくる」ともしています。並木病院事業管理者は、約半世紀にわたり放置されていたこの誤りについて、「対応は全国で統一してほしい」と考えています。

大崎市民病院 並木健二病院事業管理者
「今、医師の地域偏在とか問題がありますけれども、半世紀前の人たちがそれを是正をするために作った制度だと思うんです。制度は悪くはないとは思うんですが、それを半世紀にわたって放置してきた。それは許されることなんだろうかと。僕は労基も反省してもらいたいと思いますよ。今まで自分たちが放置してきたその責任は何なんだろうと」

地方組織の中でも組織によって、労働基準監督の権限は異なり、県や政令指定都市は人事委員会、政令指定都市以外は市町村長、公立病院などの公営企業は労働基準監督署がそれぞれ監督権限を持ちます。仙台放送では今回の是正勧告などについて、古川労働基準監督署にも取材しましたが、監督署は「そもそも是正勧告を公表しておらず、個別での回答も控えている」としました。上林特任教授は「病院側は、誤りである以上、速やかに追加で支払うべき」としつつ、今回の問題発覚がただの追加の支払いだけではなく、労働者のためにつながるべきと話します。

立教大学 上林陽治特任教授
「発覚した原因が働き方改革ということであれば、ちゃんとやったらもっと払わなきゃいけないですよっていうことがわかって、じゃあもう時間外労働をもっと減らす、減らそうねって、まともな議論になっていくっていうのが、その道筋じゃないかなと思いますね」

また、上林特任教授は、公立病院などの公営企業のほかにも労働基準監督権限が市町村長となっている全国の自治体にも、こうした問題が潜んでいるかもしれないと指摘します。実際、栗原市では3つの市立病院の誤り発覚後、市長部局についても点検した結果、同様の誤りが見つかり、2021年度からの3年度分、848人に約1386万円を追加支給するとしています。

仙台放送
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