ゲレンデに咲く100万株のスイセン

静けさの中に響く、小鳥のさえずり。小川のせせらぎ。

自然豊かな群馬県みなかみ町。
谷川岳を望む雪解け後のゲレンデに黄色と白のスイセンが広がっている。

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本来なら沢山の人に見つめられていたはずだった。

休園と書かれた紙を力なくぶら下げるロープ。
園内に入ると物が雑然と置かれているのが目に入る。

支配人の鈴木隆也さんは、休園中であることに気づかずにお客さんが園内に入ってしまわないように、“わざと雑然と置いている”と教えてくれた。

頭にタオルを巻いたままこたえてくれた鈴木支配人。こんがりと日に焼けた肌から、スイセンとの付き合いの長さがよく分かる。

ルノンみなかみフラワーガーデン 鈴木隆也 支配人
ルノンみなかみフラワーガーデン 鈴木隆也 支配人

ノルンみなかみフラワーガーデンでは、毎年春のGWに合わせて「すいせん祭り」が開催される。毎年90種100万株のスイセン目当ての多くの人で賑わう。

開催13回目を迎える2020年は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止となった。

13年前の開園からスイセンを管理している鈴木支配人が、満開のスイセンの前で、今の思いを語ってくれた。

「開催の1週間前までは縮小ながらも開催する方向でいたのですが、今回は諦めました。残念の一言でしかないですね。」

春に向けて1年間準備してきただけに、休園は苦渋の決断だった。

7万個の球根を職員3人が手作業で…

「秋に球根を植える作業が一番大変です。」
前の年、花の咲き具合がまばらだった場所に、秋になったら肥料を撒き、耕し直して球根を植えていく。

頂上まで登れば息が上がってしまうような急斜面のゲレンデに、ひとつひとつ手作業で穴を掘る。7万球の球根を職員3名ほどで、およそ1ヶ月半で植えている。

湧き水や雨で、地面に水が溜まると球根が根腐れを起こし、花が咲かなくなってしまう。水が流れる道を作るなど、毎日の点検作業を怠ることはない。

花に水をあげる鈴木支配人の眼差しは、とても優しい。

「綺麗に咲いてくれているので、スイセンたちには感謝しかないですね」

花のレイアウトは毎年変わる

花の配置、レイアウトも毎年同じではない。こだわりがある。

「今年は例年よりもチューリップを多めに植えてみたのに、お客さんに見せることが出来なくて残念です」

少しでも長い期間、来園者に花を楽しんでもらおうと、スイセンよりも遅咲きのチューリップを数年前から植えはじめた。今年は例年よりも多く植えた。

スイセンと一緒に咲くチューリップ
スイセンと一緒に咲くチューリップ

リフトに乗ると、ゲレンデ一面に咲くすいせんを見下ろすことができる。
今年は、リフトに乗れない年配の人や子供にも楽しんでもらおうと、ゲレンデの下の方にもチューリップを多く植えた。

レイアウトを担当したのは鈴木しおりさんだ。花が好きで、自然に携わりたいと就職して6年目になる。長年、花のレイアウトを考えてきた鈴木支配人に代わり、数年前からレイアウトを手がけている。

鈴木しおりさんが描いた図面の一部 園より提供
鈴木しおりさんが描いた図面の一部 園より提供

鈴木さんの描いた図面を見ると、花への愛情があふれている事が良く分かる。
若い人たちに花に興味を持って貰いたいという想いで毎年レイアウトを考え、食べられるナスタチュームやミントなどのハーブを植えて、触って香りを感じられるようにしている。

作業中の鈴木しおりさん 園より提供
作業中の鈴木しおりさん 園より提供

「綺麗だね」、「こんなところがあると思わなかった」と、来園者に言ってもらえたことが、今まで仕事をしてきて一番嬉しかったと鈴木さんは語ってくれた。

今、鈴木さんは、日々変化するスイセンやチューリップの花を見て楽しんで貰おうとSNSで写真や動画を発信している。どの写真も花への思いが伝わってくる。

開園当時から植えられているスイセンも

開園当初植えられているスイセン
開園当初植えられているスイセン

園内には、開園当時から植えられているスイセンが咲いている。十数年この大地に根を張り、花を咲かせるその姿はとても凛としていて逞しくさえある。

スイセンは、冬の厳しい寒さを経験して、春に美しい花を咲かせる。

私たちは経験のない日常の中にある。それでも暦通り季節は移ろう。確かに春は廻って来ている。花を咲かせる小さな存在が、そっと語りかけ、心に寄り添ってくれている。

「今日は、久しぶりに私たち以外の他の方に見られて、喜んでいるかと思います」

鈴木支配人の言葉が印象に残っている。

編集をしていると、スイセンがじっと私を見つめていたことに気付いた。撮影しているときには気付かなかった。

楽しそうに、風に揺れながら、嬉しそうにこちらを見て、「何しに来たの?会えて嬉しいよ。」と言っているような気がした。

「来年の春、君たちに会いに沢山の人が訪れて、みんなの笑顔を見られるといいね。」そう願わずにはいられなかった。

取材後記

最近、窓の外を眺めることが多くなった。そんなときはたいてい家族や友人のことを想う。

一緒に行きたい場所、見たい風景、他愛もない会話の種を窓の外に想い描いては、時間の流れる遅さにまぶたを閉じる。時折、開けた窓から春の匂いを乗せて風が部屋を吹き抜けていく。

テレビの画面には、毎日のように「不要不急の外出は・・・」「今日の感染者数」「3密」「緊急事態宣言」の文字。刺激的な言葉や映像は心をざわつかせる。

朝、仕事に向かう道ばたに小さな白い花が咲いていた。季節は確かに廻っていて、春の陽に包まれる小さな生命に変わらぬ日常があることを教えられた気がした。

これまでも人が誰もいない花園の取材はしてきた。ドローンを使って撮影する場合などは、早朝、開演前の時間帯を狙うからだ。

ノルンみなかみフラワーガーデンを訪れ、日常の世界とは違う空気を感じた。撮影中聞こえてくるのは、鳥のさえずり、ゲレンデの脇を流れる小川のせせらぎだけだった。

ゲレンデに立ち、美しく咲き誇る花を前にした。「人と一緒に見たい」景色がそこにあった。家族や友人に会い、話をしたいと思った。

前を向いて凜と咲くスイセンを、テレビを通して、多くの人たちに見てもらいたいと思った。1年かけて準備してきた職員の思いが伝わる映像を届けられたらと願った。

「綺麗だね。」例年はあちこちで聞こえるという声が聞こえてこない花園で、スイセンは、少し寂しげに見えた。

来年の春は、沢山の人がスイセンに囲まれて笑顔になってほしい。

画角、アングル、明るさはどうしようか。撮影中、私は右往左往しながらも、花にカメラを向け必死になっていた。

会社に戻り、編集するために映像を見直した時に、大事なことに気づかされた。どんな花の姿、表情を見せたいのか。私自身が考え撮影することの大切さだ。

見せたいことが決まれば、画角、アングル、明るさも自然に決まってくる。カメラマンとして多くの糧を得る時間だった。

文:永岡清香
撮影:永岡清香 中村龍美

ノルンみなかみフラワーガーデン(5月4日取材時休園) 群馬県みなかみ町寺間479-139

撮影中継取材部
撮影中継取材部