“日本一高い”と話題の麻布台ヒルズ。そのタワーのロビーを見渡すように設置されているパブリックアートは環境問題を問い続けるエリアソンさんの作品。本人も写真撮影に夢中になる光と影との共演が実に見事だ。
麻布台ヒルズの顔はエリアソンさんの“4つで一つ”の作品
オラファー・エリアソンさんはアイスランド系のデンマーク人で、光や水などの自然要素を彫刻に取り込んだ大規模なインスタレーションで知られている。

麻布台ヒルズの顔とも言える森JPタワーの吹き抜けロビーに、高さ15メートルの天井からエリアソンさんの作品である形の違う4つのらせん状のオブジェが吊り下げられている。

下から見上げるのか、水平の位置にあるバルコニーから横に見るのか、エスカレーターに乗りながら見るのか、など、どこから見るかで見え方が変わる実に不思議な作品だ。

作品名は「相互に繋がりあう瞬間が協和する周期」(A harmonious cycle of interconnected nows)。何度聞き返しても覚えられない、長くて抽象的なタイトルだ。
「あなたの“今”は誰かの“今”とつながっている」
作品制作を依頼した森美術館の片岡館長でさえ、完成した作品を見に来たエリアソンさんに「どうしてこういうタイトルにしたんですか?」と質問したほど。

エリアソンさんはこのタイトルに込めた思いをこう語った。「人にはそれぞれ“今”という瞬間があります。その“今”がちょっと長めの人もいれば、逆にとても短い人もいます。つまり一概に“今”と言っても、一つとしても同じ“今”はない、ということを気づいてほしいのです。“今”という時間の感覚も人によって違うのです。ただ、そうは言っても、そのすべての“今”が集まって共通の空間が作り出されているのです」
そもそもこの作品の“今”は常に微妙に変化しつづけている。エリアソンさんがここを訪れたときにはガラス窓から太陽光線が強く差し込み、バルコニーの下の壁や、奥の壁に作品の影が映し出されていた。

エリアソンさんは「ベルリンのスタジオで見たときとはまた違って、光があたってとてもいい」と喜んで、“今”を逃すまいと夢中になって写真を撮っていた。

環境にやさしい新素材
日頃からサステイナブルな素材を使うことを心がけているエリアソンさんがこの作品に用いた素材は亜生亜鉛。ゴミを燃やして発生する有害な煙を浄化して作ったもので、エリアソンさんは「元々は空中に放たれて、私たちの呼吸を通して肺に入っていくものが、彫刻に使われたことで大気には入らなかった。つまり、気候に影響を与えなかったのです。また、今回は私たちの呼吸器に入らずに済みました」とその意義を解説していた。

ゴツゴツとした個々の立体は十一面体。面が奇数なので予期しない蛇行が生まれるそうである。筆者はこの後、同じ時間帯に3度このロビーを通りがかったが、こういう光と影のハーモニーには二度とお目にかかれなかった。まさにエリアソンさんのアートは瞬間が大事なのだ。

ギャラリーの開館記念も「オラファー・エリアソン展」相互に繋がりあう瞬間が協和する周期、とパブリックアートと同じタイトルがついている。
ギャラリーの開館記念展覧会もエリアソンさん
エリアソンさんは今年第34回高松宮殿下記念世界文化賞を受賞しているが、その授賞式典の司会をしたフジテレビの佐久間みなみアナウンサーがこの会場を訪れた。最初に出会った作品が《蛍の生物圏(マグマの流星)》。球体の中の光が動き、壁に映る影もどんどん変わる。

次の部屋には、来場者が体験できるドローイングマシンがあり、佐久間アナも挑戦してみた。台の下にある3つの振り子が原動力となっていて、まずは振り子につながる上の台を好きなように回す。次に二つの振り子につながるペンを動かし、最後にペンをレコード針のように落とす。

ペンは振り子の運動になすがままに従って、円を描く。らせん状のはんこを押せばオリジナルなドローイングが完成し、作品は持ち帰ることが出来る。ちょっとしたアーティスト気分に浸れる。

他にも、水と光の大型インスタレーションや太陽光線で紙に焦げを作った作品など、世界初公開、日本初公開の作品が多数展示されている。
期間限定のコラボカフェも要チェック!
さらにこの展覧会の開催時期限定で「THE KITCHEN(ザ・キッチン)」というコラボカフェがオープン。エリアソンさんの哲学を反映した食事を味わうこともできる。

エリアソンさんのベルリンのスタジオにはキッチン(「スタジオ・オラファー・エリアソン キッチン」)があり、スタッフや関係者のためにランチが用意される。すべてヴィーガン料理で、食材の調達においては輸送で生じる二酸化炭素の削減を意識している。

麻布台ヒルズの「THE KITCHEN(ザ・キッチン)」でもそのポリシーに沿い、地産地消で東京近郊の食材を調達し、わかめ、玄米、ひじきなど日本食材を生かし、味付けにも特有の菌「麹(こうじ)」や味噌を用いたりして、環境に配慮した独自メニューが提供されている。

同じ料理を通常のレストランで提供した時と比べて、なんと今回の料理はCO2排出量を51%に抑えられているというのが驚きだ。

ギャラリーでの展覧会とカフェは来年3月31日まで開催中。麻布台ヒルズには見るもの、体験するものがたくさんあるが、日本でこれだけエリアソンさんの思いに触れられる機会は滅多にないだろう。その視点で訪れてみると、新たな気づきがあるかもしれない。