「遠紫外線」が新型コロナウイルス対策に有効!?

新型コロナウイルスの日本国内での感染が初めて確認されてから半年。世界がワクチン・治療薬の開発を急ピッチで進める一方、感染リスクを下げる技術開発も進んでいる。今、アメリカでは、ウイルスとの闘いにおいて「遠紫外線」が効果的だとして注目を浴びている。

そもそも、紫外線を使った殺菌技術は100年以上前に開発され、利用されてきた。病院では従来、医療器具などの消毒に使われているが、人体への有害性が高く、人が立ち入らない場所でしか使用できなかった。最近では、ニューヨーク市の地下鉄が24時間運行を取りやめ、夜間に紫外線を照射し車両を消毒している。

最新の研究で、新型コロナウイルスにも有効、かつ安全な紫外線の技術が開発されたことが明らかになった。より安全な環境で営業を再開したい企業や店舗から防疫対策の「新たな武器」として、ニーズが高まっているという。

NASA元技術者が開発 入り口で20秒でウイルス除去する紫外線装置

首都ワシントンの老舗バー「パブリック・バー・ライブ(Public Bar Live)」は、新型コロナウイルスの感染拡大以降、約2カ月にわたって営業を取りやめた。5月末に営業を再開する際、新たに導入したのがNASA=アメリカ航空宇宙局の元技術者らが開発した「クレンズ・ポータル」という遠紫外線照射装置だった。何故、この装置が営業再開の決め手になったのか?

店舗を訪れてみると、入り口にはセキュリティゲートのような形をした「クレンズ・ポータル」が設置されている。店員の指示に従い、装置の下で両腕をあげ一面につき5秒、90度ずつ身体の向きを変え全身で計20秒、遠紫外線を浴びると体や衣服の表面に付着したウイルスの約9割が死滅するという。入り口で、客や従業員がウイルスを除去してから入店すれば、より清潔で安全な空間で過ごせるというわけだ。

「クレンズ・ポータル」を使う客 両腕をあげて全身くまなく照射すると効果的
「クレンズ・ポータル」を使う客 両腕をあげて全身くまなく照射すると効果的
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導入の理由について、マネージャーのクリス・ウィリアムズさんは、マスクや消毒液だけでなく、安全対策としてやれることはすべてやる必要があった、と話す。客側が安全性を気にして外食を躊躇していただけでなく、勤務を再開する従業員に対しても、安全な労働環境であることを示して安心させる必要があったからだ。

装置によって営業利益が急増したとまでは言えないものの、大部分の客が入店の際には装置を利用し(※利用は義務ではない)、話題作りに役立っているという。

利用客も「店側が安全に気を使っていることがわかり安心だ。今は安全かどうかが、店選びの基準になる」とまずまずの反応だ。

副作用のない「遠紫外線」の最新技術とは

紫外線の種類は、波長が長い方からA、B、Cと分類される。

地表に降り注ぐ大部分の紫外線は波長の長いAで「生活紫外線」と言われる。また、波長の短いBは屋外で日焼けの原因となる。Cは通常、オゾン層を通過することはできない。

新たな技術は、紫外線C波のうち、「遠紫外線(210 ~225 nm)」と呼ばれる特定の波長を使ったものだが、気になるのは人体への悪影響だ。従来、紫外線は有害で皮膚がんや白内障のリスクがあった。しかし「遠紫外線」は殺菌効果が高いにもかかわらず、皮膚の表面を通過しないため安全だという。

「クレンズ・ポータル」は、222nmの「遠紫外線」を使う。装置を開発したのはNASA=アメリカ航空宇宙局の元技術者らが運営する「Healthe」社。価格は約210万円で、最近では、シアトルの人気観光名所「スペース・ニードル」にも設置されるなど需要が高まり、過去2四半期で製造量は3倍に急増した。

同社のフレッド・マキシクCSOは、関連製品の量産化が進めば、今後はさらに価格を抑え、普及を促すことができるとの見通しを示す。また、装置はあくまでウイルス対策の一部として利用すべきで、マスクやソーシャルディスタンスは引き続き実施するべきだ、としている。

スカイプインタビューに応じる「Healthe」社 フレッド・マキシクCSO
スカイプインタビューに応じる「Healthe」社 フレッド・マキシクCSO

病院、学校の天井に設置…「遠紫外線」は新たな日常となるか

「遠紫外線」の効果と安全性については、コロンビア大学放射線研究センターも実証研究に取り組んでいる。デービッド・ブレナー所長によると、「遠紫外線」は元々、インフルエンザウイルスなどを除去する効果があり開発が進められてきたが、新型コロナウイルスも不活性化させることがわかったとしている。また、ネズミを使った実験では、45週間にわたって遠紫外線を照射しても異常は一切現れていないことから、「新型コロナウイルスとの戦いにおいて、強力な武器になる」と期待を寄せる。

スカイプインタビューに応じるコロンビア大学放射線研究センター デービッド・ブレナー所長
スカイプインタビューに応じるコロンビア大学放射線研究センター デービッド・ブレナー所長

ブレナー所長が、最も効果的な使い方とするのは、建物の入り口だけではなく、室内そのものを継続的に遠紫外線で照射する方法だ。入り口で一時的に照射しても、陰に隠れた部分には紫外線が行き届かない。しかし、室内そのものを継続的に照射すれば、身体の表面だけでなく、人のくしゃみや咳に伴って空気中を漂うウイルスも除去できると考えられるからだ。

そのため、遠紫外線を用いた照明器具「紫外線ランプ」を病院、介護施設、学校、バスや地下鉄などの公共交通機関の天井に設置すべきだと指摘する。店舗や映画館、ジムなど人が密集する場所でも効果が高いという。現在は、企業が生産体制の構築を進めていて「2020年末から2021年初めには製品化が可能」との見通しを示している。

空港に遠紫外線の照明器具を設置したイメージ図
空港に遠紫外線の照明器具を設置したイメージ図

世界で第2波への懸念が高まる中、ブレナー所長の言うように「遠紫外線」の照射が新たな日常となり、感染防止に向けた道筋が開けることになるのか。その効果に注目が集まっている。

【執筆:FNNワシントン支局 石橋由妃】
【表紙デザイン:石橋由妃】

石橋 由妃
石橋 由妃

東京生まれ、中国・北京育ち。イギリス留学を経て、アメリカン大学大学院でデジタルメディアを学ぶ。趣味は山水画、油絵。ワシントン支局カメラ・企画担当。